第12話 F級の僕は、謎のスクロールに運命を委ねる


5月11日 月曜日5


結局、僕は、ヘレンさんの魔法屋で何も買う事無く、店を出た。

アリアは、先程の謎の女性の事が、余程気に入らなかったのか、ブツブツ文句を言っている。


「何だったんだろうね? あの人」

「まあ、悪い人には見えなかったけど」


僕がそう感想を漏らすと、アリアが、ずいっと顔を近付けてきた。


「ああいうのを悪い人っていうのよ。タカシってああいうのに騙される典型的なタイプっぽいんだから、気を付けないと」

「でも、スクロールくれたよ?」

「それ、絶対にハズレスクロールだから。使ったら、そよ風位なら吹くかもだけど」


アリアの物言いが少しおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。

僕の笑顔を見て、アリアが、安心したような顔になった。


「やっと、笑ったね」

「心配してくれて、ありがとう」

「気にしなくていいよ。それより、悪い夢見て怯えちゃうんだったら、今夜は一緒にいてあげようか?」

「え?」

「あ、その、マテオに頼んで、同じ部屋に、ベッド二つ運び込んでって話で……」


アリアは、自分で提案しておいて、自分であたふたしている。

僕は、そんな彼女を微笑ましく想いつつ、心の中で、改めて感謝した。


夜もだんだん更けてきたこの時刻、路地裏の通りを歩くのは、僕等だけになっていた。

この辺は、治安が比較的良い場所だ、と話していたアリアも、少し早足になっていた。


「すっかり遅くなっちゃったね。早く帰って、夕ご飯食べよう」


そう口にしたアリアの表情が、いきなりそのまま固まった。

そして、ゆっくりと、地面に倒れ込んでしまった。


「ア、 アリア!?」


慌てて僕は彼女に駆け寄った。

アリアは、先程の表情のまま固まっているかの如く、動かない。

と、ふいに、誰かの気配がした。

僕が振り向いたその視線の先に、全身黒ずくめの、あの小柄な女性が立っていた。


「大丈夫。彼女は眠っているだけ。10分もすれば目が覚める」

「眠っているだけって……これ、君がしたって事?」


僕は、眠っているという状態とは程遠いアリアに目を向けながら、問いかけた。


「そう。あなたと少し話がしたい」

「え? 何の話?」


本能的な危険を感じた僕は、後退あとずさった。

謎の女性は、そんな僕に素早く近付くと、僕の手を取った。

そして、彼女が何かを呟いた瞬間、僕等は、どこか真っ暗な森の中にいた。


「へっ?」


今起こっている現象に、理解が追い付かない僕は、若干情けない声を出してしまった。


「ルーメルの街の郊外の森の中に転移した」

「転移?」

「そう」


つまり、瞬間移動した、という事だろうか?


混乱する僕を他所に、彼女は話を続けた。


「あなたのステータスを見せて欲しい」


そう言えば、さっきもヘレンさんの魔法屋で、彼女はそんな事を口にしていた。


「ステータス見て、どうするの?」

「どうもしない。確認するだけ」


僕は、アリアから聞いた話を思い出した。


確か、【洞察】スキル持ってる人は、他人のステータス、覗けるとか……


少し迷った挙句、僕は、ステータスウインドウを呼び出した。


「どうぞ……」


謎の女性は、しばらく僕のステータスウインドウを凝視した後、呟いた。


「見つけた……」

「えっ? 何を?」


僕は、突如、得体の知れない不安感に押しつぶされそうになった。


彼女は、僕のステータス、どこまで覗けるのだろうか?

そして、何を見つけたというのだろうか?

もしかして、【異世界転移】のスキルも見られてしまったのだろうか?


今更ながら、ヘンな汗が背中を伝った。

そんな僕に彼女は、そっけない返事を寄越してきた。


「大丈夫。こっちの話」

「そ、そう」

「それじゃ」

「へっ?」


いきなり別れを告げてきた彼女に、拍子抜けした僕は、またしても情けない声を出してしまった。

しかし、彼女は、僕に構う事無く、何かを呟いた。

次の瞬間、彼女の姿は、掻き消えてしまった。


「えええええ~~~~~!?」


夜の知らない森の中に、一人取り残されてしまった!?

今の僕の格好は、あの悪夢のダンジョンでの荷物持ちの時そのままだった。

つまり、長袖Tシャツに、下はジーンズ。

武器も無いし、どう考えても、戦闘向きの格好では無い。

ちなみに、山田達の荷物や魔石を詰め込んだリュックサックは、宿屋『暴れる巨人亭』の2階客室に置きっぱなしだ。


モンスターが出たら、どうしよう?


焦った僕だが、懐に収めてあったスクロールの事を思い出した。

あの謎の女性がくれたスクロール。

ファイアーアントを倒すのに十分な魔法が、1回きりだけど使えるというスクロール。

アリアは、ハズレと言っていたが、突然相手を昏倒させたり、転移魔法と思われるものを自在に扱ったりする謎の女性がくれたものだ。

それに、どうせ、いつまでもこの世界に留まっていても何も解決しない。


覚悟を決めた僕は、【異世界転移】のスキルを使用した。


僕は、三度みたび、ファイアーアントが徘徊する洞窟に戻って来ていた。


身構えたが、ファイアーアントの姿は見えない。

あれから大分時間も経ったので、どこかに移動してしまったのだろうか?

ふと見渡すと、今日一緒にこのダンジョンに潜った山田達の、変わり果てた骸が、そこかしこに散乱していた。

むせ返るような死臭と血の臭いに、僕は、思わずその場でえずいてしまった。

僕は、気力を振り絞って立ち上がると、出口を目指して歩き始めた。

右手には、いつでも使えるように、あのスクロールを握りしめている。


あれ? 

そう言えば、スクロールの使用方法聞いてなかった。

とりあえず、開いて念じたら良いのだろうか?


そんな事を考えていると、あの嫌な咆哮が響き渡った。


――ギィィィィ!


前方の暗がりの中から、赤く輝くファイアーアントが姿を現した。

その瞬間、僕は、スクロールを開き、魔法陣が描かれている側をモンスターに向け、目をつぶりながら、ひたすら死んでくれ、と念じていた。


―――ゴオォォォ!


暴風が吹き抜けた。


―――ピロン♪



ファイアーアントを倒しました。

経験値28,338,733,300を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。

Cランクのスキル書が1個ドロップしました。

レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



―――ピロン♪



レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



―――ピロン♪



レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



―――ピロン♪

…………

………

……



嵐のように立ち上がり続けたポップアップが消えた後、僕は、かつて無い程の力が全身にみなぎっているのを実感した。


この世界でも、僕は、モンスターを倒したら、経験値が取得出来て、レベルが上がった!?

しかも、魔石以外の物、スキル書?がドロップした……


僕は、震える思いで、ステータスウインドウを呼び出した。



Lv.41

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+40)

知恵 1 (+40)

耐久 1 (+40)

魔防 0 (+40)

会心 0 (+40)

回避 0 (+40)

HP 10 (+400)

MP 0 (+40)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】

装備 無し



僕自身は、F級のはずなのに、ステータス的には、D級並みまで上昇している……

装備さえ整えれば、もしかしたら、僕でも、この世界でモンスターを倒せるかも?


僕は、しばらく呆けたように、ステータスウインドウを眺めていた。


やがて、少し落ち着いた僕は、ファイアーアントが残した物に目をやった。

ファイアーアントが消え去った後には、魔石と、ハガキ大の紙が落ちていた。

僕は、魔石を拾ってポケットにしまうと、ハガキ大の紙を拾い上げた。

それは、大きさといい、質感といい、【異世界転移】スキル獲得のきっかけとなった紙と、そっくりであった。

やはり、表面に魔法陣が描かれている。

僕は、その魔法陣を指でなぞってみた。



―――ピロン♪


効果音と共に、目の前にいきなりポップアップが立ち上がった。



【改竄】のスキルを取得しますか?

▷YES

 NO



【改竄】?

とりあえず、僕は、▷YESを選択した。


―――ピロン♪



スキル【改竄】を取得しました。早速、ステータスを【改竄】しますか?

▷YES

 NO



もしかすると、ステータスを書き換えられたりするのだろうか?


僕は、ポップアップの【改竄】に指を触れてみた。



【改竄】:元のステータスを変化させる事無く、表示のみを書き換える事が出来る。



なるほど……

つまり、万一、ステータスを他人に見られても、嘘を表示して、正確な能力を隠せるスキル、という事らしい。


僕は、早速、使ってみた。



Lv.1

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+0)

知恵 1 (+0)

耐久 1 (+0)

魔防 0 (+0)

会心 0 (+0)

回避 0 (+0)

HP 10 (+0)

MP 0 (+0)

使用可能な魔法 無し

スキル 無し



とりあえずは、このステータス表示でいこう。

これで、意図せずして誰かにステータスウインドウ覗き見されても、警戒されないはず。

スキルも隠蔽できるみたいだし、結構便利かも。


僕は、立ち上がると、ダンジョンの出口目掛けて走り始めた。


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