第52話:首魁は未だ見えず

 ノソンの夜と何が異なるのか、ようやく分かった。昼間の騒動で街灯の火付け師が仕事をしていない。石とレンガに鎧われた街も、闇の浸食には無力だ。

 明るさの違いと言えばそれまでだが、少し違う。夜に融けても建物の輪郭ははっきりと四角く、星の数を減らされる。故郷では代わりに木々が遮るのだけれど、つまりはそこだ。

 夜闇の隙間に。壁の向こうに。命の色が薄い。


「もうノソンには帰れないのかしら」


 多くの命が散った。家も焼かれた。兵士らの脅威が失せても、町の人々は帰りたくないかもしれない。

 それにメアリは、ブースを置くとしても他に多くの兵士たちを死なせた。その数はきっと、まだまだ増える。


「どうにかなるよ。そうだったとして、僕だけは傍に居る」


 倉庫地区と住宅地との境。中央通りの細まった先の道で、愛する夫の声が温かい。

 監視しやすい屋根の上に登ることを提案したが、却下したのもロイだ。兵士が分散しても、一人か二人で居るこちらよりは多い。位置を知られたときに逃げ道を失うからと。


「あそこ。兵士が来たわ」

「え、どこだい?」


 デニスの狙わせた砲撃で、倉庫はかなりの数が瓦礫と化している。全く無事な区画もあるが、この通り沿いは見通しがいい。

 百ヤード足らずの先に、銃を持った人影が五つ見えた。指さしているのに、ロイはなかなか兵士の姿を捉えられなかった。

 一分近くも経ってから「もしかして、あれかな?」と見当を付けたのがやっとだ。


「都会の暮らしに慣れ過ぎたみたいだね。夜闇のフクロウとは、まさにだよ」

「大丈夫? 歩くのは平気かしら」

「それくらいは問題ないよ」


 過保護であったらしい。ロイは苦笑して、「でも」とライフルを差し出す。


「身を守るには、先手を取るのが一番だから。これはメアリが使ったほうがいい」


 射程の長いライフルを使えば、人を殺める瞬間を見せることになる。意識したつもりはなかったが、受け取るのには少しの思いきりが要った。

 拳銃を渡すころには、兵士たちは立ち去っていた。同じ相手かは分からないが、概ねその方向で銃声がする。

 アナが連絡役を務めてくれて、今ごろはデニスたちもやってきているはずだ。住宅地に入った兵士たちの背後を取った形になる。

 人数の差が大きすぎて、挟み撃ちとも呼べないが。


「これは役割分担なのよね――」


 兵士を見つけても、メアリは撃たない。まだその時ではないから。

 他の女たちに嫌なことを押し付けているように思えて、気が咎めた。


「そうだよ。敵の動きを見る斥候が好きに撃っていたら、部隊は全滅する。それと同じさ」


 想いを見透かしたように、ロイは教えてくれる。

 捕まっていた彼の体調が動けないほどであったら、ドロレスと組むことになっていた。おどけたように話すその実で、自身の夫や町の人々の件を恨んでいる。おそらく仲間内で、胸に抱えた炎は最も激しい。

 彼女を矢面に立たせたのが、良かったのか悪かったのか。 

 ――みんな、無理をしないで。


「無事で戻るさ。作戦を守る限り、兵士は彼女たちを見付けることもできないよ」


 兵士を発見したら、家屋とその敷地を一つ以上離れて撃つ。そうすれば少なくとも五十ヤードほどを保つことになって、相手は上下左右のどこから撃たれたかも分からない。

 索敵範囲の違いは、たったいま見せつけられたばかりだ。と、ロイは苦い顔をする。裏付けるように、発砲音は一発ずつしか聞こえなかった。


「あとは早く、カンザス大佐が出てきてくれればいいのだけど」


 数人ずつを倒して、全滅まで続けられるはずはない。目的はあくまでも、交渉相手を引き摺りだすことだ。

 まずは大佐当人でなくとも良い。こちらの正体を見極めようとしてさえくれれば。


「――あー。市内に潜伏中の、不審者に告げる!」


 やがて深夜も近くなったころ。誰かの声が夜の空に響いた。とても大きく聞こえるが、揺れながら話しているようで聞き取りづらい。


音響ホーンドトランペットだよ」


 楽器のトランペットと同じように、金属の筒で声を反響させる道具。大きな物だと一マイル先にも聞こえるとロイは言った。

 おそらくだが、住宅地の向こう側からだ。


「こちらは当市街の自警団だ。そちらの目的を明らかにせよ!」

「これがカンザス大佐?」

「いや、たぶん違うよ。伝令かもしれないけど」


 姿も見せずにちまちまと荒し回る。大佐からすると、蚊のように思えるだろう。いつまでも叩き落とせないことに腹を据えかねたようだ。

 それが目当てのメアリからすれば、ようやくかと待ちくたびれた。兵士とかくれんぼをしていた仲間たちとは、比べるべくもないが。


「これでのこのこと誰かが出てくるとでも思っているの?」

「それなら楽だとは思っているだろうね。一応は警告をしておかないと、後々面倒だからさ」


 メアリが姿を見せるのは、まだだ。大佐を確実に誘導できる段階までは、出ていく意味がない。


「市民に告ぐ。これより住宅地の捜索活動を開始する。家屋から出ている者は、容赦なく発砲する。捜索に逆らう者も同じく発砲する!」

「自警団が聞いて呆れるわ」


 少数を分散させることは、手間を増やすだけと気付いたらしい。ここまではなかったことにして、一挙に広範囲を探すつもりだ。


「でもみんな、もう住宅地から出ているはずよ」


 デニスの作戦では、これも予想に含まれている。ここからが兵士の数を減らす本番だ。


「市長のお嬢さんたちに、怪我がないといいけれどね」

「本当にそうね。でもそれも覚悟しているって、言っていたわ」


 待機している畜産倉庫の方向を振り返る。直には見えないが、無事を祈るにはそうしたかった。


「アナ?」


 予定外だ。そこに幼なじみの姿があった。アナは連絡役と、遊撃とを請け負っている。計画では市長の娘の傍に居るタイミングだ。


「メアリ――」


 近付く彼女の頬が、血に汚れていた。

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