第21話 F級の僕は、異世界に定宿を手に入れる


5月13日 水曜日5



アリアは、改めて、僕の方に顔を向けてきた。


「タカシの方は、どうだったの? あれから、何があったの?」


アリアに問いかけられて、僕は、改めてあの夜の事を思い出した。

アリアは、謎の女性に昏倒させられ、僕は、知らない森の中に拉致された。

少し迷った挙句、日本に戻っていた間の事を省いて、概略、本当の事を話す事にした。


「実は、あの夜、アリアを昏倒させたのって、あの謎の女性なんだ。ほら、魔法屋で会った」

「やっぱり、あの女だったのね。最初から怪しさ爆発してたもん。今度会ったら、ただじゃおかないわ!」

「で、あの後、僕もあの謎の女性に、無理矢理知らない森に転移させられてね……」

「「転移!?」」


なぜか、僕が口にした“転移”と言う言葉に、アリアとマテオさんが、同時に驚いた声を上げた。


「えっと……僕、何か変な事言いました?」


聞き返した僕に、マテオさんが教えてくれた。


「いや、転移魔法なんて、特殊も特殊で、使用できる奴なんて、世界中探しても、数えるほどしかいないはずだ」

「そうなんですか?」

「少なくとも、俺の知り合いで、転移魔法使える奴はいないな」


僕達の会話を聞いていたアリアが口を挟んだ。


「あいつ、もしかしたら、魔族だったのかも?」

「魔族って?」

「もしかして、魔族の事も覚えてない?」

「うん、ごめんね」

「謝る事無いよ。タカシは、記憶喪失だもんね」


そう話すと、アリアが、魔族について説明してくれた。


魔族は、エルフ以上に魔法に長けた種族だそうだ。

特徴として、頭部に一対の角が生えている。

昔、魔族は、魔王に率いられて、世界征服を企てたが、それは、伝説の勇者達に阻止された。

以来、魔族達は深山幽谷に潜み、滅多に他の種族の前には、姿を現さないらしい。


言われてみれば、あの謎の女性、目元以外、すっぽり覆い隠す真っ黒なローブを着ていたし、凄い魔法も使っていた。

アリアの言う事にも一理ありそうだ。


アリアが、心配そうにたずねてきた。


「それで、タカシは、森の中に転移させられた後、酷い目に合わされなかった?」

「それが、いきなりステータス見せろって言われて、見せたら……」


少し考えた後、僕は、言葉を続けた。


「急に気が遠くなって、気が付いたら今朝になってたんだ」


どうだろう?

言い訳としては、苦しくなかったかな?


しかし、アリアは、僕が内心ドキドキしている事に気付いた様子も無く、不思議そうな顔になった。


「結局、あいつ、何がしたかったんだろうね?」

「さあ……?」


そこは、本当に、僕にとっても謎だった。

彼女は、僕のステータス見て、勝手に何かを納得して、どこかへ消えてしまった。


気を取り直して、僕は話を続けた。


「ともかく、目が覚めた後、森を適当に歩いてたら、ノエミちゃんに会ったという……」

「……タカシも大変だったんだね」

「うん、でも、僕もアリアの事、心配してたからね。こうして元気なアリアにもう一度会えて、本当に嬉しいよ」


僕の言葉を聞いたアリアが、少し頬を赤らめた。


「本当に?」

「うん、本当だよ」


僕等の会話を聞いていたマテオさんが、うんうん、頷いた。


「なんにせよ、良かった。アリアのやつ、昨日、今日と、一日中、『タカシ~タカシ~』って、呪文みたいに呟いてやがるから、こっちまで気が滅入ってた所だったんだよ」


マテオさんの発言に、アリアの目が細くなった。


「マ・テ・オ?」


殺気を感じたらしいマテオさんは、素早くアリアから離れると、僕等に話しかけた。


「お前ら、腹減っただろ? 何か持ってきてやるから、まずは食いな」


僕とノエミちゃんは、宿泊客向けの食事スペースへ案内された。

待っていると、マテオさんが、お昼の残りと思われる料理を持ってきてくれた。

何かの肉と野菜の炒め物で、なかなか美味しい。

食事をしながら、僕は、今日、ここに来た一番の目的についてたずねてみた。


「マテオさん、僕の荷物って、どうなりましたかね?」

「ああ、タカシの荷物なら、2階のお前の部屋に置きっぱなしだぜ」

「ありがとうございます……って、置きっぱなし? ですか?」

「ん? 何か問題あったか?」


問題と言うか……

それでは、マテオさん、2階のあの部屋、昨日も今日も、誰にも貸さずに、僕の為に、そのままにしておいてくれてたって事だろうか?

僕の心に、込み上げてくるものがあった。

少し涙腺の緩んだ僕の様子を見た、アリアが、心配そうに声を掛けてきた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


マテオさんが、僕に話しかけてきた。


「まあ、もう部屋代、貰っちまってるからな。勝手にお客の荷物、どかしちゃダメだろ?」

「へっ?」


部屋代……?

確か、この世界に来た最初の晩に、4,000ゴールド払ったっきりだと思うんだけど?


僕の疑問を、アリアが快活な声で解消してくれた。


「私が払っといたよ。ほら、あの10万ゴールドで」

「あっ!」


思い出した。

最初にこの世界に来た日、先週の土曜日、僕は、アルゴスの魔石を売り払って、50万ゴールド手に入れた。

で、武器や防具買って、余ったお金の内、10万ゴールドを、勝手に消える事のお詫びと、お世話になった感謝の気持ちと両方の意味で、アリア宛てに書置きと共に、残したのだ。


「アリア、それは悪いよ。いくら立て替えてくれてるの? 払うよ」


僕は、この世界のお金、10万ゴールド分のコインが入った袋を持ってきていた。


「ん? いいよ、私が勝手にやっただけだから」

「でも、悪いからさ……」


この前、1泊4,000ゴールドだったから、昨日と今日とで2泊なら、1万ゴールドあれば、足りるかな?

僕は、コインの入った袋から、1万ゴールド分のコインを出して、アリアに渡そうとした。

なぜか、アリアは、キョトンとしている。


「あれ? 足りない? もしかして」

「え~~? これ、もしかして、宿代って事?」

「そうだよ」

「だから、いらないって」

「でも、悪いからさ」


僕等の押し問答を見かねたのか、マテオさんが、口を挟んできた。


「タカシ、アリアは、あの10万ゴールド、丸々お前の宿代にって、払ってくれたんだよ」

「ええ~~!?」


僕は、った。

10万ゴールド分の宿代って……

一体、何泊分払ってあるんだろ?


僕の視線に気付いたアリアが、上目遣いで、若干ねたような顔をした。


「別にいいじゃない。あの10万ゴールド、私にくれたんでしょ? 私が何に使おうと自由だもん」

「いや、だけどさ、僕なんかのために、そんな大金使って……」

「だって、タカシって、記憶、まだ戻らないんでしょ?」

「うん、まあ……」


アリアには、僕が、この世界について余りに知らなさ過ぎるのを、記憶喪失のせい、と説明していた。


「記憶無かったら、色々……不安でしょ? だから、せめて帰れる場所があれば安心できるじゃない?」

「アリア……」


ガサツで少し単純な所のあるアリアが、この時ばかりは、天使に見えた。


「私もさ、同じだったんだ。一人ぼっちで、帰るところも無くて、怖くて……」

「えっ?」


アリアは、ハッとしたように顔を上げた。


「あ、気にしないで。とにかく、向こう2ヶ月分は、もう払ってあるから、安心して」

「に、2ヶ月……」


驚く僕の背中を、マテオさんがポンポン叩いた。


「タカシ、これからも宜しくな!」


嬉しいような、悪いような……

こうして、僕は、なし崩し的に、異世界イスディフイに、定宿じょうやどを手に入れていた。



食事を済ませた僕は、改めて、ノエミちゃんに声を掛けた。


「ノエミちゃん、それで、どうしようか? ノエミちゃんが行きたいって言うアールヴ神樹王国まで連れてってくれる人、冒険者ギルドで探してみる?」

「アールヴ神樹王国?」


マテオさんが、意外そうな顔をした。


「お嬢ちゃん、アールヴ神樹王国に行きたいのかい?」

「はい」


ノエミちゃんは、ちらっと僕の方を見てから頷いた。


「しかし、お嬢ちゃん、エルフだろ? あそこ、今は、エルフの入国、厳しく規制してるらしいぜ」

「そうなんですか?」


僕は、驚いて聞き返した。


「ああ。なんでも、王女様の命を狙って失敗した暗殺者が、逃走中らしい。で、その暗殺者がエルフだったもんで、特にエルフは、厳しくチェックされてるんだとさ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る