第3話 F級の僕は、スライムと戦う事を決意する


5月10日 日曜日2


モンスターを一撃で倒した少女は、起き上がろうとする僕に手を貸してくれた。

僕は、自分よりはやや年下に見える彼女に、頭を下げた。


「助けてくれてありがとう」


彼女は、僕の姿をまじまじと眺めてから、口を開いた。


「うん。そんなの気にしなくても良いよ。それより、キミ、変わった格好してるね? どこから来たの?」


僕は、改めて自分の格好を確認した。

この世界に転移する直前まで、僕は家の中で寛いでいた。

だから、今の僕は、いつも寝巻き代わりに着ている紺色のジャージの上下を身に着けていた。


「えっと、ちょっと遠くから来たんだけど。ごめん、記憶があやふやなんだ」


正直に地球から転移してきた、と説明しづらかったので、僕は、今の状況を、そんな風に説明した。


「そうなんだ……。あ、私は、アリア。冒険者よ。ところで、キミの名前は? もしかして、名前まで忘れちゃってる?」

「僕は、タカシ。普段は、大学生してるんだけど……」

「へ~。大学で勉強してるなんて、もしかして、キミ、どこかの貴族様?」

「えっ?」


しまった!

記憶喪失のフリをするはずが、地球での自分の身分を紹介してどうする。

しかも、この世界では、大学は、貴族の子弟が学ぶ場所って位置づけ!?。


僕は、慌てて言い直した。


「ごめんね。なんとなく、大学で勉強していたような気がするだけなんだ」


僕の苦しい言い分を聞いたアリアは、少しキョトンとした後、微笑んだ。


「キミ、格好だけじゃ無くて、中身も変わってるね?」

「そうかな?」


ともあれ、異世界転移早々、死ぬかと思ったところ、彼女に出会えたのは、相当運が良かったとしか言いようがない。

僕は、彼女に、この世界について聞いてみる事にした。


「それにしても、君は凄いね。あのモンスター一撃でやっつけたでしょ?」

「えっ? 全然凄くないよ。あれ、スライムだもん。この辺じゃ、一番弱いモンスターだよ?」

「そうなんだ……」


あれで、最弱か……

異世界転移しても、別に僕の弱さには、変化が無い、と言う事か。


「アリア……だったよね?」

「そうよ」

「アリアは、冒険者だって言ってたけど、冒険者について教えてもらっても良いかな?」

「冒険者についても覚えてないの?」

「ごめん、そうみたい」


アリアは、少し目を丸くした後、色々教えてくれた。


冒険者は、冒険者ギルドに所属して、様々な依頼を引き受けて解決する職業の総称である。

依頼は、届け物や薬草採取から、モンスター討伐まで様々なものがある。

冒険者は、主にモンスターを倒す事で経験値を獲得し、レベルが上昇する。

レベルが上がれば、ステータスも上昇する。

一応、レベル30超えれば、一人前の冒険者とみなされる。

レベルの上限は、知られていないが、伝説の勇者達は、レベル100を超える者もいたらしい。


「ステータスって、自分で確認できたりする?」

「当然じゃない。キミは、出来ないの?」

「出来る、と思うけど。ほら、僕は、記憶が曖昧だからさ。良かったら、やって見せてくれないかな?」


彼女にも、ステータスウインドウが、ポップアップするのだろうか?

僕は、興味本位で頼んでみた。

彼女は、やれやれといった表情になった後、呟いた。


「ステータス」


彼女の前に、僕の時と同じステータスウインドウが出現した。

しかし、どんな仕組みになっているのか不明だが、僕からは、彼女のステータスは、確認できない。

ステータスウインドウの中身が、真っ白なのだ。

やがて、彼女のステータスウインドウが消滅した。


「凄いね」

「タカシもやってみると良いよ。ステータスって言えば出て来るから」

「じゃあ、ステータス」


僕の目の前に、ステータスウインドウが出現した。

そこに並ぶのは、当然だけど、情けない位小さな数値達。

アリアに見られたら、間違いなく馬鹿にされるに違いない。

しかし、先程、僕には、アリアのステータスウインドウの中身が見えなかった。

これは、どういう事だったんだろうか?

僕は、アリアの様子を横目で確認しながら、話しかけた。


「ねえ、アリアは、僕のステータスウインドウの中身って見えてるのかな?」

「普通は、他人のステータスは見えないよ。【洞察】のスキル持ってる人には、見えるらしいけど」

「そうなんだ」


納得する僕を見て、アリアが微笑んだ。


「タカシって、なんだか赤ちゃんみたいだね? 何も知らないし」


僕は苦笑した。

確かにアリアの言う事には、一理ある。

この世界での僕は、赤子同様。

知識的にも、能力的にも。


「そうだ、良かったら、街まで連れてってくれないかな? もしかしたら、何か思い出すかもしれないし」

「良いよ。私も、依頼達成したから、丁度報酬受け取りに戻ろうとしていた所だし」


街までの道すがら、僕は、アリアから、さらに色んな話を聞く事が出来た。


この世界には、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族等様々な種族が暮らしている。

彼女は、ヒューマン、つまり、僕等地球人と基本的に同じ種族のようだ。

年齢は17歳。

冒険者になったのは、今から1年前で、今のレベルは、10。

まだまだ駆け出しの冒険者なので、基本的には、弱いモンスター討伐中心に依頼をこなしている。


話している内に、城壁に囲まれた街が見えてきた。


「あそこが、ルーメルの街よ」



ルーメルの街は、この地方の中心都市と言う事で、街全体に活気が満ちていた。

中世ヨーロッパ風の石造りの建物が、所狭しと建ち並び、あちこちで、露天商が、売り物を広げ、盛んに呼び込みの声を掛けて来る。

通りには、様々な種族が行き交い、これぞ異世界といった風情であった。


そして、街中心部の広場に面した大きな建物丸々一棟が、アリアの目的地、冒険者ギルドであった。


冒険者ギルドの建物の扉を開けると、そこは、雑然とテーブルが並べられた、広いホールのような場所になっていた。

大剣を背負う者、ローブを身に着け、手に杖を持つ者……

僕等が普段イメージする、ファンタジー世界風の冒険者達が、大勢集まっていた。

ホールは、酒場を兼ねているらしく、何人かは、テーブルで飲食しながら、談笑している。

アリアは、慣れた様子で、ホールを突っ切り、向かいのカウンターに向かった。

僕も慌てて後を追った。

アリアは、カウンターに近付くと、その向こう側に座る獣人の男性に声を掛けた。


「おはよ~レバン」

「おはようアリア」


アリアは、顔見知りらしいその獣人の男性と言葉を交わしながら、腰の袋から、何かを取り出して、カウンターに並べ始めた。

それは、僕の目には、魔石に見えた。

獣人の男性が、それを数え始めた。


「……8、9、10。お疲れ様。依頼達成だね。ほら、報酬の5,000ゴールドだよ」


獣人の男性は、カウンターに何かが入った小さな袋を置いた。

アリアが、袋の中身を確認している。

どうやら、この世界のコインが入っているようであった。


アリアが、獣人の男性に別れを告げ、カウンターを離れるのを待って、僕は彼女に声を掛けた。


「さっきのって、もしかして、魔石?」

「そうだよ。ウサギ肉ゲットの依頼を受けてたから、今朝は早起きして、ジャンピングバニー狩りに行ってたんだ」

「あの魔石は、そのジャンピングバニーの魔石?」

「当然そうだよ」


ジャンピングバニーを狩る事と、ウサギ肉ゲットの関係が不明だけど、モンスターが死ねば魔石を残すのは、僕の世界と同じのようだ。

ジャンピングバニーの強さがよく分らなかったが、LV.10の冒険者であるアリアが、ソロで狩れる程度のモンスターという事になる。


「スライムとジャンピングバニーだと……ジャンピングバニーの方が強いのかな?」

「そりゃ、強いよ。スライムは、Lv.1のモンスターで、ジャンピングバニーは、Lv.5のモンスターなんだから」

「スライムも魔石残すの?」

「残すというか、ドロップするわよ?」


スライムも魔石をドロップする、という事は……


「ねえ、僕でも、スライムって、倒せるかな?」

「そうね。装備さえ整えれば、簡単に倒せるはずよ」


僕は、ダメもとで頼んでみる事にした。


「アリア、スライム倒したいんだ。手伝ってくれないかな?」


真剣な顔で頼む僕の顔を見て、アリアは、なぜか噴き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る