第4話 F級の僕は、生まれて初めてモンスターを自力で倒す


5月10日 日曜日3


僕が真剣な顔で、スライム退治を手伝って欲しい、と告げると、アリアは、噴き出してしまった。

まあ、気持ちは、分かるけど……

最弱のモンスターって言ってたし。

でも、僕は、そいつに、この世界に来て早々、殺されそうになったのだ。


「ごめんね」


ひとしきり笑った後、アリアが、謝ってきた。


「別に気にしてないよ。それで、どうかな?」

「乗りかかった船って感じだしね。いいわよ」

「ありがとう」

「ところで、タカシは、お金持ってる? さすがに、今のままだと、スライム退治、難しいかもよ」


アリアの言葉は、もっともだった。

今の僕は、上下紺のジャージ。

武器は、当然持っていない。

僕は、ふと思い出して、懐から、アルゴスの魔石を取り出し、アリアに見せた。


「これって、換金できるかな?」


アリアの目が大きく見開かれた。


「綺麗な魔石ね。なんで、こんなの持ってるの?」

「ほら、僕、記憶が曖昧でさ。どうやって手に入れたのか、覚えてないんだ。あ、でも、多分、盗んだりとか、そういうんじゃないはずだよ」

「ふ~ん……」


アリアは、少し思案気な顔をしていたが、やがて笑顔を見せると、僕をカウンターまで連れて行ってくれた。

そして、カウンターの向こう側に座る、先程の獣人の男性に声を掛けた。


「レバン、この魔石、見てくれる?」


レバンさんは、アルゴスの魔石をしばらく調べた後、口を開いた。


「アリア、凄いじゃないか。いつの間に、こんな高レベルの魔物、倒せるようになったんだい?」

「それ、私のじゃないの。この人のなんだけど」


レバンさんが、僕に、品定めするかのような視線を向けてきた。


「君は……?」

「初めまして。僕の名前は、タカシです。ちょっと事情があって、記憶が曖昧なもので……」


アリアが、僕に代わって、事情を説明してくれた。

アリアの話を聞き終えたレバンは、益々訝し気な表情になった。


「スライムに殺されかかる程度の一般人が、こんな高レベルの魔石を持っている、と」


ここで、アルゴスの魔石を見せたのは、もしや、判断ミス?

何も悪い事はしてないはずの僕の背中を、ヘンな汗が伝う。

が、レバンさんは、フっと表情を緩めた。


「まあ、スライムにやられそうになる盗賊ってのもおかしいか」


そう口にすると、僕の顔を見ながら、言葉を続けた。


「この魔石は、少なくとも、Lv.60程度のモンスターのドロップ品だよ。うちで買い取るなら、高値で引き取らせてもらおう。ただし、うちは、冒険者ギルドだからね。うちで冒険者登録してくれるのが、買い取りの条件だ」

「分かりました。それで、冒険者登録って、どうすれば出来るんですか?」


レバンさんは、カウンターの下から、スイカ位の大きさの透明な水晶玉を出してきた。


「これに手を触れながら、ステータスウインドウを出してくれ」


僕は言われた通り、水晶玉に手を触れて、ステータスウインドウを呼び出した。

レバンさんは、それを見ながら、手元の台帳みたいなのに、記録を付けだした。

どうやら、この水晶玉に触れながら出したステータスウインドウの中身は、レバンさんには見えているようだ。

今更ながら、自分のステータスの数値が低い事を思い出し、恥ずかしくなってきた。

しかし、レバンさんの方は、特にその辺を突っ込む事も無く、黙々と記録を付けて行く。

やがて、記録を付け終わったレバンさんが、僕に声を掛けてきた。


「もう水晶玉から手を離して、ステータスウインドウをしまって良いよ」


そして、僕に、スマホより一回り小さい位の、銀色のプレートを渡してきた。

そこには、僕の名前とレベル、それにルーメル冒険者ギルド所属である旨が、この世界の言葉で記されていた。

ステータスの項目は……無い。

もしかして、ステータスは、その高低に関わらず、あまり大っぴらに開示するべき物では無いのかもしれない。


「それが君の冒険者登録証だ。一種の身分証明書だから、無くさないように。鎖をつけて、首から掛けている者も多いぞ。初回の登録は無料だけど、再発行には、お金かかるからな」

「ありがとうございます」


そして、レバンさんは、やや大きめの袋をドサっとカウンターに置いた。


「これが、その魔石の買い取り金額になるけど、良いかな?」


袋の中には、この世界のコインがぎっしりと詰まっていた。

色違いのコインが混ざっている所を見ると、金貨や銀貨、といった区別があるようだ。

僕は、アリアにも手伝って貰いながら、そのコインの数を数えていった。


「すご~い。50万ゴールドあるよ」


アリアが、目を丸くした。

この世界の貨幣価値がよく分らない僕は、アリアに聞いてみた。


「とりあえず、スライムと戦えそうな武器や防具は買えるかな?」

「うん。30万ゴールドもあれば、最低限の装備は揃うと思うよ」


冒険者ギルドを出た僕は、アリアの案内で、武器屋と防具屋、それに道具屋によって、一通りの装備やアイテムを買い揃えた。

僕は買い揃えた武器と防具を装備して、ステータスウインドウを確認してみた。



Lv.1

名前 中村隆なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+0)

知恵 1 (+0)

耐久 1 (+0)

魔防 0 (+0)

会心 0 (+0)

回避 0 (+0)

HP 10 (+0)

MP 0 (+0)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】

装備 鉄の小剣 (攻撃+10)

   皮の鎧 (防御+15)



攻撃力は、筋力1+鉄の小剣10で、11、防御力は、耐久1+皮の鎧15で、16となった。

アリアの話では、スライムは、攻撃力も防御力も15程度あれば、特に苦にならないモンスターとの事であった。

これで、僕もようやくスライムとまともに戦えそうだ。


僕は、気になっていた事をもう一つ、アリアにたずねてみた。


「魔法やスキルって新しく覚えられたりってするのかな?」

「魔法は、元々素質のある人なら、最初から覚えてたりするけど、新しく覚えるなら、魔法書読まないとダメだよ。あと、スキルは、新しく覚えたりは出来ないよ」

「魔法書って、いくら位するの?」

「高いよ? 一冊100万ゴールド位するんじゃないかな。それに、素質が無いと、いくら魔法書読んで覚えても、実際には使えなかったりするらしいよ」


魔法もスキルも、僕等の世界では、新しく覚えたりは不可能だ。

しかし、この世界なら、魔法なら新しく覚えられるかもしれない。

それにしても、100万ゴールドは、高い。

加えて、もし買えたとしても、僕みたいにMP0だと、意味無いかも


気を取り直した僕は、アリアの案内で、スライムがよく出没する場所に向かった。


アリアに案内されて向かった所は、僕が最初にこの世界に転移した場所に程近い、草原の一角だった。

スライムは、よく、この辺で死んだり弱ったりしている動物を襲って食べているらしい。

という事は、ここでスライムに襲われていた僕って、体力満タンだったのに、弱った動物扱いだったって事なんだ……

改めて自身の最弱ぶりを再認識させられた僕だったが、今は違う。

武器も防具も装備しているし、アリアという強力な助っ人もいる。


「大丈夫いける!」


自分に密かに喝を入れていると、アリアが、囁いた。


「タカシ、あそこに一匹いるよ?」


見ると、半透明の蠢くモンスター―スライムーが、動物の死体を貪り食っていた。

僕は、後ろからそっと近付くと、スライム目掛けて手に持った剣を振り下ろした。


「!」


スライムは、一撃で光の粒子になり、消滅した。

あとには、小さな魔石が残されていた。


「や、やった~~~!!」


僕が嬉しさを全身で爆発させていると、聞き慣れた効果音がした。


―――ピロン♪



スライムを倒しました。

経験値100を獲得しました。

Fランクの魔石が1個ドロップしました。



目の前に浮かび上がったポップアップの文字が、みるみる滲んでいく。

僕は、嬉しすぎて、大声で泣き出してしまっていた。

生まれて初めて、モンスターを自力で倒した!

生まれて初めて、魔石を自力で獲得した!!

経験値100? が、よく分らないけれど、もしかすると、経験値が溜まると、こんな僕でもレベルアップできるのかもしれない。


僕が、少し情緒不安定な人に見えたのか、アリアが、やや顔を引きつらせながら、声を掛けてきた。


「だ、大丈夫?」


僕は慌てて涙を拭うと、アリアに少しバツの悪さを感じながら、笑顔を向けた。


「ごめんごめん、こういうの、生まれて初めての経験でね。ちょっと感動しちゃった」

「スライム倒して感動する人見たの、私も生まれて初めてよ?」

「さ、次行こう! 次!」


僕は、照れ隠しもあって、わざと元気な声でそう告げた。

そして、懐に収めたスライムの魔石に、そっと指で触れながら、次の獲物を探して歩き出した。


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