第11話 F級の僕は、謎の女性と出会う


5月11日 月曜日4


僕がアリアと一緒に外に出ると、日は既に沈み、あたりは暗くなり始めていた。

アリアに案内されて、宵闇の街を魔法屋へと向かう途中、僕は、ふと誰かの視線を感じた。

歩きながら辺りを見回すと、少し背の高い建物の煙突の先端に、誰かが立っているのが見えた。

頭から全身を黒いローブですっぽり覆った小柄な人物。

顔も見えないその誰かが、なぜか僕を凝視している気がして、僕は、思わず足を止めてしまった。


「どうしたの?」


少し先を歩いていたアリアが、僕の様子に気付き、振り向いた。


「いや、あそこ……」


僕は、煙突の先端に立つ、謎の人物を指差そうとして、固まった。


―――いない?


先程まで確かにそこにいたはずの、その誰かは、僕が瞬きする間も無く、掻き消えていた。


「あそこって?」


アリアは、僕の視線の先に目をむけたが、特に何も変わった物を見付けられなかったらしく、不思議そうな顔になった。


「え~と、気のせいかも」


アリアには、そう返事したけれど、自分では、見間違いだったとは、とても思えない。


なんだろ?

全身真っ黒だったけど、まさか死神とかじゃ無いよね……

死神……死……


ファイアーアントに殺されていく仲間達の、死ぬ寸前の恐怖の表情を思い出してしまった僕は、身震いした。

そんな僕に、アリアが、心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫? 顔色、また悪くなってるよ?」

「うん、大丈夫」


僕は、自分に言い聞かせるように、そう返事した。



宿屋『暴れる巨人亭』から15分程歩いた裏路地の一角に、その魔法屋は、ひっそりと立っていた。

看板も何も出てないその古びた建物の扉を、アリアは、躊躇ためらうこと無く開けて、中に入っていった。

僕も、恐る恐る、後に続いた。

店内は、得体の知れない何かが、所狭しと並べられ、薬草を煮立て中なのか、謎の香りが漂っていた。


「ヘレンさん、こんばんは」


アリアの声に答えるように、灰色の三角帽子をかぶり、同じ色のローブを身に纏った背の低い老婆が、奥から姿を現した。

彼女は、鼻の上でずり落ちかかっていた眼鏡をくいっと直すと、口を開いた。


「おや? アリアじゃないか。今日はどうしたんだい?」

「魔法書を見に来たの」

「アリアは、魔法使えなかったはずじゃが……?」


アリアと旧知らしいヘレンさんは、怪訝そうな顔をした後、アリアの後ろに立つ僕に気が付いた。


「もしかして、後ろのお客さんかい? 魔法書見たいっていうのは?」

「そうなの。タカシっていうんだけど、風属性の魔法書見たいって」


アリアに紹介してもらった僕は、改めて、ヘレンさんに軽く頭を下げた。


「初めまして。僕は、タカシと言います。まだ駆け出しの冒険者なので、アリアから色々教えてもらってる所です」

「ほう。お前さん、魔法の資質はあるのかい?」


僕は少しためらった後、今のステータスの一部を正直に伝える事にした。


「今、レベル4で、魔法は使えないんですが、MPは、3あります」

「そうかい。魔法書見るのは初めてかい?」

「はい」


ヘレンさんは、簡単に魔法について説明してくれた。

基本は、火、水、土、風の四属性魔法。

それに、少し特殊な属性魔法として、光と闇がある。

属性には、互いにじゃんけんのような優劣がある。

風は、火に勝り、火は、土に勝り、土は、水に勝り、水は、風に勝る。

魔法は、知恵のステータス値が高い程、そして一度にMPを大量に消費するほど、高威力になる。


「それで、風属性の魔法書だったね……」


ヘレンさんが、店内の隅に詰み上がった本の中から、一冊の魔法書を引っ張り出してきた。


「これが、風属性の基本の魔法書さ」

「おいくらですか?」

「そうさね……本当は、100万ゴールドするんじゃが、アリアの友達価格で、80万ゴールドにしといてあげようか」

「はち……えっ!?」


僕は、昨日、アリアから魔法書は高い、という話を聞いていたのを、今更ながら思い出し、絶句した。

金額に驚く僕を見て、アリアが意外そうな声を上げた。


「えっ? タカシ、魔法書を見たいだけじゃなかったの? まさか本気で買うつもりだった?」

「そりゃまあ……」


僕が口ごもっていると、僕等の会話を聞いていたヘレンさんが、言葉を挟んできた。


「ん? なんじゃ、話が見えんぞ?」

「実は、タカシ、ファイアーアントに襲われる悪夢を見て、ファイアーアントを倒せる魔法書見たいって……」


アリアは、自分が理解している僕の現状について、ヘレンさんに説明した。

ヘレンさんが、気の毒そうな顔になった。


「残念じゃが、お前さんのレベルとステータスでは、ここに置いてあるどんな魔法書やスクロール使っても、ファイアーアントは倒せんと思うぞ。幸い、夢の中のモンスターは、現実世界に這い出してきたりはせぬ。まあ、見るのはタダじゃ。魔法書見たいのなら、気の済むまで見て行くといい」


もしかして、二人の中では、僕は、夢と現実をごっちゃにしている、やや可哀そうな人になっている?


慌てて二人の勘違いを訂正しようとした僕の背後から、突然若い女性の声がした。


「興味深い話。もう少し詳しく聞かせて」


振り返ると、いつからそこにいたのであろうか?

全身真っ黒なローブを羽織り、目元だけを出している小柄な人物が立っていた。


「えっ!?」


その出で立ちは、まさに、ここへ来る途中見掛けた、煙突の先端に立っていた謎の人物そのもの!


僕が、言葉を失っていると、ヘレンさんが、やや警戒しながら、その謎の黒ずくめの女性に声を掛けた。


「お客さんかい? 入って来るのに気付かなかったよ」

「ついさっき、入り口から入ってきた。あなた達が話に夢中で、気付かなかっただけ」


そして、僕に近付くと、もう一度同じ質問を繰り返した。


「その話、もう少し詳しく聞かせて」

「……え~と、ここでは無い世界で、ファイアーアントに……」


説明しようとする僕と謎の女性との間に、アリアが割り込んだ。


「ちょっと! あなた誰? タカシは、少し悪夢見て混乱しているだけなんだから、そっとしといてあげて」

「悪夢……」

「そうよ、だからそっと……」

「この世界では無い場所で、ファイアーアントに襲われた……」

「だから、それは夢の世界なんだって」

「そう……」


僕からは口元が見えないはずの謎の女性が、なぜか微笑んだ気がした。

彼女は、僕に囁くように語り掛けてきた。


「あなたは、そのファイアーアントを倒したい?」

「それは、もちろん」

「なら、これをあなたに譲ってあげてもいい」


謎の女性は、懐から巻物のような物を取り出した。


「それは?」

「スクロール。ファイアーアントを倒すのに十分な威力の風属性の魔法が封じられている」


言葉を返そうとした僕に代わって、アリアが、抗議の声を上げた。


「ちょっと、ここヘレンさんのお店の中よ? 営業するなら、場所わきまえないと」


アリアは、謎の女性を睨んでいる。

僕は、アリアに囁いた。


「スクロールって何?」

「一発限りの魔法が封印されている巻物よ」

「その巻物使えば、誰でも魔法使えるって事?」

「そうよ。だけど、あいつのは胡散臭過ぎよ。多分、しょぼい魔法封じたスクロールを、高値で売りつけようとしてるに違いないよ」


僕等の会話が聞こえたのか、謎の女性が、再び声を掛けてきた。


「安心して、お金はいらない。ただし……」


謎の女性は、僕の方に試すような視線を向けてきた。


「代わりに、あなたのステータスを見せて欲しい」

「ステータス?」

「そう」


この女性は、なぜ僕なんかのステータス見たいのだろう?

レベルも4だし、ステータス値も大した事無い。

見せて減る物でも無いけれど……


僕が迷っていると、アリアが、再び怒ったような声を上げた。


「あなたねえ、失礼じゃない? 初対面の人に、ステータス見せろって」


そして、ヘレンさんの方を振り向いた。


「ヘレンさん、追い出していいんじゃないかな? こんな失礼な人」


アリアの言葉に、ヘレンさんは苦笑した。


「私は、お客さんは、大事にする主義なんじゃよ」

「お客さんじゃないじゃん。どうせ、何も買わないだろうし」


すると、その謎の女性が、手に持つスクロールをすっと僕の方に差し出してきた。


「今回だけ特別。これはあげる。役に立ったら、今度会った時にでも教えて」


そして、僕の手にそのスクロールを握らせると、謎の女性は、音も無くお店を出て行った。


「……何あれ?」


憤懣やるかたない様子のアリアの隣で、僕は、手の中のスクロールにじっと見入っていた。


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