第4話 明日で終わり

 すすきを刈っていると、あけみがやってきた。


「今日は来るのが早い」

「へへ、ちょっと頑張りました」


 ぐるーっと彼女があたりを見渡し、不機嫌そうに答える。


「スマイルマークの眼の部分が終わっている」

「終わらしておきました」


 えへんと胸を張るも彼女は睨むのを止めない。


「もしかして、学校さぼった?」


 体がびくっと震える。

 こういう時、嘘のつけない自分が憎い。

 

「さぼったんだね」

「はい、すみません」


 強い口調に、すぐに謝る。

 「彼女は仕方がないな」と言いながら、続ける。


「手伝ってもらっている私が言うのもなんだけど、学校にはちゃんと行って」

「はい、その通りです」


 ごもっとも。

 すすき刈りという変なことをしているくせに、意外と真面目で厳しい。


「お昼はちゃんと食べたの?」

「お母さんみたいなことを言うね、あけみは」

「ちゃんと食べたの?」


 きっ、と目をさらに細める。ちょっと怖い。

 私は地面に置いてある、プラスチックのパックに入った団子を指さす。


「はい、ばっちり」

「何がばっちりなの……」

 

 団子では、食料にならないというのか。そう抗議しようとしたら、目の前から「ぐーっ」と音が、聞こえた。

 彼女の頬が赤く染まっていく。


「……しょうがない、生理現象」


 ニヤリと私は笑い、団子を取り出し、あけみに差し出す。

 彼女は「いらない、いらないと」首を横に振る。


「ほら」

「いらない」

「遠慮しないで」

「いらない、いらないって」


 楽しくなってきて、彼女をさらに揶揄う。 


「ほらほら」


 追っかけると、パクっとかぶりついた。


「わ」


 険しい顔をしながらも、もぐもぐと口を動かす彼女。


「やっぱりお腹空いていたんだね」

「運動前に必要な栄養補給」 

「はいはい」


 素直じゃない。でも、そこも可愛いと思う。


「ひより」


 急に名前を呼ばれた。

 彼女が真面目な顔をするもんだから、つい背筋を伸ばしてしまう。


「学校はちゃんと行って、行けない人もいるんだから」


 行けない人って、誰だろうか。 

 彼女の言い分はわかるが、実感のこもっている言葉に違和感を覚える。

 行けない人は、お姉さんのことを指しているのか。

 それとも―。


「はじめよう」


 考えを巡らせようとする私を、彼女が阻む。

 そうだね、と言い、今日も2人ですすきを刈り出すのであった。

 

 × × ×

 教室の席につくと、ともかが早速話しかけてきた。


「今日は来たんだ」

「うん、昨日は風邪ひいたの」

「馬鹿は風邪ひかない」

「ひどい。私は馬鹿じゃないって。本当に昨日は風邪だったんだよ」


 ごほごほと、わざとらしく咳をするも、彼女の疑う目は戻らない。


「わざとらしい。ひよりが風邪って、何かに憑りつかれているんじゃない」


 あははと笑い返す。

 すすき畑だからって、幽霊はいない。

 あそこにいるのは、可愛い女の子とすすきだけだ。

 

「大丈夫、一日寝て、バッチリ元気だから」


 親指を立てる私を、彼女はあきれ顔で答える。


「本当に馬鹿野郎だよ」


 馬鹿みたいなことをするのも、もう少しだ。

 たぶん明日には、スマイルマークが完成する。

 この日々も終わりを迎えるんだ。


 そう、あけみと一緒に過ごす日々も終わってしまうんだ。


 × × ×

 今日のすすき刈りも終わり、刈ったすすきの上に寝ころぶ。


「終わったー」

「まだ完成にはもうちょっと」


 そう言って、彼女が隣に寝ころぶ。

 薄暗いけど、顔が近くて、心臓が跳ねる。


「あ、明日には終わっちゃうね」

「うん」

「長かったような、短かったような」

「うん」

「間に合ったよね?」

「おかげさまで」

「それは、よかった」


 目が合い、ドクンドクンと音を立てる。

 居ても立っても居られなくなり、私は立ち上がり、誤魔化すように病院を見る。


「お、お姉さんからは見えるのかな。地面とすすきの色にそんな差がなくて、綺麗に見えるか不安」


 彼女も立ち上がり、横に並ぶ。


「それは大丈夫、問題ない」

「あけみがそういうなら、きっと大丈夫なんだね」


 私のしたことには意味がある。意味があった。

 きっとお姉さんも喜んでくれるだろう。

 けど、お姉さんのためでなくとも、私は一緒にあけみと過ごせてよかったと思っている。

 だから、私は笑顔で彼女に質問する。


「完成したらさ、私も病院の屋上に見に行っていい?」


 手が重なった。


「え」


 彼女は何も言わず、私の左手を握る。

 つながった手。

 いいよ、ってことなのだろうか。

 

「私は、あけみと一緒にみたい」


 彼女は答えない。

 ただ手は強く握られ、少しだけ震えている気がした。


「約束、だよ」


 念押しの言葉に、返答はなく、彼女の右手が離れた。

 そして、急に抱き着かれた。


「あ、あけみ!?」


 突然の行動に驚き、自由になった両手が宙に浮き、落ち着かない。


「ど、どうしたの?」

「……」


 何も言わず、彼女の顔も見えず、ただただ沈黙だけが流れる。

 けど、激しい鼓動は隠しきれない。


 風で、すすきが揺らぐ。


 3分ぐらい経過し、やっと彼女が私から離れた。


「日がくれちゃう、帰ろうか」


 何事もなかったかのように、彼女は少しだけ笑み、優しく告げる。

 私は「うん」と頷くしかできなかった。

 残ったのは体の温もりだけ。


 心がざわつき、落ち着かなかった。


 × × ×

 家についても、ご飯を食べても、お風呂に入っても、布団に入っても心は落ち着かなかった。

 壁の時計は夜の12時をまわっているのに、目がさえて、眠りにつくことができない。


 浮かぶのは、彼女の不自然な笑みと、消えない温もり。


 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。

 まん丸の月。雲一つない、星が瞬く夜空。

 

 何にもない、普通の夜の景色。

 なのに、嫌な予感がした。


 壁にかけたコートを羽織る。

 気のせいで、いい。

 余計な心配だったら、それでいい。


 私は部屋から飛び出した。


 × × ×

 親にバレないように、ひっそりと家を抜け出した。

 誰もいない田舎風景の中、必死に自転車をこぎ、目的地へ向かう。


「はあ、はあ」


 向かう先は、すすき畑。この1カ月、あけみと一緒にスマイルマークをつくった場所。

 足が痛い。悲鳴を上げている。

 でも、懸命に飛ばす。


 そして、目に入ったのは煙だった。


「え」


 黒。赤。黒。

 幻かと思ったが、近づくほど恐怖は現実となった。

 すすき畑が燃えていた。

 

「な、なんで!せ、せっかくあけみと一緒にやったのに、頑張ったのに」


 すべてが無に返る。

 火は私たちの頑張りを奪い、黒く染める。

 こんな結末なんて、望んでいない。ひどい、ひどすぎる。

 誰が、誰がこんなこと。 


 火の中に人影が見えた。


「……もしかして」


 中に、あけみがいる?

 あけみがすすき畑に、火の中にいる?

 

「あけみ、いるのあけみ!?」


 言葉は返って来ない。

 でも、確かに黒い影が私には見えて、奥にはあけみがいる気がした。


「……あけみ」


 手は震えている。

 自分でも馬鹿なことだと思っている。

 無謀すぎる。無茶すぎる。行って、何になる。


 けど、あけみを失いたくない。


 その気持ちだけで、私は動けた。

 コートを脱ぎ、頭を覆い、火よけにして、燃えるすすき畑の中に入っていった。

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