第57話:万事打ち尽くす

 メアリと共に、ノソンからやってきた女たち。メアリを頼り、協力してくれたマナガンの女たち。

 大勢が居たのに、今やアナだけが傍に立つ。

 点火役を担ったロイは、身を隠しているはずだ。ドロレスの傷は心配だが、命に別状ないと聞いた。市長の娘も含め、他の女たちは自分の役目を果たしている。

 心配なのは、ステラだけだ。


「あとは彼が、うまくやってくれるのを祈るだけだわ――」


 奥の手は、ここまで連れてきてくれたデニス。彼は言った。「何千人も居る連隊員が、お互いの顔を覚えてなんかいませんよ」と。

 そうだろう。三百人を超える程度のノソンでさえ、何年も会わない住人は居た。

 それを利用し、爆発の被害と混乱に紛れ、大佐に近付くという策だ。


「信じると決めたなら。新しい友も、古い友も、平等に信じるべき」


 そう言ったアナの銃は、デニスのと交換されている。連装式は銃騎馬隊の持ち物で、目立ってしまう。


「そんな御言葉があった?」

「今のは私の考えよ」


 初めに電信機。次には畜産倉庫を爆破しての誘い出し。試みた計画が続けて失敗し、後がない。焦る気持ちは否定しようもなかった。

 それが言葉か表情かにでも、表れていただろうか。しかも失敗したからでなく、デニスを信用していないからとアナは言ったのか。

 ――そんなことないわ。なぜここまでしてくれるのか分からないけど、助けてくれるのは事実だもの。


「信じるわ」


 どうであれ、カンザス隊の混乱を増すのがデニスを助けることになる。その為にライフルを構えた。


「ええ。信じる者は救われるの」


 並んでアナも構える。

 あわよくばカンザスを狙いたいところだ。しかし既に、瓦礫へ身を隠してしまった。

 だから狙うのは、灯りを持っている兵士。ランプと命と、二つの火を同時に消せたなら上出来と言える。


「ワン、ツー、スリー!」


 二人が同時にカウントダウンを口にして、同時に撃った。

 次の瞬間に、ランプが二つ消える。持っていた兵士がどうなったかは、暗くなって見えない。


「ここまで乗せてくれて、ありがとう」


 銃火を見られたろうか。被害に騒ぐ声からは、まだ知れない。待っている猶予はなく、裸にした軍馬にお礼を言った。

 無駄に声を出さぬよう、訓練を受けたのが軍馬だ。しかし答えるように、ひと声啼く。

 良心が痛んだ。メアリが戦争に、男たちの行いに振り回されたと言うなら、馬もそうだ。

 しかしまさか、兵士たちも馬を撃ちはすまい。謝罪を叫びながら、思いきり尻を叩く。


「ごめんね!」


 悲しげな嘶きを発して、馬は駆け出した。

 最初は緩く。メアリとアナがその仲間たちを送り出すと、一気に加速する。


「賢い子たち」

「そうね。きっと、分かってやっているわ」


 九頭の軍馬は、均等に間を取って一列に突っ込んでいく。瓦礫をも踏み抜きそうな猛々しい蹄音つまおとが、兵士を一斉に振り向かせた。

 ひと声高く。ずっとメアリの乗ってきた先頭の馬が、雄々しい叫びを上げる。

 それが別れの挨拶に聞こえて、拳を強く握りしめた。


「もう一発だけ」


 軍馬は部隊を切り裂き、奥へ奥へ踏み込んでいく。幸いに銃を向けようとする愚か者は居ないようだ。だが、こちらの居場所は知られた。混乱から立ち直った少数の一団が号令一下、全力で駆けてくる。

 アナは慌てず、七連発の二射目を放つ。過たず先頭の兵士を撃ち抜き、その隊の脚を止めさせた。


「一斉攻撃!」


 ノソンの女たちは一人ずつ、通り沿いに身を隠している。それがメアリのかけ声で姿を見せ、兵士たちに近い順で一発ずつ発砲した。

 怪我人を引き摺っている者は撃たないよう、意思を統一してある。先駆けた隊は半数を失い、もう半数は戦闘を継続できなくなった。


「さあ、これで打つ手は打ち尽くしたわ」

「主のご加護を」


 また後続が走り始めるのを見て、メアリはアナと駆ける。デニスが目的を果たすまで、あとは逃げの一手だ。

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