第56話:計画は二段構え
爆発の炎は、ほとんど消えかかっていた。熱で膨張した空気だけが、瓦礫の隙間から勢いよく逃げ出す。その他に音を立てるものはない。街は破壊に怖れ、縮こまっている。
「あなたが本当にメアリ夫人なのか。私は本来、疑うべきだろう。しかし故郷を離れたここに居ること。私と知って名乗ったこと。その二つから、あなたを本人だと判断する。仮に違っても、極めて親しい人物のはずだ」
「私は間違いなく本人です」
離れて話す二人の声は、かなり大きなものだ。広々とした道を跳ね、住宅地を抜けてビル群へと吸い込まれていく。
「すると次は、なぜのこのこと姿を見せたのか。私があなたを欲していると、知っているはずなのに。それはこの爆発によって、大きな打撃を与えたからだ。夫を盗み出しただけでなく、私に仕返しをしようとしている」
「その通りです、兵士の皆さんに思うところはありません。私が追い出したいのは、あなただけ」
声の響く先が気になってしまう。住宅地を挟んで最も近いビルまでは、二百五十ヤードほど。いくら夜目が利いても、照明のないその辺りを見通すことはできない。
「たしかにすごい。素晴らしい一撃だった。正確な数はまだ分からないが、二個小隊ほども呑み込まれた。ただの一手でこれほどの被害は、あまり経験がない」
わざとらしく、繰り返し頷く首。だらしなく、馬鹿にしたような拍手。向けられた相手はメアリなのか、足元の兵士たちか。定かでないが、終いにカンザスは「ふん」と鼻で笑った。
「だが全く足りない。私の兵が何人居るのか知っているかな。この周囲に配置しただけでも、およそ五百。あなたがたを捕らえるのに、中身は伴わなくとも頭数には十分だ。策略家のメアリ夫人には、増員すべきとアドバイスがおありかな?」
厭味や含みを持たせず喋られないのか。ハロルドを思い出すが、あれは子どもめいた悪口だけだ。
言ってみれば静かな沼にわざと波を立てているようなもので、苛とはするがそれ以上でない。
対面するこの男は、それと似て非なるものだ。沼で喩えるなら、水面からは覗けない水草だろうか。
触れれば気色が悪く、絡まると命にかかわる。
「どうしたね。随分と私の後ろが気になるようだが」
気付かれた。またその動揺を出さぬほど、厚い面の皮に持ち合わせがない。身体もびくりと揺れる。
父も母も。どんなことだって、正直に言えば許してくれた。
「気に病むことはない。いや、あなたが知らせずとも既に存在を知っているという意味だ。ビルの上から遠射をする者が居ることをね」
ステラには、市庁舎から出るカンザスを撃つ役目が与えられていた。しかしこの場に、大佐は現れた。
無理もない。メアリも含めて、女たちは誰もこの顔を知らなかった。軍服でなく階級章もないのだから。
ただ、対峙しているこの状況は分かるはずだ。瓦礫の上に立ち、背後からランプや松明で照らされている大佐。その向こうに居るステラには、絶好の的であるはず。
――捕まった、の?
これを撃たないのは、つまりそういうことだ。
「なかなか腕は良かったよ。何人か隊長職の人員がやられてしまった。その意味では、部下に欲しいくらいだ。だが、要領が良くない。身動きのとれないビルの上で、位置を知らせ続けてはね」
カンザス大佐を仕留める手段は、まだ残っている。けれども最も信頼性の高いのが、ステラの遠射だった。
残る方法は確実性が下がるし、こちらの被害も甚大になる。
――ごめんなさい、ロイ。最後に一緒には居られないかもしれないわ。
歯を食いしばると、目が潤んだ。汗が入ったふりをして拭い、できる限りの力をこめて睨み付ける。
「ポップコーン‼」
ユナイトではほとんど栽培されていない、トウモロコシの品種。果実はとても硬く、熱を加えると弾け、サクサクとした食感になる。
珍しいものが手に入ったと、メアリも一度だけ食べたことがある。
グラントおじさんには悪いが、あまり好みではなかった。
「何?」
戦いの場に、何ら関係のある言葉でない。だがそれが、最終計画を始めるキーワードだ。
カンザス大佐が聞き咎めて、一拍。メアリとのちょうど中間辺りの地面が盛り上がり、破裂する。
「退避! 爆弾、退避!」
一瞬だけの命。真っ赤な大輪の花が咲き、土砂が巻き上げられる。数は三つ。範囲もごく僅かなものだ。
もちろん兵士たちは、どこまで及ぶものか知らない。ましてや数十人以上の仲間が一挙に屠られたのは、つい先ほどのことだ。
慌てて逃げる声が、大佐以下の指示を掻き消している。その混乱をメアリたちが見ることはできなかったが。
「くそ――二度ならず三度まで。お前たち、何をやっているのか!」
収拾がついた後、大佐の見える範囲にメアリは留まっていなかった。爆発は煙幕代わりだったのだ。
ただし悔しがる顔は、よく見える。逃げたのは、たった五十ヤードほど。夜闇のフクロウにはどうということもない距離だ。
そこには騎手も馬具もない馬が待機している。
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