第22話 F級の僕は、エルフの少女のお願いを断ってしまう


5月13日 水曜日6


「ああ。なんでも、王女様の命を狙って失敗した暗殺者が、逃走中らしい。で、その暗殺者がエルフだったもんで、特にエルフは、厳しくチェックされてるんだとさ」

「暗殺者……?」


マテオさんの話を聞いたノエミちゃんが、何かを考えながら呟いた。

僕は、ノエミちゃんに聞いてみた。


「ノエミちゃんは、知ってたの? 暗殺者の話」


ノエミちゃんは、ふるふると首を振った。

マテオさんが、口を開いた。


「しかし、因果な話だな。アールヴ神樹王国といや、世界中のエルフを全て統べるエルフの王国なのに、そのエルフが、入国規制されるなんてな」

「世界中のエルフを統べるなんて、凄い王国なんですね」


もしかして、ノエミちゃんの家族も、その王国に住んでいるのだろうか?


「まあな。でも、アールヴ神樹王国は、世界中の冒険者達にとっても、憧れの地だ」

「マテオさんも、行かれた事、あるんですか?」

「そりゃ、あるさ。とは言っても、40層目あたりまでだけどな」

「40層目?」

「ああ、すまんすまん。王国にあるダンジョンの中の話だ」

「大きなダンジョンがあるんですか?」

「そう、そしてそれが、世界中の冒険者達が、アールヴ神樹王国に憧れる理由でもあるのさ。王国の中心には、天まで届くでっかい木が生えていてな。まあ、ありゃ、木というよりは、もはや遺跡だな」


昔を偲ぶ遠い目をしていたマテオさんだったが、改めて、アールヴ神樹王国にあるダンジョンについて、説明してくれた。


マテオさんが、語ってくれたところによると、アールヴ神樹王国の中心には、天を衝く巨木がそびえ立ち、神樹と呼ばれている。

神樹内部は、110層に及ぶ巨大ダンジョンになっている。

その最上層、110層目には、この世界を創造した創世神イシュタルが、今も留まり続けている。


いつの頃からか、その内部にはモンスターが住み着いてしまった。

110層に及ぶダンジョンを踏破し、最上層に住まう女神イシュタルに会うことが出来れば、いかなる望みもかなうという……


「神樹は、上層に行くほど、モンスターも強力なのが出現するんだ。俺は、40層目までしか行けなかったが、今、確か、80層目辺りまで到達しているパーティーもいたはずだ」

「そうなんですね」


全部で110層とは、凄いダンジョンがあるものだ。

まあ、僕には、一生縁の無い話だけれども。


そんな事を考えていると、ノエミちゃんが僕をじっと見つめているのに気が付いた。


「どうかした?」

「タカシ様、やはり、もう一度、考え直して頂けないでしょうか?」

「え? もしかして、ついてきて欲しいって話?」

「はい」


僕等の会話を聞いていたアリアが、不思議そうな顔をした。


「タカシ、何か頼まれてたの?」

「頼まれてた、と言うか、一緒にアールヴ神樹王国までついてきて欲しいって」

「え~~!? でも、マテオの話じゃ、エルフは入国規制されてるって……」


アリアが、マテオさんの方を見た。

マテオさんが、ノエミちゃんに話しかけた。


「もしかして、お嬢ちゃん、家族がアールヴ神樹王国に住んでるとか、そんな感じかい?」

「はい」

「さすがに家族が住んでれば、入国許可されるかもだけど……お嬢ちゃんは、なんでまた、タカシについてきてもらいたいんだ? こう言っちゃなんだが、タカシは、そんなにレベルの高い冒険者じゃないぜ」


そうだよな? とマテオさんが、僕に話を振って来たので、僕も頷いた。


「レベルは関係無いです。タカシ様のお人柄なら、安心できるので……」


ノエミちゃんは、そう話すと、少し頬を赤らめた。

それを目にしたアリアの機嫌が、目に見えて悪くなった。


「ちょっと、タカシ。どういう事?」

「どういう事って?」

「どうして、知らない間にエルフの女の子、口説いちゃってるの?」

「はい?」


どこがどう繋がって、僕がノエミちゃんを口説いた事になってるのだろう?


「見なさいよ、この子の目。これは、恋する乙女の目だわ」

「なんでっ!?」


僕等の会話を聞いていたマテオさんが、ニヤニヤしながら、茶々を入れてきた。


「アリア、今度こそ振られたな」


アリアが、マテオさんを睨んだ。


「マ・テ・オ?」


僕等のやり取りをキョトンとした顔で眺めていたノエミちゃんが、コロコロと笑い出した。


「皆さん、とても仲が良いのですね」


ノエミちゃんの雰囲気に毒気を抜かれた感じになった僕等は、改めて、ノエミちゃんの話を聞く事になった。


「タカシ様には、ついてきて下さるだけで結構です。両親に無事会えれば、相応のお礼も差し上げられると思います」

「お礼なんかいらないんだけどさ。さっきも話した通り、ついていけそうにないや。ごめんね」

「せめて、理由をお聞かせ頂けないでしょうか?」

「その……実は、僕、記憶喪失で、この世界の事、よく分らないんだ。だから、遠出したくないんだよね」

「記憶……喪失?」

「そうなんだよ」


僕等の会話を聞いていたアリアが、口を開いた。


「タカシ、送ってあげようよ。私も一緒に行くから」

「え? アリアも一緒に?」

「うん。ね、いいよね?」


アリアが、ノエミちゃんに話しかけた。

ノエミちゃんは、にっこり微笑んだ。


「それはもう、タカシ様とこれだけ仲が良い方がご一緒下さるなら、私からお願いしたい位です」

「えへへ」


アリアは、仲が良いと言われちゃった、となんだかご満悦の様子だった。

しかし、僕の気持ちは変わらない。



「だから、僕としては、ちょっと遠出したくないと言うか……」


この世界と僕の元の世界とは、時間の流れが同じ。

確か、アールヴ神樹王国まで馬車を使っても、10日はかかると聞いた。

旅路に付き合えば、少なくとも、10日間は、途中で地球に戻って、大学の授業受けたり、ノルマの魔石を均衡調整課に届けたりが、出来なくなる。


「とにかくさ、一度冒険者ギルドに行って、ノエミちゃんをアールヴ神樹王国まで送ってくれそうな冒険者がいないか、聞いてみようよ、ね?」

「……分かりました」

「じゃあ、善は急げで……」


僕が、椅子から立ち上がろうと腰を浮かしたところで、ノエミちゃんが、マテオさんに話しかけた。


「マテオさん、お願いがあるのですが」

「ん? 何かな?」

「私をここで働かせて貰えないでしょうか?」

「えっ?」


ノエミちゃんの突然の申し出に、その場の皆が驚いた。

僕はノエミちゃんに話しかけた。


「ノエミちゃん、家に帰るんじゃ無かったの?」

「私は今、お金を持っていません。ですから、今のままでは、冒険者の方にご依頼を出す等、無理な話なのです」


そう言えば、ノエミちゃんは、山賊に捕まって、閉じ込められていた。

もし、捕まる前にいくらかお金を持っていたとしても、全部山賊に取り上げられたのだろう。

僕は、自分がノエミちゃんを送ってあげられない負い目もあって、コインの袋を取り出した。


「じゃあさ、僕がお金、貸してあげるよ。今、10万ゴールドあるからさ。これで、冒険者ギルドに依頼出してみたらどうかな? もし足りなかったら、後でご家族に払ってもらうとかしてさ」


ノエミちゃんは、僕が差し出したコインの袋を、目を丸くして見つめていたが、やがて微笑んだ。


「お気持ちだけ受け取っておきますね。それに、私がここで働いている内に、もしかしたら、タカシ様のお気持ちが変わるかもしれませんし」


そして、再度、マテオさんの方を向き、頭を下げた。


「お願いします。何でもしますので、働かせて貰えないでしょうか?」


マテオさんは、頭をボリボリ掻きながら、ノエミちゃんと僕とを交互に見た。


「わかったよ、乗りかかった船だ。ノエミちゃんだっけ? 気の済むまで、ここで働きな。その代わり、仕事はきついぜ? 掃除、洗濯、料理、買い出し、やる事は山ほどある。それでも良いんなら、雇ってやるよ」

「はい! ありがとうございます。頑張ります!」


嬉しそうなノエミちゃんに目を向けながら、マテオさんが、僕に囁いた。


「よ、色男。アリアに続いて、こんな可愛いエルフの娘さんにまで手を出すとはな」

「手なんか出してないですよ! それに、なんで、そこでアリアの名前が出てくるんですか?」

「なんでって、そりゃアリアは、お前の事、グフゥ!?」


マテオさんが、悶絶して床に崩れ落ちた。


「マ、マテオさん!?」


僕とノエミちゃんが慌ててマテオさんに駆け寄ったが、その傍らで、アリアが鼻を鳴らした。


「フンッ! 全く、毎度毎度、女の子に小突かれた位で……」


どうやら、例の如く、アリアが、マテオさんの鳩尾みぞおちを、剣の鞘か何かで“小突いた”らしい。

そして、例の如く、マテオさんは、間も無く復活した。


とりあえず、話が一段落した所で、僕は、2階の客室に置かれた自分の荷物を確認しに行く事にした。


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