Break time

第58話:責任を果たすは誰か

 デニスがエール将軍の死を知ったのは、午後五時ころのことだ。

 知らせたのは連絡役のアナ。その目の前で、手にした水筒を地面へ落とした。


「閣下が? まさか……」

「間違いない。これを使ったらしいわ」


 差し出されたのは、拳銃。女性であるアナの手からはみ出さない、ごく小さな。外見からは、こんな物で人が死ぬのかと侮りたくなる。

 だが事実なのだろう。電信機が壊されたとか、アナの話は詳細でいて辻褄の合わない部分がない。何よりそんな嘘を言う理由がなかった。


「では、予定通りに」


 小さな拳銃を渡したアナは、ショックを受けたデニスに気遣う言葉もなく立ち去ろうとした。

 素よりデニスは加害者で、アナやメアリは被害者だ。どんな些細な配慮も望むべきでない。

 だが咄嗟に、呼び止めてしまった。


「あの――」

「何?」


 ひと言で表すなら、冷たい態度。急ぎ目で話すのがそうだし、選ぶ言葉も最低限で数を揃える。

 しかし人間としてそうでないのは、もう知っていた。早く会話を打ち切ろうと見えるのは、その裏で何かを考えているからだ。

 すぐ目の前のことなのか、先を見通してか。全く関係のないことかもしれないが。


「いや、ええと――そう。それは?」


 呼び止めた理由にデニス自身、心当たりがなかった。気になるステラと最も仲の良い人物だが、それで声をかける機会は今でない。

 だから理由を、即興ででっちあげた。アナの肩に、長く巻いたロープが掛かっていたのだ。


「これは」


 厚く熟したような色味の唇が、答えかけて動きを止める。難解な聖典の言葉は淀みなく紡がれるのに、珍しいこともあるものだ。


「これは?」

「主の御手に繋がるロープよ」

「主の御手に。つまりそれをつかめば、直々に助けてもらえるってことですか」

「そうなるわ」


 なんとありがたい代物か。もちろんそれほど大層な曰くのある品が、ひょいと出てくるはずはない。

 だが全くのごまかしを、僧服を着る彼女が言うとも思えなかった。


「何かお手伝いできることが?」


 メアリ以下、誰かの助けになることだろう。計画にはなかった思い付きで、明言したくない。そんなところと見当をつけ、援助を申し出た。

 けれどアナは、小さく首を振って断る。


「あなたも忙しいはず。設置は終わったの?」

「あ、いえ。運ぶのはやってもらいましたが、設置はまだです」

「なら、それを」


 自分の仕事を先に片付けろと。そう言われてはぐうの音も出ず、頷く。

 後先を考えずにこんなことばかりを言っているから、いつも使い走りにされるのかもしれない。


「ああ、そういえば」


 反省していると今度は、立ち去りかけたアナが振り返って言う。


「口先だけの男を、ステラは嫌うわ。私もだけれど」

「は、え?」


 唐突にどうしたのか。発言の真意は測りかねたが、デニスの胸の奥のほうへ深く刺さる。

 しどろもどろ。返す単語を探すのに辞書を開く間もなく、アナは街の角を折れた。

 ――ステラお嬢さん。だけじゃなく、みんなどうするんだろう。

 誰が死んでもおかしくない、危険なことをやっている。しかしそういうときこそ、完全にうまくいったイメージも重要だ。

 ノソンの女たちは、町へ帰るのだろうか。そうなるとデニス自身は、兄の牧場へ戻るのが順当だ。

 だが法に照らした場合、民間人が軍人を殺したのはどう扱われるのか。前例のなくはないが、専門家でない身に想像はつかない。

 デニスの処遇は、明解だ。

 逃亡兵なのだから、軍法会議にかけられる。メイン側で裁かれるなら、通常の裁判かもしれない。

 どちらにしても、十年前後の労役になる。よほどおかしなことにならなければ、死刑とまではなるまい。

 もしも、そうならない未来があるなら。ステラに決まった相手はなく、どころか特定の相手が居たこともないと聞いた。

 そのときには、近くに居られる方法を考えても良いかもしれない。

 しかし今は、エール将軍の自死が心に重くのしかかる。


◆◇◆


「――あー。市内に潜伏中の、不審者に告げる!」


 音響トランペットによる、警告。

 来た。と、デニスは身構える。起こった事態への現場対応でなく、収拾に向けた行動だから。

 カンザス大佐当人が、指示を出しているはずだ。問題は未だ引き篭もっているのか、現地に居るのかだが。

 発砲音は消えた。つい先ほどまで行動を共にしていた女たちも、倉庫へと移動し始めているはず。


「エール将軍。あなたはこの戦争をどうお考えなのですか」


 アナと話してから後、ずっとそのことばかり考えていた。そして今も、答えに至る方向すら見えない。

 将軍は貧困地域の生まれだが、開戦前の時点で内戦を肯定してはいなかった。

 当初そのことを問題視する政治家や高級軍人も居たが、バート=エイブス将軍が暗殺されると沈静化した。

 敵将が没した事実そのものより、そこまでして勝利を求める姿勢が暗に評価されたのだ。そう、まことしやかに語る者はたしかに居たし、新聞の記事にも見受けられた。

 ――僕は汚点だと思ったけど。

 メインにあるユナイト政府は、内戦前に突然湧いたのでない。対してエナム議会は、たかだか一都市の行政機関だ。それが挙兵し宣戦布告をしたことで、仮に政府の真似事をしている。

 それは良い。議論で収まらず戦争にまで至る問題であれば、綺麗ごとで済まぬこともあるだろう。

 なればこそ、偽物は本物らしくあらねばならない。

 と。

 そう考えたのは、メアリと出逢って以降のことだ。偉そうに主張できたものでなかった。


「でもグラント少佐は、最初から仰っていたんだ」


 メアリが呼ぶところのロイ。彼は強引な手段で将軍に会い、やってはいけないことがあると言った。

 これをエール将軍は、明確に答えぬまま逝ったのだ。何だかそこにある後ろめたさが、自分のもののように思えた。

 カンザス大佐の命令で。直接にはブース少佐の指揮で、ノソンを襲った。現状を言うなら、滅ぼしたとさえ呼べる蛮行だ。

 そのときには、ちょっとおかしいとしか思わなかった。メアリのおかげで、間違いなくおかしいと考えを改められた。

 今はさらに、どうにか償う方法はないかと思う。自分だけでなく、部隊全体の責任を。

 その最上位にある人物が、自分勝手に死ぬなどと。道連れとも違うが、相談できる相手を失った気分だ。

 実際に乗ってもらえはしなかったろうけれど。


「全然足らない。僕が止めなきゃいけないんだ……!」


 頭上高くを、発砲音が響く。部隊に紛れ込む最中、ビル群へ戻っていく一隊とすれ違った。

 もともと賢いほうでない。牧場の下働きの人々と、一緒に汗を流すのが好きだった。

 そんなデニスに思い付く方法は、刺し違えてもカンザス大佐を止める。

 戦争を肯定してさえ必要のなかった、ノソンの悲劇。一身に背負って、デニスは進む。部隊の先頭へと。

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