第14話 F級の僕は、再判定の結果にヒヤヒヤする


5月12日 火曜日2


僕は今、四畳半位の壁も天井も真っ白な部屋で、背もたれと肘掛のついた椅子に座らされ、体中に電極みたいなのを取り付けられていた。

ここは、精密検査室。

均衡調整課が、何らかの事情で、ステータスの再判定が必要と判断した人物のステータスを、精査する場所だ。


通常、個々人のステータスは、各都道府県の均衡調整課窓口に置いてある、ステータスチェック装置を使って、簡易判定される。

ステータスチェック装置は、分厚いiPadみたいな黒い箱で、そこに手の平を乗せて30秒ほど待つと、その人のステータスが表示される。

僕も、3カ月前、国民全員のステータス登録と、魔石提出が義務付けられた時、お世話になった。

もっとも、この装置が、僕をF級、しかも、最低ランクのステータスしか持っていない事を白日の下にさらしてくれたお陰で、僕の人生は、色々狂ってしまったのだが。


そして今、僕は、再度、ステータスの判定を受ける事になった。


ステータスの再判定が実施される理由は、大きく二つに分けられる。


一つ目は、モンスター討伐で、一度判定を受けた等級以上の活躍をした場合だ。

つまり、最初、F級と判定されていたにも関わらず、よく調べたら、E級だった、或いは簡易判定では見逃されていた特殊なスキルを持っていたケースだ。


二つ目は、犯罪に関わった可能性がある場合だ。

稀に、ステータスを偽装できるスキルを持つ者がいて、その多くは、簡易判定では見逃される。

そういった者の中には、スキルを使用して実力を隠し、監視の目の行き届かないダンジョンの奥で、犯罪行為に及ぶ者もいるという。


不幸にも、僕は、二つ目のケースを疑われて、この椅子に括りつけられていた。


僕は、断じて犯罪には手を染めていない。

しかし、同時に、色々バレると面倒になりそうなスキルを所持している事も事実だった。


とは言え、今、僕は文字通りまな板のコイ状態。

大人しく、ステータスを再判定されるしかない状態にあった。


装置がブーンと低い音を出し、同時に、僕は、何者かに頭の中をまさぐられるような感覚に陥った。

そのまま10分程経過した所で、僕は、装置から解放された。

僕は、今朝、四方木さんと真田さんから“事情聴取”された部屋に、再び案内され、しばらく待つように言われた。


待っている間に、僕の不安はどんどん膨れ上がってきた。


どうしよう?

精密検査装置を使えば、この世界に存在するスキルは、全てあぶり出せると聞いている。

当然、僕が【改竄】スキルを使用している事もバレるだろう。

それどころか、【異世界転移】や【言語変換】等、妙なスキルを持っている事も分かるに違いない。

今からでも遅くない。

正直に全てを話そうか?


そんな事を考えていると、部屋の扉が開いて、四方木さんと真田さんが入ってきた。

視線が定まらず、絶対に挙動不審に見られている自信のある僕に、四方木さんが、話しかけてきた。


「中村さん、お疲れさまでした」

「は、はい」

「これ、中村さんの精密判定の結果です」


四方木さんが、僕に一枚の紙を差し出してきた。


終わった……

今から、色々尋問が始まるはず。

もう、なるようにしかならない……


不安感が高じ過ぎて、若干、投げやりな気分になってきた僕は、差し出された紙に視線を落とした。



名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1

知恵 1

耐久 1

魔防 0

会心 0

回避 0

HP 10

MP 0

使用可能な魔法 無し

スキル 無し



「?」


僕は、思わず二度見してしまった。


あれ?

スキルとか表示されていない……

……そうか、これは、最初の簡易判定の結果だ。

今から、精密判定の結果の紙を突き付けられるのだ。


僕が、ステータスが表示された紙を凝視したまま身構えていると、四方木さんが、頭を下げてきた。


「すみませんでした、中村さん。ステータス、魔法、スキル共に、不審な点は、ありませんでした」


え?

すると、これが、精密判定の結果……?

【改竄】スキルは見抜かれなかった……?


「状況が状況でしょ? 一応、ほら、調べとかないと、上に報告も出来ないもので」

「は、はぁ……」

「ご協力、感謝します。あ、帰りは、お送りしますよ?」


僕は、一気に身体の力が抜けるのを感じた。

理由は不明だが、どうやら、僕の異常なステータスも、スキルも、隠し通す事が出来たようだ。


僕は、家まで送るという申し出を断って、均衡調整課を出た。

外は、良い天気だった。

太陽が眩しい。

僕は、そのまま公共交通機関を乗り継いで、正午前には、自分のアパートに帰り着く事が出来た。


部屋で一息ついた僕は、買い置きのカップ麺を食べながら、午後からどうするか、考えていた。


朝から均衡調整課に呼び出されて、すっかり予定が狂ってしまったが、ここは、最初の計画通り、異世界イスディフイに向かうべきだろう。

自分のスマホやら、死んだ山田達の荷物やら色々入ったリュックサック、『暴れる巨人亭』に置いてきちゃってるし。

日が高い内にあの森に転移すれば、もしかしたら、日暮れまでに森を抜けられるかもしれない。

昨夜の森、あの謎の女性は、ルーメルの街の郊外と言っていた。

なら、そんなに強いモンスターいないんじゃないかな?

いや、いないと良いな。


そんな事を考えながら、僕は、押し入れにしまってあった皮の鎧と鉄の小剣を身に着けた。

そして、スキル【異世界転移】を発動しようとした時、突然、扉が、乱暴に叩かれた。


―――ドンドンドン!


僕の心臓の鼓動が跳ね上がった。

誰だろう?

もしかして、やっぱり、僕のステータスがおかしい事に気付いた均衡調整課の四方木さん達が、追いかけて来た!?

ドキドキして固まっている僕を尻目に、扉を叩いている何者かが、ドアノブを回した。


「おい! ナカ豚! いるんだろ? シカトこいてんじゃねえぞ!? って、やっぱりいるじゃねえか!」


カギを掛けていなかった扉を乱暴に開け放ち、勝手に僕の部屋へ土足のままズカズカ入ってきたのは、佐藤さとう博人ひろと

眼鏡をかけ、痩せてひょろっとしたこの男と僕は、高校時代の同級生だった。

昔は、一緒に遊んだこともあったが、御多分に漏れず、こいつがC級、僕がF級と判明したあの日、そんな関係は脆くも崩れ去った。

佐藤も、死んだ山田と同じく、僕の事を、よく荷物持ちと言う名前の、いたぶれるおもちゃとして呼び出してくれる。

先週の土曜日も、佐藤達がD級ダンジョンを攻略する際に、荷物持ちとして参加させられた。

あの時、こいつらのせいで、僕は、もう少しでアルゴスに殺されるところだった。

もっとも、そのおかげで、スキル【異世界転移】が手に入り、僕はレベルアップという恩恵にあずかっているわけだが。


佐藤は、部屋にいる僕を睨むと、苛ついたようにわめいた。


「お前、なんでスマホの電源落としてやがるんだよ? そんなに俺からの連絡がうぜえのかよ? あ?」


完全に因縁だ。


「違うよ。スマホ、昨日なくしちゃったんだ」

「なくした? まあ、間抜けなお前らしいな。ところでお前、何だ? その格好は」


僕は、改めて自分の姿を確認した。

今から異世界イスディフイに転移する気満々だった僕は、皮の鎧と鉄の小剣という出で立ちだった。

佐藤は、完全に馬鹿にしたような顔で僕を見ていた。


「おいおい、ナカ豚。いっぱしのボウケンシャ様みたいじゃねえか? あ? 馬子にも衣装かよ」

「これは、いざと言う時の為に……」

「はは~ん、お前、この前、アルゴスに襲われたから、そんなもん買ったんだろ? しかし、なんだそのショボい装備品は。今日日きょうび、E級でも、もっとましなモノ使ってるぞ。って、お前、F級だったな」


佐藤は、嘲るような口調でそう話しながら、僕の姿をじろじろ眺めている。

いたたまれなくなった僕は、剣を床に置き、鎧を脱ごうとした。

しかし、佐藤がそれを制した。


「待てよ、せっかく着てるんだ。脱ぐ事ぁねえぞ」


佐藤は、嘲るような口調でそう言うと、少し考えた後で、言葉を続けた。


「そうだ、お前、今日はその格好で来い」

「え?」

「え? じゃねえよ。午後から笹山第五ダンジョン潜るぞ」

「そんな話、聞いてないよ」

「お前が、スマホなくすのが悪いんだろうがよ!」


佐藤に思いきり蹴られた。

どうやら、佐藤の中では、僕には人権なんてもんは、存在していないらしい。


こうして、僕が立てていた午後の予定は、呆気なく変更となった。


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