万年ジョバープロレスラー俺がトラック(外国人レスラー/アメリカ出身35歳)にはねられて気が付いたら異世界に転生していた件
雑賀偉太郎
第0話
熱っぽい大歓声が俺のいる控室まで聞こえてくる。
天驚道武(てんきょうドーム)3.24頂上決戦大会は来場者六万人の満員御礼だ。
俺はもう間もなくにせまった出番に備えて、手首のテーピングを巻いていた。
プロレスの世界に新弟子として飛び込んで約20年、ついに訪れた初のタイトル挑戦が、今日のメインイベントだ。
だが俺に、運命の一戦を前にした緊張はない。俺が何事にも動じない肝が据わった大物だから…と言いたいところだが、残念ながらそんなわけではなくて。
緊張していないのは、これから行われる試合の段取りをあらかじめ知っているからだ。俺だけじゃない。対戦相手の現チャンピオンも知ってる。
八百長などという無粋な言い方はどうかカンベンしてほしい。
プロレスというのは台本に基づいて創り上げられるショーだ。だからと言って、全てが嘘っぱちだなんて思うのは悲しい勘違いだと、声を大にして言わせてもらおう。
俺たちが創るのは、肉体を極限まで鍛え抜いた演者が汗と流血で華咲かせるエンターテイメント・マジックだ。
そこに出現するレスラーの情熱とファンの熱狂は、間違いなくリアルだと俺たちは信じている。
とはいえ、ショーにはショーの手際ってもんがある。そこんところを上手くやれるかどうかは、ブック(※)のあるなしとは別の次元でレスラーにのしかかるプレッシャーだ。
それでも俺が全然緊張していないのは、そもそも俺の試合は行われないことが決まっているからだ。
つまり筋書きはこうだ。苦節20年、地味な前座でくすぶっていた俺、権藤虎雄はついに念願のタイトル挑戦権を得て、気合十分花道を歩いてゆく。
そこに現れるのはまさかの乱入者。チャンピオンに反旗を翻すヒール軍団を立ち上げて息巻いている外国人レスラー、ジェフリー・トラックだ。
トラックは、ただ一点チャンプだけを睨み続けて歩く俺に背後から襲い掛かり、パイプ椅子で滅多打ちにする。完全に不意を突かれた俺は、なすすべもなく血だるまに。
試合は当然お流れで、横やりを入れたトラックと試合を潰されたチャンピオンの遺恨が生まれ、晴れて正義と悪の大抗争が始まるという寸法だ。
ついでに俺とトラックにも遺恨発生だが、そっちはあくまでオマケあつかい。
こんな旨みのない役回りでも、俺は与えられた仕事を全うしきるつもりだ。仕事の出来る役者がいなきゃあ、この業界は成り立たない。
四角いジャングルの端っこに住み着きはじめて20年。自分の才能の無さは嫌というほど理解している。そんな俺でもちっとは業界を支えてるという自負を保つためには、こうした役回りを忠実にこなし続けるしかねえんだ。
しかしトラックの野郎、ちゃんとやれっかな。アイツはパワーもガタイもトップ張れるだけのモノがあるし、何より華がある。
会社もアイツを、不動の看板レスラーであるチャンプのライバル格に持ち上げてやろうと目論んでる。けどアドリブの利かねえのが玉に瑕なんだよなぁ。
まあ、俺のバンプ(※)がきっちりしてりゃあ、万が一多少ごちゃついても大丈夫だろう。
ひときわ大きな歓声に交じってゴングの音が聞こえてきた。今やってる試合の決着がついたらしい。さて、ぼちぼちジョブ(※)をこなしに行くとするか。
------------------------------------------------------------------------------------------------
※ブック
勝敗や試合展開を決めた台本のこと。
※バンプ
受身のこと。ダメージを減らすことはもちろんながら、プロレスでは相手の攻撃をより華やかに見せる技術も要求される。
※ジョブ/ジョバー
台本通りに敗北を演じること。やられ役を主に担当するレスラーをジョバーとも言う。
勝者の強さや魅力を印象付けるために重要な立場である。
万年ジョバープロレスラー俺がトラック(外国人レスラー/アメリカ出身35歳)にはねられて気が付いたら異世界に転生していた件 雑賀偉太郎 @Devil_kyto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます