第2話 F級の僕は、異世界に降り立った


5月9日 土曜日2


暗いダンジョンから外に出ると、午後の日差しが目に染みた。


「おい、あいつ……」

「生きてたのか」


それは、先に脱出していたらしい、今日の同行者達であった。

彼等は、僕から奪ったリュックサックの中身――魔石――を物色し、分配している所であった。

彼等は、驚いたような顔で僕を見ていた。

彼等の一人が近付いてきて、僕の肩に寄り掛かるように、腕を回してきた。


「おいおい、運が良い奴だな。それとも、弱すぎて、アルゴスちゃんに、見逃してもらえちゃったのかなぁ?」


彼等がドッと笑った。

肩に腕を回してきている男は、僕の耳元で、ドスの効いた声で囁いてきた。


「てめぇ、中での事、チクリやがったら、どうなるか、分かってんだろうな?」


こんな世界になっても、一応、法律は存在していた。

ダンジョン内部であっても、犯罪行為を行えば、処罰されるという事だ。

しかし、現実問題、ダンジョン内部に監視カメラがあるわけでは無い。

僕を除く参加者全員が、口裏を合わせているであろう現状では、僕の返事は一つしかない。


「分かってます。皆さんのお陰で、僕もアルゴスから逃げ切る事が出来ました」


肩に腕を回してきていた男は、満足そうな笑顔を浮かべると、僕の頭を小突いた後、僕を解放した。


「ほらよ、今日のご褒美だ」


彼等の一人が、まるで犬にエサを与えるように、最低ランクの魔石を1個投げてよこしてきた。

僕は、それを黙って拾うと、彼等にペコリとお辞儀をして、その場を後にした。


各地にダンジョンが出現し、その調査が進む中で、日本政府は、均衡調整課という機関を設立した。

ダンジョンの難易度を等級という形で住民に示し、より自身の等級に合ったダンジョンで、住民がノルマを果たせるようにサポートするのが、主たる業務である。

ダンジョンからもたらされた魔石の買い上げも、この機関が一手に引き受けていた。

僕の住むN市の均衡調整課は、総合庁舎の一角にその居を構えていた。

僕は、心身ともに疲れた身体を引きずりながら、その扉を開いた。


今日も大勢の住民が訪れていた。

地域のダンジョンの難易度の最新情報を入手しようとする者、

ダンジョンに潜る仲間を探す者、

そして、僕のように、ノルマの魔石を持ち込む者。

番号札を手に待つ事20分で、僕の名前が呼ばれた。


「すみません、今週分です」


僕が提出した魔石を受け取ったのは、受付窓口に座る更科美香さらしなみかさん。

黒髪をストレートに下ろした、綺麗な人だ。

多分、年齢は、僕と同じ位では無いだろうか?

よく顔を合わせるので、自然と何気ない会話を交わす事も多い。


「お疲れ様。今日も大変だったんじゃないですか?」

「いや~、それほどでも」


彼女は、均衡調整課の職員。

当然、僕のステータスも把握している。

ステータスで差別される事の多い僕だが、中には、彼女のように普通に会話をしてくれる人もいた。


「Fランクの魔石ですね。じゃあ、証明書を発行しますので、少々お待ち下さい」


彼女は、手際よく書類を作成し、僕に手渡してくれた。

この証明書が、ノルマ達成の証となる。


僕は、証明書をカバンにしまうと、更科さんに会釈して、建物を出た。


近所のラーメン屋で簡単な夕食を済ませた僕は、一人暮らしをしているアパートに戻って来た。

築20年程のどこにでもある二階建てのアパート。

大学入学以来、ここに住んでそろそろ2年が経つ。

付き合っている彼女がいるわけでも無く、元々几帳面な性格でも無い僕の部屋は、散らかり放題だった。

散乱する雑誌や衣類を脇に寄せて、僕は、床に腰を下ろした。

そっと懐から、アルゴスの魔石と謎の紙を取り出した。


アルゴスの魔石は、いざと言う時の為に取っておこう。

多分、売れば結構な値になるだろうけれども、ノルマ達成出来そうに無い時の保険になるし。


そう考えた僕は、アルゴスの魔石を懐に再び戻し、今度は、謎の紙をしげしげと眺めてみた。


これは一体、何だろう?

アルゴスが消えた後に降ってきたけれど、アルゴスのドロップ品? なわけ無いよな……


ダンジョンでモンスターを倒した時得られるのは、魔石のみのはず。

ゲームの世界のように、何かのアイテムが出現したりする、等という出来事は、報告された事が無い。


とすると、この紙の出所は?


大きさは、ハガキ大。

柔らかみがありながら丈夫そうな、例えるなら、和紙のような手触り。

表面には、緻密な魔法陣のような文様が、描かれている。


その時、あの声を思い出した。


―――あなたにチャンスを与えましょう。その代わり……


あの声、それとアルゴスを倒したと思われる白い光の柱。

もしかして、この紙をくれたのは、あの声の女の人?

彼女は、一体何者だろう?


首を傾げながら、僕は、なんとは無しに、魔法陣を指でなぞってみた。


すると……


―――ピロン♪


「えっ?」


効果音と共に、目の前にいきなりポップアップが立ち上がった。



【異世界転移】のスキルを取得しますか?

▷YES

 NO



「えっ? えっ?」


戸惑う僕は、思わず目をこすっていた。

しかし、ポップアップは、立ち上がったままだ。


異世界転移?

明日は、日曜日だけど、明後日からまた大学の講義が始まる。

それに、こんな弱い僕が、異世界に連れていかれたら、それこそゲームオーバー間違い無し。


慌てて、キャンセルしようとするも、やり方が分からない。

悪戦苦闘する内に、カーソルは、自分の意思の力で動かせる事に気が付いた。

少し迷った挙句、僕は、▷NOを選択する事にした。


しかし……



【異世界転移】は、ユニークスキルです。本当に諦めますか?

▷YES

 NO



ユニークスキル?

どうしよう……

しかし、いくら心の中で念じてみても、【異世界転移】スキルのそれ以上の説明らしきものは、出て来ない。


う~ん……


悩んだ挙句、僕の出した結論は、


「よし、寝よう」


万年床に潜り込んだ僕は、目を閉じた。

さすがに、目を閉じた状態だと、ポップアップも視界から姿を消した。

疲れていた僕は、そのまま眠りについた。



5月10日 日曜日1


翌朝、目覚めた僕の目の前に、ポップアップは、昨晩同様、浮遊していた。


時間経過で消えるわけでは無いらしいな……


それは、僕が顔を洗い、パンを焼いて食べている間も、目の前に浮遊し続けている。

一応、向こうの景色は透過して見えるけれども、はっきり言って、邪魔でしかない。

そう言えば、いつの間にか、謎の紙は、消えていた。

僕が、魔法陣を指でなぞった事で、謎の紙が消え、代わりにこのポップアップが出現した、とでも言うのだろうか?


一晩寝た事で、少し心が落ち着いた僕は、改めて考えてみた。


『あなたにチャンスを与えましょう』


あの声は、そう告げていた。

ならば、異世界転移しても、必ずしもゲームオーバー確定という訳では無いのかもしれない。


覚悟を決めた僕は、ポップアップを、



【異世界転移】のスキルを取得しますか?

▷YES

 NO



まで戻すと、そのまま、▷YESを確定させた。


―――ピロン♪



ユニークスキル【異世界転移】を取得しました。早速、転移しますか?

▷YES

 NO



僕は、▷YESを選択した。


次の瞬間、僕は、見知らぬ草原のど真ん中に立っていた。


「えっ?」


―――ピロン♪


戸惑う僕の目の前に、またしてもポップアップが出現した。



スキル【言語変換】が、付与されました。モンスターを除く、この世界全ての知的種族との会話が可能となります。

ステータスウインドウで確認して下さい(※念じる事で、ステータスウインドウを開く事が出来ます)



ステータスウインドウ?

僕等のステータスは、均衡調整課で、専用の装置でのみ確認できるものだ。

それ以外に、自分や他人のステータスを確認する術は存在しない。

しかし、ここは異世界。

もしかすると、この世界では、ステータスウインドウが、ポップアップするのだろうか?


僕は、試しに念じてみた。


「ステータス……」


―――ピロン♪



Lv.1

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+0)

知恵 1 (+0)

耐久 1 (+0)

魔防 0 (+0)

会心 0 (+0)

回避 0 (+0)

HP 10 (+0)

MP 0 (+0)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】



本当に、ステータスウインドウがポップアップした。

スキルが、増えている。

そして……


Lv.1?

レベルの項目も増えていた。


僕は、思わず、目の前のステータスウインドウに手を伸ばしていた。

Lv.1と書かれた項目に指が触れると、説明文が、表示された。



『次のレベルまで、あと1,000の経験値が必要です』



次のレベル?

経験値?


気の抜ける効果音とともに出現するポップアップとあいまって、僕は、ここがゲームの中の世界であるかのような錯覚に陥った。

そのまま、指でスキルの項目にも触れてみた。



【異世界転移】:地球とイスディフイとの間を自由に行き来出来る。

【言語変換】:イスディフイに住む全ての知的種族との会話が可能になる。



イスディフイとは、この世界の事だろう。

【異世界転移】のスキル説明は、僕を少し安心させた。

正直、もう地球には戻れないと思っていたからだ。


と、その時……


―――ドン!


何かが、背中にぶつかってきた。

僕がよろけながら振り返ると、そこには、中型犬位の、不定形の蠢くモンスターがいた。

地球では、見た事の無いそのモンスターは、再度、僕に飛び掛かってきた。

よけきれなかった僕は、足がもつれて、地面に倒れ込んでしまった。

そのまま、モンスターが、僕にのしかかってきた。

振りほどこうとしたが、上手くいかない。

痛みと同時に、ガリガリ体力が削られていく感覚が、僕を襲った。


やっぱり僕は、異世界に来ても、弱いままだ……


「やあっ!」


誰かの発する裂帛の気合が聞こえた。

同時に、のしかかっていたモンスターが、いきなり光の粒子になって消滅した。


「大丈夫?」


僕の視線の先に、薄紅色の軽装鎧を身に着けた、銀髪の少女が、剣を片手に立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る