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第35話 F級の僕は、関谷さんと一緒にご飯を食べる
第35話 F級の僕は、関谷さんと一緒にご飯を食べる
5月15日 金曜日8
四方木さんは、ひとしきり愉快そうに笑うと、話題を変えてきた。
「ところで、添田さんの事なんですけどね」
「添田さんが、どうかされました?」
“アンデッドセンチピード、謎の消滅”から話題がそれてホッとした僕は、自然に聞き返した。
四方木さんは、僕の顔を見ながら、少し真剣な面持ちで話し始めた。
「途中で逃げ出してきた人達が言うには、右足、アンデッドセンチピードに食べられちゃったらしいんですよ。ところが、救出された彼、特段、右足に問題無さそうでしたよね?」
僕は、心拍数が尋常で無い位跳ね上がるのを自覚した。
まずい!
実験気分で、神樹の雫なんか使うんじゃ無かった。
添田さんから感謝もされなかったし、四方木さんの不信感を
「添田さん自身は、右足食べられちゃう前に意識失ってたらしくて、ご自身の右足に何が起こったのか、よく分からないご様子でした」
四方木さんは、僕を
「関谷さんは、ヒーラーですけど、C級でしたよね?」
「……はい」
「モンスターとの戦闘における四肢欠損を完全に回復させる事が出来るのは、A級以上のヒーラーのみです。ご承知とは思いますが」
「……はい」
「具体的に、何がどうなって添田さんの右足、元通りになっちゃったんでしょうか?」
「それが……よく覚えてないんです……」
関谷さんは、下を向いたまま、消え入りそうな声で、そう返事した。
「覚えてない……ですか?」
「はい……」
「すると、気が付いたら添田さんは、右足が元通りになっていた、という事ですね?」
「……はい」
「不思議な事があるものですね」
「……」
関谷さんは、
四方木さんは、そんな彼女の様子を
「関谷さん、一応ステータスの再判定、させて頂いても良いですか?」
「……はい」
僕は、関谷さんに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
彼女はちゃんと、“黒いローブを被った謎の男”の話を伏せてくれた。
なのに、僕が好奇心で神樹の雫を使ったせいで、今から彼女は、あの精密検査の椅子に
四方木さんが、僕に向き直った。
「あ、中村さんはこれで結構です。お疲れさまでした」
僕は、四方木さん、その隣で僕等の話を書き留めていた真田さん、そして最後に、関谷さんに頭を下げて、その部屋を退出した。
部屋を退出した僕は、その足で、受付窓口の方に向かった。
今日は一応、Fランクの魔石2個と、関谷さんから譲ってもらったCランクの魔石10個を持ってきていた。
Fランクの魔石は、当然、今週のノルマ達成用で、Cランクの魔石は、換金しておこうと思ったからだ。
整理番号を受け取って順番待ちをしていた僕が呼ばれた窓口には、今日は、更科さんとは別の男性職員が座っていた。
Cランクの魔石は、1個32,000円で買い取ってもらえた。
手続きの結果、僕は、今週のノルマを達成した証明書と32万円を手にしていた。
貧乏学生の僕にとっては、32万円は、大金だ。
なくさないように、あらかじめ用意しておいた封筒に入れて、カバンの内ポケットにしまいこんだ。
「明日、銀行の窓口が開いてる時間に、預けに行くか……」
全ての用事が終わった僕は、そのまま帰ろうとして……
やはり関谷さんの事が気になった。
少し迷った挙句、均衡調整課の入り口付近で、彼女を待ってみる事にした。
待つこと10分程で、関谷さんが、四方木さん達と一緒に、事務所の奥から出てくるのが見えた。
彼女は、何度も四方木さん達に頭を下げた後、僕がいる方に歩いてきた。
関谷さんは、何か考え事でもしているのか、僕に気付かないまま、均衡調整課を出て行こうとした。
僕は、慌てて彼女を呼び止めた。
「関谷さん」
「中村さん!?」
彼女は、誰かに話しかけられるのを予期していなかったらしく、驚いたような声で、僕の方を振り向いた。
「もう帰ったのかと」
「いえ、ノルマの魔石、手続してもらったりしてたら、意外と時間かかっちゃって」
関谷さんが出てくるのを待ってました、とは言いづらかったので、僕はそんな風に話してみた。
「そうなんですね……」
関谷さんは、僕の顔を見ながら少し逡巡した後、言葉を続けた。
「良かったら、夕ご飯、一緒に食べて帰りませんか?」
「そうですね。ちょうどお腹も空いてきた所ですし」
僕等は、連れ立って、近くのファミレスに向かう事にした。
均衡調整課近くのファミレスは、夕食を楽しむ人々で混んでいた。
僕等は、10分程待たされてから、窓際の席に案内された。
窓の外は、ちょうど大通りに面していた。
既に暗くなってはいたが、この時間はまだ、車や人がひっきりなしに行き交っているのが見えた。
このファミレスは、席ごとに置かれたタブレットのタッチパネルを操作して、注文を行うシステムになっていた。
僕は、ハンバーグ定食、関谷さんは、チーズリゾットをそれぞれ頼んだ。
注文を終えて、一息つくと、僕は、綺麗な女性と向かい合わせで座っている状況に、今更ながら、少しドキドキしてきた。
なぜか、急に異世界で出会ったアリアの事を思い出した。
アリアだと緊張しないんだけどな……
そのまま会話の糸口がつかめないまま黙っていると、関谷さんが、いきなり、僕に頭を下げてきた。
「ごめんなさい」
「へっ?」
関谷さんが謝ってくる理由にさっぱり心当たりの無い僕は、やや気の抜けた声を出してしまった。
関谷さんは、頭を上げると、申し訳無さそうな口調のまま、言葉を続けた。
「中村さん、私の事、避けてましたよね?」
僕は、ギクリとした。
確かに、笹山第五での話を詮索されたらどうしよう? との思いで、彼女を避けてはいた。
やっぱり、気付かれてたかな……
ともかく、誰もがそうだろうけど、綺麗な女性からこう聞かれた場合、返しの言葉は、決まっているわけで……
「避けてるつもりは、無かったんですが……」
「気を使って下さらなくても大丈夫です。私、中村さんに酷い事言いましたもんね。避けられて当然だと思います。本当は、早く謝りたかったんですけど、なかなか中村さんとこうしてゆっくり話をする機会が無かったもので……」
ん?
何だか、微妙に話が見えない。
僕は、笹山第五で、特段、関谷さんから酷い事を言われた覚えは無いんだけど?
なので、僕は、正直にたずねてみる事にした。
「え~と……すみません、僕、関谷さんに何か言われましたっけ?」
僕の質問に、関谷さんはキョトンとした顔になった。
「えっ? 私、中村さんが【隠蔽】スキル使ってるんじゃないかって、疑って……それで、中村さん、傷付けちゃって……」
ようやく、少し話が見えてきた。
つまり、関谷さん的には、“【隠蔽】スキルをこっそり使う人=悪人、或いは犯罪予備軍”みたいな先入観があって、それで、僕を犯罪予備軍呼ばわりっしちゃった、と勝手に思い悩んでいた、という事らしい。
「言われてみれば、そんな話もありましたね。でも、僕が忘れていたくらいですから、関谷さんも忘れて下さい」
うん、【隠蔽】スキル云々の話を忘れるついでに、是非、笹山第五の縦穴での話も忘れて下さい。
僕が、10m落下しても割りと平気だったのはなぜか、とか、乾いた土の上に突然湧き出した事になってるお水の話とか……
僕は、そんな気持ちを込めて、関谷さんにこれ以上無い位の笑顔を向けた。
関谷さんもようやく笑顔になった。
「中村さんって、優しいんですね。それでは、改めて、笹山第五では、私の事を守って下さって、ありがとうございました」
ちょうど料理が運ばれてきた。
ようやく和やかな雰囲気になった僕等は、日常のくだらないお喋りを交わしながら、食事を楽しんだ。
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