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第20話 F級の僕は、ようやく『暴れる巨人亭』に辿り着く
第20話 F級の僕は、ようやく『暴れる巨人亭』に辿り着く
5月13日 水曜日4
ノエミちゃんと一緒に、洞窟の入り口に向かって歩き出した僕は、しかし、すぐに異変を感じた。
洞窟の外から、熱い、そしてなにか焦げた臭いが流れ込んできていた。
「何だろう?」
急いで外に出ると、山賊の砦が、炎を上げて燃え上がっている姿が目に飛び込んできた。
櫓は崩れ、あちこちでパチパチと音を立てて、炎が
既に、山賊達はこの砦を放棄したのか、人の姿は見当たらない。
僕は、ノエミちゃんを庇いながら、炎の中を駆け抜け、なんとか砦の外に出る事に成功した。
改めて燃え落ちる砦の方を振り返った僕に、ノエミちゃんが声を掛けてきた。
「きっと、山賊達は、証拠隠滅のため、砦に火を放って逃げ去ったのだと思います」
「証拠隠滅? 何の証拠?」
「私が、ここに捕らえられていた、という証拠です」
「え~と、ごめん。話が見えないや」
ノエミちゃんの推測によれば……
山賊達は、僕がここにやってきた事で、自分達がノエミちゃんを捕らえている事が、ルーメルの冒険者ギルドにバレてしまっている、と考えた。
そこで、僕とノエミちゃんを洞窟に閉じ込め、砦を焼き払い、どこかへ逃げ去った。
そして、あわよくば、僕等をまとめて始末しようとしたのだろう。
僕は、改めて、根本的な事を質問してみた。
「ノエミちゃんは、どうして捕まってたの?」
ノエミちゃんは、少し
「非常にお恥ずかしい話ですが、家庭内のトラブルに巻き込まれたせいだと思います」
「えっ? 家庭内のトラブル?」
「はい。恐らく、姉が手引きしたのでしょう。確証はありませんが……」
姉妹で仲が悪い家庭もあるだろう。
しかし、たかが家庭内のいざこざで、妹を山賊に拉致させる姉って……
「ノエミちゃんのお父さんやお母さんは、どうしたの?」
「二人とも色々忙しいので……」
ノエミちゃんは、そこで口ごもってしまった。
あまり家庭環境には、触れて欲しくないのかもしれない。
僕は、話題を変える事にした。
「それで、ノエミちゃんは、これからからどうする?」
ノエミちゃんは、しばらくじっと考え込んだ後、何かを決心したように顔を上げた。
「タカシ様にお願いがあるのですが」
「どんなお願い?」
「私を、アールヴ神樹王国まで、連れて行ってはもらえないでしょうか?」
「アールヴ神樹王国?」
「はい」
「そこって、ここから遠いの?」
「恐らく、馬車で10日、歩きでしたら、1ヶ月位かかると思います」
馬車でも10日……
もし、ノエミちゃんと一緒にアールヴ神樹王国まで行くとなれば、僕は、最低でも10日間、この世界に留まりっぱなしという事になる。
当然、日本でのノルマの魔石集めや、大学の単位やらに支障をきたす事は間違いない。
「……ごめんね。ちょっと僕にも色々予定があって、アールヴ神樹王国まで、一緒に行ってあげられそうにないや」
「そう……ですか」
ノエミちゃんは、目に見えて落ち込んだ様子になった。
目には薄っすらと涙が滲んでいる。
僕は、慌てて彼女に声を掛けた。
「あ、でも、ルーメルの街に行けば、冒険者ギルドがあるから、そこで誰か一緒に行ってくれそうな人を募集したら良いんじゃないかな?」
ノエミちゃんは、俯いたままであった。
「とりあえずさ、ルーメルの街に行ってみようよ」
「……はい」
僕は、ノエミちゃんと一緒に街に向かおうとして……
大事な事を思い出した。
「ごめん、ノエミちゃん、ルーメルの街、どっちに行ったら良いか分かる?」
「えっ?」
「実は、道に迷っちゃって……ルーメルへの帰り道、分からないんだよね」
「ええ~~~!?」
しばらくして落ち着いたノエミちゃんに、僕は、この山賊の砦には、ルーメルの街への道を探している途中で、偶然辿り着いたことを説明した。
「つまり、今、タカシ様は迷子になってらっしゃるんですね」
「まあ、手っ取り早く言えば、そう言う事なんだよね~」
「タカシ様は不思議な方ですね。見た事も無い魔道具や、聞いた事も無いスキルをお持ちなのに、こうして迷子になってらっしゃるなんて」
「ハハ……」
僕は、苦笑した。
そんな僕に、ノエミちゃんは、笑顔を向けてきた。
「でも、そのお陰で、私はこうして助けて頂けたのですから、タカシ様が迷子になられた事に、感謝しないといけませんね」
そう話した後、ノエミちゃんは、真剣な顔で何かを歌うように口ずさみ始めた。
すぐに、小さく光る何かがフワフワと僕等に近付いて来た。
ノエミちゃんが、何かを呟くと、その光る何かは、僕等を先導するように移動を始めた。
ノエミちゃんが、僕に声を掛けた。
「タカシ様、行きましょう」
「これは……?」
「この子に、街の近くまで案内してくれるように頼みました」
まあ、ここは、僕にとっては異世界。
いまさら、光る何かが街まで道案内してくれると聞いても、僕に特別な驚きは生じなかった。
ともあれ、これでようやくルーメルの街に戻れそうだ。
光る何かに先導される事10分程度で、僕等は、森を抜ける事が出来た。
少し向こうには、ルーメルの街が見えている。
ノエミちゃんが、その光る何かに囁きかけると、それは、溶けるように消えて行った。
僕等は、そのまま歩いていき、まだ日の高い内に、街中に入る事が出来た。
街に到着した時点で、僕は、改めてノエミちゃんに話しかけた。
「冒険者ギルドに行く前に、ちょっと寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」
「構いませんよ」
笑顔で答えるノエミちゃんを連れて、僕は、宿屋『暴れる巨人亭』への道を急いだ。
『暴れる巨人亭』の扉を開けると、僕が入って来たのに気が付いたマテオさんが、驚いたような顔をして、受付カウンターの向こうからこっちへ駆け寄ってきた。
「タカシ! 無事だったか!」
「マテオさん、すみません、御心配、お掛けしました」
「まあ、なんだ、とりあえず、そこに掛けてろ。アリアのやつ呼んでくるから」
マテオさんが、ドタドタと2階への階段を駆け上がって行くのを目で追いながら、僕とノエミちゃんは、ロビーに置かれた椅子に腰かけた。
ノエミちゃんが、僕にたずねてきた。
「ここって、タカシ様の馴染みの宿屋ですか?」
「まあ、そんなところ」
話していると、2階から、アリアとマテオさんが、駆け下りてきた。
アリアは、僕の姿を見ると、涙で顔をグシャグシャにしながら、飛び付いてきた。
「タカシ~。良かった~~」
「心配かけてごめんね」
僕は、小さい子供をあやすように、アリアの背中を優しく撫ぜた。
しばらくして落ち着いたアリアは、僕の傍に座るノエミちゃんに気が付いた。
「タカシ、この子は?」
「あ、この子はノエミちゃんって言ってね。山賊の砦に捕まってたんだ。で、今日、偶然助け出す事が出来たんだけど……」
「山賊の? 砦!? タカシ、山賊と戦ったの!?」
アリアが、目を丸くしている。
そりゃそうか。
アリアにとって、僕はまだレベル4程度のはず。
この世界の山賊の平均的な強さがよく分からないけれど、レベル4の冒険者が、一人で山賊の砦に乗り込むのは、やはり無理がある話っぽい。
さて、具体的には、どう説明しようか……
僕が若干悩んでいると、ノエミちゃんが立ち上がり、アリアにペコリと頭を下げた。
「アリアさん、初めまして。実は、私、数日前に山賊に
僕は、見た目10代半ばのノエミちゃんの機転の良さに、思わず感心した。
そういや、彼女はエルフ。
ファンタジー物なんかだと、エルフは長命で、“見た目と年齢が一致しない事もしばしば”って設定がよくなされている。
もしかしたら、ノエミちゃんも、本当は、“ちゃん”づけしちゃいけない年齢なのかもしれない。
ともかく、アリアは、ノエミちゃんの説明に納得してくれたようであった。
僕は、ノエミちゃんにだけ分かるように、そっと頭を下げた。
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