第67話:戦いが終わって
朝日が顔を出すのと合わせたように、馬の嘶きが聞こえた。
――あの子たちかしら。
自由にさせたはずの軍馬が戻ってきたのか。そうも思ったが違う。五頭や十頭の数では到底ない。
竜騎兵を先頭に、軽装の兵士が中央通りを進む。街の端からそうしてきたのだろう。途中で少しずつ人数を割き、隠れているカンザスの部下を拘束する。
いくら分散しても減ったように見えない、奇術のような本隊がやがて目の前に辿り着いた。
「ロイ=グラント少佐かな? 西方治安措置班の者だ」
「たしかに僕がグラントです。でも治安措置? 聞かない隊名ですね」
「それはそうだ。昨日が発足だからな」
進み出た人物は、アイロンをしたばかりのような軍服に、艶のあるピケ帽をまっすぐかぶっていた。階級章は中佐のものだ。
生真面目そうな細面は、ロイやデニスと印象が違う。神経質と言ったほうが良いのかもしれない。
「昨日を以て、内戦は終わった。エール大将の名で降伏の通信があって、エナム議会も追認した。我らはその報を味方に知らせ、敵兵士を取り締まるのが役割だ」
「エール将軍が……ではここへやって来られたのも?」
「そうだ。半個連隊がマナガンを密かに占拠し、少佐も監禁されていると聞いた」
電信機を破壊したうえで、自死をしたエール将軍。たしかにあのとき、この戦争は終わったと言っていた。
「まあ細かいことは、貴官の治療とこちらの任務がひと段落してからにしようか」
返事を待たず、中佐は「
「カンザス大佐。階級はそちらが上ですが、立場はお分かりですね?」
「う。うぁ――」
あの男はまだショックから立ち直っていない。中佐はさらにいくつか言葉を重ねたが、やはり会話にならなかった。
「連れていけ。次に話を聞くまでに、正気を戻させろ」
連れていくとはどこへだろう。まさかここから直に、メインに行くではなかろうが。
ともあれノソンを破壊させた男が引き起こされ、両脇をつかまれて運ばれていく。おそらくは今を逃せば、今後永遠に会うことはない。
「あの!」
「ん、あなたは?」
「ロイの。ロイ=グラントの妻です」
「こんなところに? で、その奥さまが罪人に何かご用ですかな」
救出をしにきたはずが、妻に先を越されている。ロイの故郷がどこだとかを知らずとも、奇異に思うのは当然だ。
中佐はわざとらしく、傷付いた街を見回して聞く。
「カンザス大佐はノソンを……いえ。大佐は法に従って処罰されるのでしょうか」
「確実な回答はできないが、そうなるのではと予測を答えておこう」
最後にもうひと言くらい、何か言っておくべきだと思った。
犠牲になった人々に謝れとか。ここに生き残った者たちに謝れとか。それとも少しくらいは悪いと思う気持ちがあるか、問うべきだろうか。
瞬時にいくつかの候補を浮かべたが、どれも却下した。
虚しいのだ。
私刑を下さなかった以上、ここからは決められた手順で裁判にかけられる。そうして罰も決められるはずだ。
いつか過去に誰かが定めた法律に依って。
「そうですか。よろしくお願いします」
「もちろんだが、あなたがたの事情も聞かなくてはならんな」
メアリだけでなく、ノソンの女たちはそれぞれの経緯を聞かれた。
家族を殺され家を焼かれ、ブース隊を撃退したこと。ロイを救出する為に、この町へやってきたこと。
途中、ブース隊の残党を倒したのも正直に言った。そうせねば町の人々が危険に晒される。理由は明確だ。
マナガンにやってきて、市長の娘から救いを求められた。ノソンを襲わせたカンザスを許してはおけなかった。
だから今こうしていると、計画し実行した内容まで細かく話す。
「それは驚嘆に値する出来事ですな」
「お恥ずかしいことです」
「お疲れのところを申しわけないが、メインまでお連れさせていただこう」
市長父娘やマナガンの市民たちにも、中佐は事情を問うた。
あちらは単純に、不当な支配へ立ち向かっただけだ。追ってまた質問はあるにせよ、当面どうということもない。
メアリと仲間たち全員は、その日のうちに馬車へ乗せられ、メインへ向かうこととなった。治療を優先するロイとは同乗できず、市長の娘と挨拶をする暇もなく。
また思わぬ方向へ、旅が始まってしまった。何の為に行くのか聞いても、詳しく聞く必要があるからと。
目的も分からぬでは不安しかない。だが良かったこともある。生まれて初めて蒸気機関車を見た。それだけでなく、メインまで乗せてくれるという。
「とても速いわ」
「そうね。馬よりも速いわ」
女たちには数人ごと、世話役の兵士が付いた。遠慮のないその目があっては、幼なじみとの会話も弾まない。
窓の外を流れる景色に、一つとして見慣れたものはなかった。
これをロイとも一緒に見たい。そう思う余裕ができたのは、五日が過ぎて首都に到着する寸前のことだ。
「ここが首都――」
メインのターミナル駅に到着し、列車を降りて。言葉を失った。
長く伸びる蒸気機関車の車両が、一つの建物に収まっている。それどころか、同じく停車している別の列車が四つも並んでいた。
線路の数は、その三倍。こちらの壁とあちらの壁まで、間違いなく一つ屋根の下にある。
かく言う屋根もどれだけの高さがあるのか。マナガンで見た四階建ての建物も、きっと敵わない。柱もそれほどあるでない広々とした空間に、メアリとステラとアナと、ノソンの女たちは残らず呆けて眺めた。
「滞在中の宿は取ってあります。許可なく出歩くことはおやめください」
「そ、そうね。迷子になってしまうわ」
駅の近くにあった、階数を数えるのも困難な建物を通り過ぎる。そこにもホテルと書いてあったが、さすがに高望みというものだ。
いかにも裏通りという筋に入り、互いを押し付け合うように狭苦しく建った三階建て。タイル張りの安宿と兵士は言ったが、何の小洒落たものだ。
「こんなに親切にしていただいて、何のお礼もできませんわ」
「親切、ですか――」
生涯、訪れることはないと思っていた場所。行楽でないのは分かっていたが、旅費を持ってもらったのは間違いない。
荒んだ気持ち、重い悲しみは変わらずあるが、だから驚かないなどはあり得なかった。
そうしてもらったことに礼を言ったのだが、兵士は妙に気まずそうな顔と口振りをした。
「いや。小官らはこれにて。交代で別の者が参りますので、以後はその者らに」
逃げるように去った後、言葉通り交代の兵士がやってくる。
憲兵隊を名乗った兵士たちが、ホテルの外へ連れ出してくれることはない。充てがわれた自室から出るのにさえ、文句をつけるほどだ。
「事情を聞くって、いつになるのかしら」
「戦争が終わってすぐなんだから、忙しいんでしょ」
何のことはないと、ステラが言うのももっとも。一行は一週間を、ホテルから出ることもなく過ごした。
次の連絡がようやくあったのは、メアリが遊戯室で音楽を聞いていたときのことだ。
「分かりました。指示通りに致します」
受け取った指示書を読んで、息を呑む。だがこの可能性もあると考えていたはず。
マナガンの市民たちが協力してくれて、困難な戦いに勝った。どうもそれで浮かれていたようだ。
【都市破壊行為、殺人の疑いにつき、連邦裁判所に出頭せよ】
メアリはテロ行為の首謀として、呼び出しを受けた。
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