第33話 F級の僕は、トイレと異世界を行き来する


5月15日 金曜日6



僕等が地上に帰還すると、既に先に地上に戻っていた人々が、歓声と拍手で迎えてくれた。

A級の安藤さんや、B級の添田さんが、そんな周りの人々に、笑顔で手を振っている。


……いや、添田さんはともかく、安藤さんは、今回、何もしてないと思うんだけど……


等と言う思いは、僕の心の一番奥に仕舞い込んで、改めて、僕は無事に戻って来られた事に、心底ホッとしていた。


それにしても、よくあの時、僕は、アンデッドセンチピードと戦おうだなんて思えたものだ。

多分、あの場の雰囲気に飲まれて、ああいう判断をしてしまったのだと思う。

でも、これからはもっと慎重にいかないと、きっと命がいくつあっても足りなくなるに違いない。

まあ、結果的に、犠牲が最小限で済んだんだし、良しとするか……


均衡調整課の四方木さんが、ハンドマイクを片手に、今回のダンジョン攻略の総括みたいなのを皆に話した後、一応、解散となった。

そして、僕等、添田さんの班に参加していたメンバーは、この後、夕方から、均衡調整課で順番に事情を聞かれる事になった。


添田さんが、改めて、同じ班だった僕等を呼び集めた。


「おい、お前ら、荷物全部ここに置け! 今からお前らの荷物チェックだ!」


どうやら、ダンジョンの中での帰り道で口にしていた事を、実際に実行する気のようだ。

皆が、しぶしぶ、添田さんの前に荷物を置いていく。

僕も魔石でパンパンに膨れ上がったリュックを添田さんの前に下ろした。

添田さんが、一つ一つ荷物のチェックを始めた。


さて……


僕は、背負っていたリュックのみ、添田さんの前に置いて、見られては困るモノが入っているカバンは、肩から掛けていた。

もしかしたら、添田さんは、僕のカバンの中身も見たいと言い出すかもしれない。

どうしよう……


悩んだ末、僕は、隣に立つF級の谷松さんに、話しかけた。


「すみません、ちょっと我慢してたのが、限界っぽいんで、行ってきますね」


言いながら、僕は、今回のダンジョン攻略のために設置された仮設トイレを指差した。


「ははは、もしかして大きい方?」

「そうなんですよ、すみません」


僕は、お腹を押さえながら、なんとか仮設トイレの一つに“逃げ込む”事に成功した。

そして、【異世界転移】のスキルを発動した。



―――ピロン♪



イスディフイに行きますか?

▷YES

 NO



次の瞬間、僕の視界は切り替わった。

先程までの仮設トイレでは無い、どこかの森の中。

木々の間からは、穏やかな木漏れ日が差し込んでいた。


よし、成功だ。

あとは、カバンの中身だけ、どこかの木陰にでも置いといて、急いで仮設トイレに戻れば……


「おかえり」

「!!??」


僕の心臓が、本気で口から飛び出しそうになった。

声の方向を振り向くと、一昨日別れた時そのままの姿のエレンがいた。


「エレン? なんでいるの?」

「約束。昨日の朝から待ってた」


約束……?

まさか、エレンは、昨日の朝から今の今まで、ここでずっと待っていた?


「さあ、行こう」


彼女は、特に何の感慨も抱いてなさそうな口調で僕に近付いてくると、僕の手を取った。

このままでは、またどこか、恐らくダンジョンに連れて行かれて、モンスターと戦わされる!


「待って!」

「何?」

「今はちょっと行けないんだ」

「どうして?」

「現在進行形で取り込み中というか、絶対に外せない用事があるんだ」


彼女が、小首を傾げた。

そして、困ったような顔をして呟いた。


「レベルを上げないと」

「レベル、あれから大分上がったんだ。ほら」


僕は、自分のステータスウインドウを呼び出して、彼女に見せた。

彼女は、僕のレベルが、43から56に上がっているのを確認すると、目に見えて嬉しそうな表情になった。


「レベル上がってる」

「うん。だから、今日はちょっと休みにして、また明日……」

「でも、昨日は来なかった」

「ごめんごめん、ちょっと僕も色々忙しかったんだ。だけど、明日は必ず来るからさ」

「そう」


エレンは、どうやら今日、僕をどこかに連れて行くのは諦めてくれたようであった。

僕は、改めて、当初の目的を果たす事にした。


「そうだ、エレン、ちょっとこれ、預かっていてくれないかな?」


話しながら、僕は、カバンの中に入れてあった、魔族の小剣とエレンの衣、Bランクの魔石、それにセンチピードの牙を取り出した。

エレンは、僕が取り出した品々、特にアンデッドセンチピードのドロップ品を目にすると、少し驚いた顔になった。


「センチピードを倒した?」

「うん、まぐれだったけどね」


エレンは、僕から受け取った品の内、センチピードの牙を眺めながら口を開いた。


「これは、良い武器の材料になる」

「そうなんだ」

「加工しとく」

「ありがとう」


エレンは、特殊効果を持つローブを編めるだけでは無く、武器も作製できるのだろうか?

ともかく、これで僕のカバンの中には、見られては困る物は無くなった。

随分、時間をロスしてしまった。

急いで戻らないと……


「ごめんね、ちょっと急いでるからさ」


僕はそう口にすると、【異世界転移】のスキルを発動した。


「じゃあ、また明日」


エレンの言葉に見送られつつ、僕は再び、地球へと転移した。


―――ドンドンドン!


仮設トイレの中に無事戻って来た僕の耳に、いきなり扉が叩かれる音が飛び込んできた。


「中村く~ん、大丈夫~?」


谷松さんの声だ。

多分、僕のトイレが余りに長いので、呼びに来たのであろう。


「すみません。もうすぐ終わりま~す」


僕は、わざとズボンのベルトをガチャガチャ言わせながら、扉の外に声を掛けた。

そして、トイレの水を流してから、外に出た。


「中村君、さっき返事無かったし、気配も無かったから、中で倒れてるんじゃないかって、心配したよ?」

「すみません、ちょうど頑張ってたところだったもので……」


僕は、おどけた感じでそう話してみた。


「ともかく、添田さんが呼んでるよ」

「了解です」


僕は、谷松さんと一緒に、添田さん達の元に走って行った。

添田さんは、僕の姿を見ると、不機嫌そうな顔になった。

そして、つかつか歩み寄って来ると、僕が肩から掛けているカバンを引っ張りながら、怒鳴りつけてきた。


「おい! 俺は、荷物、全部出せって言ったよな? 聞こえなかったのか!?」

「すみません」


僕は、頭を下げながら、カバンを差し出した。

添田さんは、僕のカバンをひったくるように手に取ると、僕の肩を突いた。

僕はよろけて、そのまま尻もちをついてしまった。

添田さんは、僕に構わず、カバンの中身を丹念に調べ始めた。

しかし、その中に入っているのは、僕の原付免許やティッシュ、財布等、面白くも無い私物ばかりのはず。

ややあって、添田さんが、僕にカバンを投げて返してきた。


「よおし、それじゃあ、今日の魔石の分配を始める。呼ばれた者は、こっちへ来い」


極めて恣意的な、添田さんの独断と偏見に基づいた論功行賞が行われた。

もっとも、僕等F級は、最初から、魔石なんか貰えるはずが無いので、関係無いと言えば、関係無いのだが。

全てが終了して、いよいよ僕等の班も解散となった時、関谷さんが近付いて来た。


「中村さん、お疲れ様」

「関谷さんこそ、お疲れ様でした」


僕の見る所、今日、一番頑張ったのは、彼女では無かっただろうか?

皆が逃げ出す中、大怪我をした添田さんを最後まで見捨てず、回復魔法を掛け続けていた彼女の“強さ”は、まさに、感嘆に値する。

さすがに、添田さんも関谷さんには感謝したのか、彼女には、魔石を50個渡していた。


「中村さん、良かったらこれ」


関谷さんが、魔石を10個、僕に差し出してきた。


「えっ? 何ですか、これ?」

「ですから、この前のお礼と、今日頑張った分です」

「そんなに貰えないですよ」


話しながら、まだ近くにいた谷松さんと神田さんの様子を伺った。

二人とも、驚いたような視線を僕等に向けている。

二人の視線に気付いたらしい関谷さんが、谷松さんと神田さんにも、それぞれ10個ずつの魔石を差し出した。


「今日は、皆さん、大変な目に合ったんですから、これ位無いと、割に合わないですよ」

「えっ? いいの?」

「ありがとう、関谷さん」


2人は、躊躇ちゅうちょする事無く、魔石を受け取った。


「はい、これは中村さんの分です」


僕以外のF級が受け取った物、僕だけ受け取らないと、逆に変に思われてしまう。

仕方なく、僕も差し出された魔石を受け取る事にした。


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