第2話 間に合わないから

 幽霊ではなく、綺麗な女の子に会った次の日の朝。

 学校に来るなり、ともかに話しかけられた。


「写真撮れた?」


 「どうせ撮れてない」、「怖気づいて行けなかった」と思っているのだろう。

 正直に答えてやるもんか。 


「やばい」

「えっ」

「やばい、やばい。あそこは本当にやばいよ。本当に幽霊が出る」


 私の迫真の演技に、ともかがビビる。


「えっ、それ本気で言ってるの?」

「……写真見る?」

「いい、いいから!」

「本気、本気だよ。ともかは絶対に近づかない方がいい。本気でやばい場所だから」


 怯えるともかに内心ガッツポーズする。

 私を揶揄った、ちょっとした仕返しだ。


 × × ×

 授業が終わり、道具をもってすすき畑にいくと、彼女はもう来ていた。


「こんにちは」


 私の挨拶に、あけみが小さく頷く。

 鞄を地面に置き、家の物置から拝借してきた鎌を取り出す。

 

「どこを刈ればいい?」

「そこを前方に3メートル」


 3メートルと言われても、よくわからない。

 「何となくここかなー?」と思って刈ろうとしたら、彼女に注意される。


「体二つ分、右」

「わ、わかったよ。あけみ」


 腕まくりをし、すすきを刈り始める。

 正直、鎌でやるのは非効率だ。けど家に刈る機械はなく、たとえ持っていたとしても貸してはくれないだろう。「スマイルマークをつくるんだ!」と説明しても、馬鹿にされて終わりだ。

 何より、自らの手で刈るから意味があるのだと思う。あるのかな?自分で言っていて、不安だ。

 15本ほど刈ったところで、沈黙に耐え切れず、彼女に話しかける。


「ねえ、あけみもここらへんの高校に通っているの?」

「稲城」


 聞いたことある高校名だ。ただ、ここからは遠い。


「ここらへんじゃないね」

「うん、川の向こうの向こう」

「……遠いね」

「慣れっこ」


 わざわざ遠方から、このすすき畑に来ている。家はこっちの方なのだろうか。


「私は、朝河高校の2年生なの」

「私は1年生」

「そうなんだ、私の方が先輩なんだね」

「ううん、同じ」

「へ?」


 同じ?彼女の言葉に疑問符を浮かべる。何が同じなのだろうか。


「もしかして留年でもしているの?」

「ううん、違う。私の方がすすきを刈るの上手。だから先輩。1勝1敗でひよりと私は同じ」


 ポンと手を打つ。


「あーそういうこと」


 負けず嫌いと言っていいのだろうか。お淑やかな見た目ながら、この女の子はユニークな性格をしている。


「だから、先輩とか後輩とかなしで」

「わかった。敬語なしでいこうか」

「うん、決着がつくまで」

「勝負でもしているの!?」


 答えは返って来ず、ざくざくと刈る音が聞こえ出す。

 日が暮れるまで、途切れ途切れではあるが、ずっとお喋りしながら作業したのであった。



 × × ×

「ここの内容重要だから、よく覚えておけよ」


 授業が行われているが、先生の言葉が耳に入って来ない。

 落ち着かない。

 教室の皆は、テスト前だからか必死にノートをとっているが、私のペンは動かない。

 ここからは見えないのに、窓の外を眺めて思いにふける。

 自分でも思った以上に、夢中になっている。理由も、目的も教えてくれないけど、あけみと一緒にいることが楽しい。口数も少なく、会話というには物足りないが、その気楽さと、呑気さが、心地よい。


「……」


 早く放課後がくればいいのにな。


 × × ×

 夕焼けに染まるすすき畑。

 今日の作業は終わり、力尽きた私たちは、刈ったすすきを敷き、地面に座って休んでいた。

 そして、手に持つのは鎌ではなく、みたらし団子。

 ここに来る前に私が寄り道をして、買ってきたのだ。

 疲れた後に、甘いものはご褒美だ。


「これ美味しい」


 そう言いながら、あけみが小さな口をもぐもぐと動かす。

 カワイイ。

 小動物のような可愛らしさがある。見ているだけで、癒されるな……。


「よく親に買いに行かされるお店なの」

「ひよりは常連さん」

「常連……、確かに10年前から買っているけど」

「10年。それは常連さん、常連様」


 彼女の表現に、思わず笑ってしまう。


「常連様って」


 でも、彼女は真剣な顔のままだ。


「長く続けるって大変、様って呼ぶべき」

「買っているだけだよ」

「それでも続けることは偉いこと」


 意志がこもった声。

 そうだ。このすすきを刈る作業も、続けるという意志と根気がなければ達成できないものだ。


「そうだね。偉いんだね」

「うん、ひよりはいい子」

「なんか、それは違った意味に聞こえる。子供を褒めるというか」

「うん、ひよりは子供」

「あけみだって子供じゃん!」


 彼女が小さく笑い、私もつられて笑った。

 他愛もない会話。

 でもこの時間が好きで、「このままずっと作業が終わらないのもいいかな」とこの時の私は思ったのだ。


 すすきが風で揺らぐ。


 × × ×

「ふぁ~」


 あくびが止まらない。

 連日の作業のせいか、今日の授業はほとんど寝てしまった。

 でも、これからのすすき刈りの作業のことを考えると、いい休息だ。プラスに捉えよう。

 そう思いながら、鞄を持ち、教室から出ようとしたところ、ともかに声をかけられた。


「ひより、最近どうしたの?」

「どうもしないよ、ともか」

「嘘。最近、授業中寝てばかりだし、どこか上の空」

「授業寝るとか、ぼーっとしているとか、いつも通りの私でしょ」


 ともかは納得できないのか、私をじっと見つめる。

 確かに彼女の言う通り、私は最近可笑しい。勉強を疎かにして、学生としては間違っている。

 でも、私がしたいことだ。私はあけみを手伝いたい。

 こうやって話している時間も惜しい。

 歩き出そうとしたが、ともかに鞄を掴まれ、立ち止まる。

  

「私に言えないことなの?」


 そういうわけではない。

 言ってもいい。揶揄ったことはもう根に持っていない。もう意固地になる必要はない。

 「幽霊はいなくて、私は友達の手伝いをしているだけ」って、言えばいい。

 でも、出てきた言葉は、別の言葉だった。


「本当に困ったら、言うから」


 私の答えにがっかりしたのか、ともかが鞄から手を離す。

 私は振り向かず、下駄箱へ向かった。


 × × ×

 ぽつり、ぽつり。

 外を出たら、雨が降ってきた。

 これでは今日の作業は中止だろう。無理して、ともかを振り切る必要はなかったと後悔する。


「……」


 よどんだ空を見上げる。嫌な予感がした。


「まさか、ね」


 でも、彼女なら考えられる。

 折り畳み傘を広げ、私は飛び出した。


 × × ×

 すすき畑に向かうほど、雨は激しさを増し、風も強くなってきた。

 傘を差しているが、走っているせいもあり、ずぶ濡れだ。


 やがて、いつもの場所にたどり着いた私は、


「どうして」


 その光景に、立ち尽くした。

 雨の中、こんな悪天候の中で、すすきを刈っている女の子がいた。


「何で」


 傘を放り投げ、駆け足で近づく。

 彼女は私に気づき、視線を向ける。


「ねえ、風邪ひくよ。こんな雨の中作業するなんてよくない」


 必死に話す私の言葉を流し、彼女は手を止めない。

 イラっとした私は彼女の手を掴み、無理やりに止めた。


「無茶は駄目だよ」

「……間に合わせないといけない。もう時間がないから」


 何が彼女をこんなに強く動かすのか。

 どうして、ここまでして成し遂げようとするのか。

 ……このままではいけない。

 意味を、理由を、訳を私は求める。

 もっと彼女のことを知らなければならない。


 雨音が沈黙をつくる。彼女の頬を雫がつたった。

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