夕色コネクト
結城十維
第1話 見つけてくれて
夜空には欠けた月が浮かんでいた。
雲の流れが速い。風の音がし、すすきが揺らぐ。
「ひぃー」
月明りしかない、真っ暗なすすき畑。不気味だ。
本当はもっと早く帰るつもりだった。けれど、先生に仕事を頼まれ、思った以上に時間がかかり、気づいたら外は真っ暗になっていた。これだから、田舎は嫌なんだ。電灯もあまり無いし、バスも数が少ない。おまけに自転車はパンクし、学校に置いてきた。
風が強く吹き、すすきが揺れる。
「あれ……?」
すすき畑の中で、黒い影が動いた気がした。
私は目を大きく開き、その場で固まった。
気のせいじゃない。
黒い影はこちらにどんどん近づき、大きくなっていく。
「う、うわーーー」
恐怖のあまり、私は大きな声を上げ、必死に走って逃げた。
× × ×
うちは田舎だ。
高校も少しは街中にあるとはいえ、木造の3階建てのおんぼろ校舎だ。私の代で、取り壊しも決定している。
私はそんな何もない街で、何も起きない学校で、普通の暮らしをしていた。
でも、今日の私は違った。
「ともか、ともか!」
高校に着くなり、同じクラスの制服姿の女の子、久野ともかに話しかける。
「なによ、朝から」
「見たの」
「見た?」
「うん、あれは幽霊だよ」
真剣に話す私とは裏腹に、ともかはちっとも信じていない顔だ。
「みたの!すすき林で、黒い影をみたの!」
「確かにあそこのすすき畑は出るって噂だけどさ」
「うん、出たんだ」
あれは幽霊だ。間違いない。すすき畑の中に幽霊がいたのだ。
「ははははは、ひより怯えすぎ」
名前を呼ばれ、馬鹿にされる。
机をバンバンと叩くほど、笑わなくてもいいと思う。
「見てないからそんなこと言えるの」
「はいはい、そこまで言うなら証拠撮ってきてよ。携帯でパシャッと」
「わ、わかったよ。証拠見せてあげるから」
怖い。でも、嘘じゃないと証明したい。
「よ、よーし。ともか、早速今日の放課後いこう」
「私、弓道部あるから」
「えっ、付いてきてくれないの?」
ともかがにやける。意地の悪い顔だ。
「ひより、一人でいけないの?やっぱ怖いんだー」
「こ、こ、こわくないよ!幽霊でも宇宙人でも何でもこいだよー」
立ち上がり、宣言する。
でも、ともかは信じていない様子で、「本当にできるの~?」とずっと揶揄ってきた。
私だって、できるってことを見せてやる!
× × ×
「やってしまった……」
何でつい調子に乗ってしまったのだろう。
夕暮れに染まるすすき畑。
昨日よりは明るいが、カラスの泣き声が聞こえるだけでびくっと身体が震えてしまう。
でも、このままともかに馬鹿にされたままは嫌だ。
手に持った携帯を強く握りしめ、すすき畑に入ろうとする。
風が強く吹き、すすきが揺らいだ。
「ひいい」
思わず手に持っていた携帯を地面に落とす。
「お、おどかさないでよ!」
誰もいないのに、一人でツッコミを入れる。うう、怖い。
それでも私は携帯を拾い、畑の中に入っていく。
「いるわけない、いるわけない、いるわけない」
念仏のように祈り続ける。
掻き分けても、掻き分けてもすすきが目の前を遮る。
どこまで続くのだろうか。
そう思っていたら、すすきが目の前で途切れた。
「ついた?」
「反対側についたのだろうか」と思ったが、少し前にはすすきがあった。
ここだけすすきがない。10m近く、ぽっかりと空白ができているのだ。
不自然に。
「なに、ここ?」
不安に思い、辺りを見回す。
目線の先に黒い影を捉えた。
「え、え、え」
人、人だった。
目を凝らす。
制服を着た女の子だ。よかった、幽霊じゃない。
得体の知れないものじゃなく、少し安心したのも束の間、女の子が私に気づいたのか、こっちに寄ってくる。
普通の女の子ではなかった。
5mほど近づき、やっと気づく。凶器。彼女は手に鎌を持っていた。
「うわあああ」
逃げようと思ったが、尻餅をついてしまう。
地面を這って、逃げようとしたが、足音が止まる。
ゆっくりと振り向くと、女の子と目が合った。逆光で顔は良く見えない。
でも手には鎌を持っていた。凶器を持っているんだ。
「私、美味しくないです……」
震えが止まらない。生命の危機を感じる。
そして、女の子が口を開いた。
「大丈夫?」
優しい声で私に話しかけ、鎌を持ってない左手が私の方に伸びてきた。
伸ばされた手を、私は恐る恐る掴み、立ち上がった。
「あ、ありがとう」
確かな手の温もり。幽霊ではないらしい。
けど、見たことのない制服。しかも鎌を持っていて、手は土で汚れていた。
安心はしたものの、まだ油断はできない。
「ここで、こんなところで何しているの?」
彼女は答えず、近くの地面に置いてあるリュックの元に歩いていった。そしてリュックの中をあさり、何か取り出す。
私はスカートについた土を払い、彼女の元に歩いていく。
「これ」
見せられたのは1枚の紙。
紙には、スマイルマークが描かれていた。
マークをよく見ると、縦何メートルなど詳細に数字も書かれている。
「設計図?」
「そう」
「ミステリーサークルみたいな?」
「そんな感じ」
どうやら彼女はすすき畑を刈って、マークをつくっているらしい。
なかなかに壮大な計画だ。
彼女は「用事は済んだ」と言わんばかりに、また鎌をもって、すすきを刈り始めた。
作業中の彼女に、少し距離をとりながらも話しかける。
「一人でやっているの?」
「うん」
ざく、ざく。
1回では刈れず、手際がよいとはいえない。
「大変じゃない?」
女の子の手が止まった。
「大変。このままじゃ終わらない……かもしれない」
どうして刈っているのかはわからない。
でもその切ない表情に私は「何かしてあげたい」と思ったんだ。
風が吹き、すすきが揺らぐ。
「余計かもしれないけど」
私の心も揺らいだ。
「手伝おうか?」
彼女が振り返り、私を見る。
「いいの?」
「二人でやったほうが早いでしょ?」
「ありがとう」
お礼と共に、無邪気な笑顔が繰り出され、思わず顔を背ける。
不意打ちだ。胸がどきどきする。
「カワイイ」と思ってしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だから。急なことでどきっとして」
「どきっと?」
首を傾げる姿も、可愛らしい。
「き、気にしないで、何でもない!」
首を横にぶんぶんと振り、否定する。
「おかしな子」
スマイルマークをすすき畑で作ろうとしている人に言われたくない。
「いつも夕方に作業しているの?」
「うん」
「わかった、明日から手伝うね」
今日は道具も無いので、先に帰る。お家で刈る道具を探さないといけない。
「じゃあね」
「うん、また」
手を振って、歩き始める。
が、足が止まった。
そうだ、大事なことを聞き忘れていた。
再びすすきを刈り出す彼女に向かって、大きな声を出す。
「あの、名前は?」
私の声に気づき、彼女が立ち上がる。
精一杯に声を張り上げ、私に返す。
「あけみ、望月あけみ」
「あけみ!私は、ひより。小出ひよりっていうの」
答えてくれたのが嬉しくて、彼女にブンブンと手を大きく振る。
「ひより。よろしくね、ひより」
彼女が手を振り返す。
風が吹き、彼女の長い黒色の髪がなびき、真っ白な顔が夕暮れに染まる。
すすき畑の中で佇む姿は、現実ではないかのように幻想的で、綺麗だなと思った。
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