第13話 F級の僕は、均衡調整課で事情聴取を受ける


5月11日 月曜日6


行きしなに、山田達があらかた狩り尽くしていたからであろう。

ダンジョンの出口まで、その後、僕はモンスターに出会う事無く、辿たどり着く事が出来た。

ダンジョンを抜け、外に出た僕は、思いっきり深呼吸をした。

夜風が気持ちいい。


生きてる!

生きて、このダンジョンから脱出出来た!


喜びで爆発しそうになっていた僕だったが、しばらくすると、大事なことを思い出した。


今日、僕を荷物持ちとして雇って、このダンジョンに入った山田達は、中で全滅した。


どうしよう?


ダンジョンに潜って、死人が出る等、何か不測の事態が発生した場合、均衡調整課への報告が義務付けられていた。


一応、電話しとこうかな……


僕は、ポケットに手を突っ込んでみたが、出てきたのは、ここへ来る時乗ってきたスクーターのカギと、ファイアーアントの魔石のみ。

スマホは、見つからない。


そういや、今日の荷物、異世界イスディフイの宿屋『暴れる巨人亭』2階の客室のベッドの上に、置きっぱなしだ。

僕のスマホも、あの中に入っているに違いない。

今から取りに行くとしても、ここから異世界転移したら、転移先は、あの謎の女性に連れていかれた森の中のはず。

あの森、謎の女性は、ルーメルの街の近くとは言っていた。

しかし、方角も分からないまま、武器も持たず、真夜中の異世界の森を抜けて、『暴れる巨人亭』に戻れる確率は、限りなくゼロに近いだろう。


荷物を取りに行くのは、明日の昼間にしよう。

今日は疲れた。

家に帰って寝よう……


僕は、ダンジョン入り口脇の路肩に停めていたスクーターにカギを差し、エンジンを始動させた。

N市亀川第二ダンジョンから市街地に通じる林道を、快調に飛ばしていた僕の前方、対向車線に、車のヘッドライトが現れた。

真夜中にも関わらず、その車は、結構なスピードで、僕のスクーターとすれ違い、走り抜けていった。


「危ないなぁ。あんなスピード出して」


と、僕はそこで少し奇妙な事に気が付いた。

車の向かった先には、民家や施設は無い。

あるのは、N市亀川第二ダンジョンだけだ。


もしかして、今日のメンバーの知り合いか誰かが、帰りが遅いのを心配して見に行ったとか?


急に不安になった僕は、あの車が引き返して来ないかヒヤヒヤしながら、家路を急いだ。


アパートの自室に帰り着いたのは、昨夜と同じく、日付が変わろうとする時間帯であった。

無事帰り着いた事で、改めて空腹だった事を思い出した僕は、買い置きしていたカップ麺を食べてから、万年床に潜り込んだ。


今日も、昨日に引き続き、嵐のような一日だった。

明日は、鉄の小剣と皮の鎧を身に着けて、朝から異世界イスディフイに向かおう。

明るかったら、なんとか森を抜けて、街へ辿り着けるかもしれないし。

『暴れる巨人亭』に着いたら、マテオさんやアリアには適当な言い訳をして、荷物を回収して、何か理由付けて、急いでこの世界に戻ってくる。

均衡調整課には、その後連絡しよう。


僕は、明日の計画を心の中で反芻しつつ、いつの間にか眠っていた。



5月12日 火曜日1


―――ドンドン!


翌朝早朝、僕は誰かが扉を叩く音で目が覚めた。

手元の時計は、午前6時30分。

いつも起きる時間より1時間以上早い。


「中村さ~ん、おはようございます!」


再び、扉が叩かれた。


こんな朝っぱらから誰だろう?


僕は、布団からノロノロと起き上がると、玄関の扉を開けた。

扉の外には、上下黒のスーツ姿の男性が、二人立っていた。

その内の一人が、内ポケットから出した身分証を僕に見せながら、話しかけてきた。


「おはようございます。N市均衡調整課の係官の真田さなだと申します」


真田と名乗った人物は、年齢30代前半だろうか?

やせぎすで眼鏡をかけ、眼光の鋭い男性であった。


「中村隆さん、本人で間違いないですね?」

「あ、はい」


均衡調整課?

こんな朝っぱらから??


均衡調整課の係官が、自分の所にやってくる心当たりが、ありまくりな僕の背中に、ヘンな汗が湧いてきた。


「昨日、N市亀川第二ダンジョンに潜ってらっしゃいましたよね?」


やっぱり、あのダンジョンがらみの話だ……


ダンジョンに潜る時は、事前の届け出が必要であった。

ただし、荷物持ちは、現地で直接雇われる場合も多く、事前に届ける義務は無かった。

あの山田達が、律儀に僕を荷物持ちとして、事前に届け出ていたとは思えないのだが……


僕は少し迷った挙句、観念して頷いた。


「……はい」


僕が頷くのを確認した真田さんは、後ろの体格の良い男性に目で何かの合図をした。

そして、再び僕の方に向き直ると、口を開いた。


「お手数ですが、今から均衡調整課に御同行願えないでしょうか? なに、昨日のお話、少しお聞きするだけですよ」

「あ、でも、大学が……」

「ご安心ください。中村さんの大学へは、こちらからご連絡させて頂きます」


ここでごねても、恐らく百害あって一利無し。


そう判断した僕は、真田さんに同行する事にした。


いつもと違う裏口からN市均衡調整課の事務室に入った僕は、ブースで仕切られた小さなスペースに通された。

そこは、四人掛けのテーブルとパイプ椅子が置かれているだけの、殺風景な空間であった。

しばらく待っていると、先程の真田さんと、もう一人、体格の良い、50代前半に見える男の人が、やってきた。

僕は、席から立ち上がって、彼等を迎えた。

体格の良い男性が、名刺を差し出してきた。


「初めまして、中村隆さん。私、四方木よもぎ英雄ひでおと申します。こちらで所長を務めさせてもらっています」


僕は、名刺を受け取ると、ぺこりと頭を下げた。

四方木さんは、温和な顔に笑顔を浮かべながら、僕に話しかけてきた。


「あ、どうぞ緊張なさらずに、さ、掛けて下さい」


言われて腰を下ろした僕に続いて、二人も座った。

四方木さんが口を開いた。


「さっそくですが、昨日、N市亀川第二ダンジョンで何があったのか、教えて下さい」

「昨日は、山田君に誘われて、荷物持ちとして参加したのですが……」


僕は、昨日のダンジョンでの出来事を説明した。

ただし、ファイアーアントの下りをそのまま説明するわけにもいかないので、少し改変した


……僕は、山田達が、ファイアーアントに、次々とやられていくのを見て、怖くなって、そのまま逃げだした。

そして、一人でダンジョンを脱出して、スクーターに飛び乗って、アパートまで帰ってきた。

荷物は、逃げ出した時、どこかに置いてきてしまった。

スマホも無くしたし、ダンジョンでの出来事もショックだったので、均衡調整課への報告が遅れてしまった……


話を聞き終えた二人は、やや訝しそうな表情になった。

四方木さんが、口を開いた。


「……すると、中村さんは、皆がやられている間に、走って逃げ出した、と」

「すみません」

「あ、責めてるわけでは無いので、ご安心を。中村さん、F級でしたもんね。そりゃ、ファイアーアントなんか出たら、逃げて当然です」

「……はい」

「しかし、今の中村さんのお話、少し我々には腑に落ちない点があるんですよね……」


四方木さんの目が細くなった。


「実は、我々、中村さんが、ダンジョンから帰ってくるところ、すれ違っているんですよ。ほら、昨晩、あの林道で」


言われて、僕は、昨晩の事を思い出した。

あの帰り道ですれ違った車、あれは、均衡調整課の車だったらしい。


「ダンジョン内で回収された彼等の死亡推定時刻は、午後6時過ぎ。中村さんが、我々とすれ違ったのは、午後11時過ぎです。中村さん……あのダンジョンの中、お一人で、5時間近くも逃げ回ってらっしゃったんですか?」

「それは……無我夢中だったもので……途中隠れたり、道に迷ったりで……」

「我々、あれからダンジョン内に入ったんですよ。山田さん達が全滅していた場所は、入り口から1時間程度の所でした。中村さん、あそこは、以前も何度か潜られてますよね? そんなに迷えるほどは広くないと思うのですが」

「気が、動転していたもので……」

「なるほど、そういう事もあるかもしれませんね」


四方木さんは、そう話すと、僕の話した内容を書類に書き留めている真田さんに話しかけた。


「真田クン、荷物は見つかったのかな?」

「見つかっておりません」

「ファイアーアントは?」

「発見できませんでした」

「他のモンスターは?」

「昨晩、我々が調査に入った時点では、ヒュージアント4匹が残存しているのみでした」


四方木さんは、再び僕の方を向いた。


「……と言う事なんですよ。不思議でしょ?」

「不思議、ですか?」

「不思議ですよ。だって、モンスターは、荷物持ち去ったりしないですし、ファイアーアントも、勝手に消えたりしないですよ」

「僕には、よく分らないです」

「そうですか? 中村さん……山田さん達には、随分虐められていたそうじゃないですか」

「えっ?」


四方木さんの急な話題転換についていけなかった僕は、首を傾げた。


「例えば、こんな話はどうですか? 自分でるとすぐバレるので、憎い相手を、わざとファイアーアントに殺させた。その後、ファイアーアントを、スキルか何かを使って始末した。荷物は、行きがけの駄賃で持ち去った……」


四方木さんの話を聞いた僕は、思わず叫んでいた。


「そんな! 僕がそんな事をしたって言うんですか!? 僕、F級ですよ? それに、スキルも魔法も持ってないですよ?」

「たまにいらっしゃるんですよ。ステータスを隠せるスキルお持ちの方」


四方木さんは、一旦そこで言葉を切った。


「中村さん。お手数ですが、中村さんのステータス、再判定させてもらっても良いですか?」


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