第60話:元凶に問う

「この町の市長は、私の父です。ですがあの人は、消極的ながらあなたを受け入れた。だからそれとは関係なく、マナガンに住む女の一人として言わせていただきます」


 市長の娘はメアリと初めて話したときのように、極めて事務的な口調で言う。

 お前たちなんか、すぐにでも出ていってくれ。言い分はそれだけのはずだが、そう言えば感情が先に立ってしまうから、だろう。


「父親は間違っていると、そう言うのかな」

「私個人は。いえここに集まった、私の友人たちの考えはそうです」

「そうか、聞こう」


 銃を押し当てられ、拘束された身の上とは思えないカンザス大佐。後ろのデニスが、革張りの背もたれにさえ見えてくる。


「エナム軍大佐、カンザス=クァントリル氏。私たちマナガン明星の会は、あなたとあなたの率いる軍隊に次のことを求めます」


 スカートのポケットを探り、市長の娘はくしゃくしゃになった紙片を取り出す。

 視線の高さに持ち上げた両手は、ぎゅっとその端を握りしめる。そうしなければ、きっと震える指は紙片を取り落としてしまうのだろう。


「ひとつ。あなたがたは直ちに、占拠した場所、専有した物品を返却し退去すること。ふたつ。その目録を、マナガン市長及び明星の会当てに交付すること。みっつ。市民の被害は、以後求められる戦時補償に則って行うと誓書を残すこと」


 たどたどしい部分もあったが、堂々とした要求だった。目録の交付とか戦時補償とか、メアリには思い付きもしない。


「それは誰当てに?」

「市長と明星の会当てです」

「なるほど、もっともな要求だ。さらに欲張っても良いが、最低限として必要な点を押さえている。理解したよ」


 大佐の返答に安堵の息を吐き、市長の娘は慌てて顔を引き締め直す。要求を記した紙片は、銅板でも折るようにぎこちなく畳まれた。


「その覚書きにサインは?」

「ひ、必要ありません。ここに居る全員が証人です」

「それは良かった」


 あっけなく「次は?」と。こうも簡単に呑むものか、逆に疑いたくなってしまう。

 市長の娘もその仲間たちも、気持ちは同じようだ。しかし訝しむ目を向けるだけで、場所を譲る。


「今度はシスターか。主は女に甘いらしい」


 気が強く最も年上のドロレスは、この場に居ない。その次に年長も他にあったが、ノソンの女たちの意見は、アナが代表者となった。互いに視線を送り合い、少しの会話を経て、この場で決まったことだ。


「ノソンは大勢が殺され、家も焼かれた。エナム軍が補償してくれる可能性は?」

「さて、どうかな。さっきの誓書ではないが、戦時補償の取り決め次第だろう」


 殺されたグラントおじさん、グラントおばさん。出稼ぎの若者。

 生まれてからずっと、数えきれない想い出の詰まった家。ロイとの夢を託した新居。父の遺したガラクタたち。

 ――補償なんて、どうやるの?

 離れた魂を呼び戻し、灰の中から形を取り戻す。仮にそれが可能だとしても、元通りにはならない。

 一度は失われた。そして現実には、二度と還ってこない。全く意識しなかった涙がひと粒、左の頬を濡らした。


「私たちは、父を。夫を。自由を。あなたの命令で失いました。逃れる為にあなたの部下を殺め、遠くこの地までやってきました」

「戦場では使い途のある男だったが、存外につまらん死に方をしたものだ。基礎教練が足らなかったかな」


 アナは主を前に懺悔しているようだった。代わりに返される言葉が、馬鹿にした軽口なのはどういう皮肉か。


「私の友人の多くは、あなたを個人の敵とみなしています。言葉を飾る必要もなく、報復として殺します。私が求めるのは、あなたが自身の罪を知ること」

「これは物騒なシスターだ。今の発言は主の御心に背くのでは?」


 不敵にも鼻で笑うカンザス。それをデニスは、拳銃の先に力をこめて窘めた。硬い骨の部分に当たって軋む音が、離れたメアリの耳にも届く。


「誰が私をシスターと決めたの? 私がそう言った?」


 ふくよかな、張りのある声。平らな草原で歌えば、百マイル先にも届きそうな。

 その音階が一つ下がると、平たい氷上を滑るように聞こえた。紛れもなく、聞き慣れた幼なじみの声なのに。知らない誰かが話しているようだ。


「どうしてあなたが決めるの。私をシスターと。ましてや主の御心を、どうしてあなたが騙るの」


 頭巾が取られ、反対の手で拳銃が握られた。乱れた髪を梳くのに必要だと、勘違いしてしまうほど自然な動作で。


「私が声を聞くのは、愛する人だけ。それは夫と、街の仲間と、ずっと古くからの友」


 撃鉄が起こされる。すうっと長く腕が伸ばされ、僅かな揺れも感じられない。

 引き金に触れた指が、ひくひくと動いた。表に。面に出ない感情が、小さな波に集約されている。

 カンザス大佐も、有無を言わせぬ気配を感じたらしい。視線を外さず、軽口を叩かず、細く息を繰り返す。


「――メアリ。あなたの番」


 沈黙が長く続いた。もしかすると一分もなかったかもしれないが、体感では十分以上もだ。

 アナの拳銃はガンベルトに戻された。そういえば没収されただろうに、いつの間に取り戻したのか。

 メアリの銃は、取り上げた兵士がまだ持っている。手を差し出すと、即座に戻された。


「カンザス大佐。私はあなたに問いたいことがあります」


 アナの高めた緊張のまま、発した声は上ずった。ひとつ咳払いをして問う。

 ずっと考えていた。ここまでやってきた理由。悲しみの原因。それらを知る人に、何を話すべきか。

 たくさんの出来事を。抱えきれない想いを。自分のものだけでないそれらを選り分けていくと、どれも一つの大きな流れに戻っていった。

 だからまず聞くことは、そうと決まった。


「どうしてですか大佐。どうしてユナイトは、こうも戦わなくてはならなかったのですか? 戦争を起こしたのは誰ですか?」

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