第17話 F級の僕は、言いがかりをつけられる


5月12日 火曜日5


僕等を救出してくれたのは、均衡調整課の真田さん以下、3名の係官達だった。

話によると、佐藤達は、D級1名が逃げ遅れて死亡したものの、ダンジョンを無事脱出する事に成功した。

そして、すぐに均衡調整課に救援要請を出し、真田さん達が駆け付けたらしい。

まだ意識が朦朧としていた関谷さんは、ダンジョンを出ると、すぐに救急車で病院へと搬送されていった。

それを見送りながら、真田さんが、僕に話しかけてきた。


「中村さん、すみませんが、また明日の朝にでも、均衡調整課までご足労頂けますか?」

「……分かりました」


まあ、今回は、荷物もあの広間で回収されたようだし、強力なモンスターが、謎の失踪を遂げたりなんて事も起こっていない。

事情聴取されても、今朝ほどヒヤヒヤした事にはならないはず。


僕は、大分夜も更けてきた山道を、スクーターで走り抜け、市街地に向かった。


途中のファミレスで遅い夕食を食べた後、アパートに帰り着くと、時刻は既に11時前であった。

軽くシャワーを浴びた僕は、明日に備えて、万年床に潜り込んだ。


今日は、『暴れる巨人亭』に荷物、取りに行けなかったな。

明日こそは、均衡調整課での話終わったら、急いで取りに行かないと……

そういや、アリア、昏倒させられてたけど、あれからちゃんと帰れただろうか……


取り留めも無い事を考えていると、睡魔が押し寄せてきた。



5月13日 水曜日1


翌朝、僕は7時に起きて、均衡調整課へ電話を掛けた。

ちなみに、均衡調整課は、その職務の特殊性から、準公的機関でありながら、24時間365日開いている。

電話で、昨日のN市笹山第五ダンジョンの件である事を伝えると、直ぐに真田さんに繋いでもらえた。


「おはようございます。中村です。今からそちらにお伺いしても良いですか?」

「おはようございます。早いですね。良いですよ。お待ちしております」


均衡調整課にどうせ行くなら、ノルマの魔石も届けよう。


そう考えた僕は、Fランクの魔石2個をカバンに入れると、スクーターで均衡調整課へと向かった。


朝8時の均衡調整課は、とても混んでいた。

真田さんと話す前に、ノルマの魔石を提出しておこうと考えた僕は、整理番号を受け取って、自分の順番を待っていた。

周囲の人達の様子を眺めていると、その中に見知った人物がいる事に気が付いた。

佐藤だった。

佐藤の方も、同時に僕の存在に気付いたらしく、向こうからこちらに近付いて来た。

佐藤が、話しかけてきた。


「よお、ナカ豚。お前は、つくづく悪運強い奴だな」


僕が、それに答えないでいると、佐藤は勝手に話を続けた。


「聞いたぜ? お前、亀川第二で唯一生き残ったんだってな?」


佐藤の言う“亀川第二”とは、昨日、N市亀川第二ダンジョンで、山田達が全滅した事件を指しているのであろう。

僕にとっては、あんまり思い出したくない出来事。

僕は、思わず顔をしかめてしまった。


「お前、昨日、何かトラップみたいなの踏んだだろ?」

「は? 何の話?」


急な話題転換についていけなかった僕は、思わず素っ頓狂な声を上げた。


「とぼけるんじゃねぇよ。お前がトラップ踏んだせいで、あの広間が、モンスターハウスになっちまったんだろうがよ」


どうやら、佐藤は、僕のせいで、あの広間で一度に10匹ものアースリザードを相手にしなくてはいけなくなった、と考えているらしかった。


「僕はトラップなんか踏んでない。それに、もしそうだったら、均衡調整課が、ちゃんと調査してるはずだよ」

「どうだかな。大体、おかしいだろ? 最弱のお前だけが、亀川第二で生き残ってるって時点で。亀川第二でも、大方、トラップ踏んで、他の奴らが犠牲になってる間に、逃げ延びたんだろ?」


酷い言いがかりだ。


「僕は、そんな事はしていない」

「何言ってやがんだ。俺の通報が間に合ったから良かったものを、詩織ちゃんまで危ない目に合わせやがって」


僕が黙っていると、佐藤がすごんできた。


「お前、これから罪滅ぼしに、俺らがダンジョン潜る時、報酬無しで荷物持ち決定な」

「そんな、無茶苦茶だ」

「よくもそんな口が利けるな? お前のせいで、勅使河原てしがわらは死んだってのによぉ」


勅使河原は、昨夜犠牲になったD級だ。

佐藤は、前にアルゴスに襲われた時、僕を生贄いけにえにして逃げた実績がある。

佐藤こそ、勅使河原を見殺しにしたのではあるまいか?

僕は、思わず佐藤を睨んでいた。

それに気付いた佐藤は、激高して、僕の胸倉を掴んできた。


「なんだ? その目は。F級の分際で、俺とやろうってのか!?」


―――パンパン!


誰かが手を打ち鳴らし、周囲のざわめきが静かになった。

音の方に顔を向けると、所長の四方木さんが、ニコニコしながら近付いて来た。


「佐藤さん、中村さん、ここではお静かに願いますよ。皆さんにご迷惑になるでしょ?」

「ですが、四方木さん、こいつがトラップ踏んだせいで……」

「佐藤さん、お気持ちは分かりますよ? だけど、昨夜もご説明しました通り、あの広間には、何もトラップは仕掛けられてはいませんでした」

「もう一度ちゃんと調べて下さい! 亀川第二のだって、こいつがトラップ踏んだに決まってるんですから!」


騒ぐ佐藤に、四方木さんが、ずいっと顔を近付けた。


「佐藤さん……ダンジョン内の初見の場所では、よ~く、気を付けないといけないのは、基本でしょ? 不用意に足踏み入れる時点で、リーダー失格ですよ? それに、私個人としましては、トラップ云々よりも、勅使河原さんが、具体的にどんな経緯で亡くなられたのか、非常に興味があるんですがね」


四方木さんは顔に笑みを浮かべてはいたが、明らかに目は笑っていなかった。

さしもの佐藤も、四方木さんの迫力に押されたのか、すっかり勢いを削がれた格好になっていた。

四方木さんは、しばらく佐藤の様子を観察した後、僕の方に向き直った。


「中村さん、魔石お持ち頂いたんですかね?」

「はい、あの……2個持ってきたんですが」

「それでは、こちらでお預かりしましょう。あ、お話お伺いしている間に、書類作っておきますよ。さ、こちらへどうぞ」


僕は、四方木さんに案内されて、昨日の朝も事情を聞かれた同じ、ブースで仕切られた小さなスペースへ通された。

席に着くよう促された僕の前には、昨日と同じく、四方木さんと真田さんが座った。


「さっそくですが、中村さん、昨日、N市笹山第五ダンジョンで起こった出来事をお話し下さい」


僕は、昨日の出来事を、ほぼ時系列に沿って説明した。

ただし、縦穴の底で水を求めて異世界イスディフイに行ってきた、とは説明できないので、水は、偶然どこからともなく湧いて出た事にした。


「なるほど……でも、中村さん、よく10mも落下して、平気でしたね?」

「平気では無かったというか、まあ、関谷さんが、癒してくれたりしたんで……」


言ってしまってから、ハッとした。

関谷さんに回復魔法をかけて貰ったのは、穴に落ちる前の話。

あとで、関谷さんにウラを取られたら、さらにややこしくなるかも。


僕の焦りを他所に、話題は次へと移って行った。


「あとは、水……ですね。中村さんのお話だと、いつの間にか湧いていた、とか?」

「そうなんですよ。ちょっとその辺は、僕にも分からないというか……」

「不思議な事があるもんですねぇ」

「そ、そうですね」


四方木さんは、じっと僕の目を見つめたまましばらく沈黙した。

僕の心臓の鼓動が跳ね上がり、口から飛び出すんじゃないかと心配になってきた時、ようやく四方木さんは口を開いた。


「分かりました。これでひとまず終了です。また、こちらから確認したい事が出てきましたら、連絡しますので、その際は、ご協力、お願いしますね」


結局、二日連続で事情聴取された僕は、ドッと疲れてしまった。

それでも、ノルマの魔石2個の証明書を受け取った僕は、スクーターに跨り、とりあえずアパートの自分の部屋に戻って来た。


今日こそは、『暴れる巨人亭』に置いてきた荷物を持って帰ってくる。


僕は、改めて皮の鎧と鉄の小剣を装備し、押し入れに保管してあったあの世界のお金10万ゴールドをカバンに入れると、【異世界転移】のスキルを発動した。


―――ピロン♪


すっかり聞き慣れた、気の抜けた効果音と共に、ポップアップが立ち上がった。



イスディフイに行きますか?

▷YES

 NO



YESを選択した僕は、次の瞬間、あの小川のほとりに立っていた。


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