第16話 F級の僕は、女の子のブラを見てドギマギする


5月12日 火曜日4


「つつっ......関谷さん、大丈夫でしたか?」


僕は、身体の節々が痛む中、まだ抱きかかえたままになっていた関谷さんに、声を掛けた。

彼女は、しばらく呆然としていたが、急にハッとしたように、僕から身を離して起き上がった。


「すみません。中村さんこそ、大丈夫ですか? 怪我、してないですか?」

「ちょっとあちこち痛いですけど、そんなに大きな怪我はしてなさそうです」


話しながら、僕も起き上がった。

周りを見渡すと、学校の教室位の広さのその場所には、出入り口になりそうな通路は、見当たらなかった。

上を見上げると、10m位であろうか?

大分高い位置に、ぽっかりあいた穴が見えた。

恐らく、あそこからこの縦穴の底へと落下したのであろう。


さて、どうしよう?

垂直の土壁、よじ登るのは無理そうだし、大人しく救助を待つしかないかな……

そう言えば、上でアースリザードの群れと乱戦に陥っていた佐藤達は、どうなったのだろう?


そんな事を考えていると、関谷さんが、僕を凝視しているのに気が付いた。


「ど、どうかしました?」


綺麗な女性に見つめられるのに慣れていない僕は、思わずどもってしまった。


「いえ……中村さん、F級なんですよね?」

「恥ずかしながら、そうです」

「もしかして、HPか耐久、相当高くないですか?」

「えっ?」


僕は、思わずドキっとした。

表向きF級の僕だが、モンスターを倒してレベルアップした現在のステータスは、こうなっていた。



Lv.41

名前 中村なかむら隆《たかし》

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+40)

知恵 1 (+40)

耐久 1 (+40)

魔防 0 (+40)

会心 0 (+40)

回避 0 (+40)

HP 10 (+400)

MP 0 (+40)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】

装備 鉄の小剣 (攻撃+10)

   皮の鎧 (防御+15)


元々、耐久は1、HPは10だったはずの僕は、耐久が41、HPが410になっていた。

今、考えると、アースリザードに弾き飛ばされたり、縦穴を10m落下したりしても、致命傷になっていないのは、このステータスのお陰かもしれない。

しかし、今日午前中、均衡調整課の再判定を乗り切ったばかり。

今日初対面の関谷さんに、僕の事を全て話すのは、余りに危険に思えた。


「そんな事無いですよ。多分、僕より低いステータスの人を探す方が、難しいと思いますよ」

「でも、さっきもアースリザードに攻撃されて、今もあんな高い所から落下したのに……」

「それは、荷物がクッションに……って、あれ?」


背負っていたはずの荷物がどこかへ消えていた。

もしかすると、ここへ落下する直前、ごろごろ転がっている内に、脱げてしまったのかもしれない。

関谷さんの表情が、少し険しくなった。


「F級でしたら、HP大体、100程度ですよね?」


……それは、一般的なF級の話だ。

ぼくの初期値は、HP10……


「耐久も、10~15いかない位ですよね?」


……それも、一般的なF級の話。

ぼくの初期値は、耐久1……


心の中で、関谷さんにツッコんでいると、少し悲しくなってきた。


「アースリザードの攻撃は、奇跡的に受け流せたとしても、あそこから落下したら、HP100位は簡単に持っていかれて、瀕死の重傷負うと思うんですが?」


関谷さんが、はるか頭上の丸い穴を指差した。

彼女の目には、明らかに不信の色が宿っている。


「多分、この鎧が役に立ったのかも……」


僕は、自分の皮の鎧を指差しながら、苦し紛れの言い訳を試みた。


「それ、そんなに防御力、高いんですか?」

「……えっと、親戚が買ってくれたんで、詳しく分からないんですが……」


僕は、しどろもどろになりながらも、そう言葉を返した。

しかし、関谷さんの僕を見る目は、益々険しくなった。


「中村さん、もしかして、【隠蔽いんぺい】スキル、使ってますか?」

「えっ?」


【隠蔽】スキル?

語感からは、ステータスを隠すのに使用されるスキルのようだ。

そう言えば、実力を隠してダンジョンに潜り、監視の目が届かない事を良い事に、殺人等の犯罪に走る者がいる、とかいう話を聞いた事がある。

僕もそのケースを疑われて、今日の午前中、均衡調整課で再判定を受けさせられた。


「えっと……そんなスキル持ってないですし、そもそも実力隠す意味が、僕には無いというか、なんというか……」


【隠蔽】スキルは持ってないけれど、ステータスやら色々【改竄】しているのは、事実だ。


小心者の僕は、心臓の鼓動が、一気に早くなった。

そんな僕に険しい視線を向けていた関谷さんであったが、やがて肩の力を抜いて微笑んだ。


「それはともかく、改めて、かばってくれてありがとうございました」

「そんな、大した事じゃないですから」


ようやく、ステータスの話から話題がそれた事で、僕も密かにホッとした。


「それにしても、どうしましょうか?」

「佐藤君達が、無事あの場を切り抜けて、外部に救援を要請してくれるか、均衡調整課が、異変に気付いて、救援に来てくれるのを待つか、どちらかしか無いかもですね」


やはり、関谷さんにも、ここから脱出する名案は無さそうであった。

落ち着いて来ると、少し気になる事に気が付いた。


ここは、暑いのである。

地熱の影響であろうか?

明らかに、このダンジョンの他の場所に比べて、気温が高い。


すぐに、僕は、喉の渇きを覚えた。

しかし、飲料水や非常食は、僕が背負っていたリュックの中。

そしてそれは、ここには無い。

チラッと関谷さんの様子を確認すると、彼女も辛そうであった。


そのまま会話も無いまま、時間だけが過ぎて行く。

と……


―――ドサッ


いきなり、関谷さんが倒れてしまった。


「関谷さん!?」


慌てて駆け寄ったが、意識が朦朧としているようであった。

彼女の額には、滝のような汗が噴き出していた。

もしかすると、脱水症状を起こしているのかもしれない。


「どうしよう? なんとか水を手に入れないと」


僕は、改めて、この場所の隅々を調べてみたが、乾いた固い土の地面が広がるだけ。

水を得られそうな場所は無い。

その内、僕も頭が痛くなってきた。


「まずい……水をどこかで入手しないと、救助される前に、熱中症で死ぬ」


どこか水が手に入る場所……


そうだ!


僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。


次の瞬間、僕は、昨夜あの謎の女性と別れた森の中に立っていた。

夜風が涼しく、それだけで少し生き返った気分になった。

僕は、鉄の小剣を構えながら、慎重に耳を凝らした。

モンスターの気配は感じられないが、どこからか、何か流れる音がする。

祈るような気持ちで、その音のする方向に慎重に移動した僕は、モンスターに出くわす事も無く、5分程で、森の中を流れる小川に辿り着くことが出来た。

試しに、一掬ひとすくい飲んでみた。


「うまい!」


そのまま水の流れに顔を突っ込んでゴクゴク飲んだ。

水が、こんなに美味しいと思えたのは、人生初では無いだろうか?

一息ついた僕は、ここで考え込んでしまった。


この水、どうやって関谷さんの所に持って行こう?


当然、コップのような気の利いたものは無い。

僕の手の平で一掬いしては、【異世界転移】を繰り返そうか?

しかし、なんだか、猛烈に非効率な気がする。


しばし考えた末、僕は、皮の鎧と長袖Tシャツを脱ぎ、皮の鎧のみを再び装着した。

そして、長袖Tシャツを川の水に浸した。

そして、ごしごし洗った後、それに水を十二分に含ませ、【異世界転移】のスキルを発動した。


次の瞬間、僕は再び熱がこもったようなあの縦穴に戻ってきていた。

関谷さんの様子は、先程とは大して変化は無さそうであった。

僕は、しばし躊躇した後、彼女の口元で、水を含んだ長袖Tシャツを絞った。


「ゴ、ゴホッ……」


口元がビショビショになった関谷さんは、少しむせたが、意識は朦朧としたままのようであった。


熱中症の時って、確か、体温を下げないといけないはず。


関谷さんは、茶色いローブを羽織っていた。

どう見ても熱がこもりそうな服装だ。


「関谷さん、ごめん!」


心の中で謝りながら、僕は、関谷さんの茶色いローブを脱がせた。

さらに、その下に着ていたブラウスのボタンも外していくと、彼女の胸元を覆う、可愛らしいピンクのブラジャーが目に飛び込んできた。


「これは緊急事態、これは緊急事態……」


僕は、呪文のように唱えながら、ブラウスのボタンを全て外して彼女の胸元をはだけると、再び【異世界転移】のスキルを発動した。

そして、再び、川の水を浸したTシャツを持ち帰ると、彼女の口元でそれを絞り、彼女の身体をそれで拭く、という作業を繰り返した。

三度目に彼女の身体を拭いている時、上から声を掛けられた。


「お~い、誰かいるか~?」


見上げると、穴から、誰かがこちらを覗き込んでいた。


僕等が、駆け付けた均衡調整課の真田さん達に救出されたのは、それから間もなくの事であった。



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