7th relate:夜明けは遠し
第51話:夜闇に翼は再び開く
「将軍の命を背負うって、どういう意味かしら」
父に聞かせろと。エール将軍がどういう想いでこの手紙を渡したのか、もう知るすべはない。
けれどもこれまで、状況から察するしか出来なかったことが多く書いてある。言っていた通りに、単なる言いわけなのか。その形を借りて、バートの家族へ真実を伝える為か。
メアリは後者と思う。
過ぎ去ったことは何もかも、いつか記憶の底へ埋もれていく。仕方のないことだが、哀しくもある。その上に誰かのかけた靄があるなど、不愉快極まりない。
将軍はそれを放置したくなかった。失敗はしても必ず取り戻す、卑怯者でなかったのだと信じたかった。
「もう実権がないと書いてあるけど、名目はエナム軍の最高司令官だからね。カンザス大佐の非道を責められたら、否定できない」
「そんなことしないわ」
メアリの目的に、エール将軍への弾劾は含まれない。経緯が明らかになってなお、父について納得もしていないが。それはまた、一つ向こうの通りにある話だ。
それよりも仲間たちの意趣返しを。この町の女たちの手伝いを。
「分かってるよ、僕はね。でも法の立場から見たとき、ノソンを出てからの行動は全て罪に問われることなんだ。そこに将軍は、個人の引け目を持ち出せない」
「そうなるのね――じゃあエール将軍は、私たちを捕まえるしかないわ」
あるいは、どさくさで殺すかだ。
そんな立場にある相手ならば、こちらも応じる他ない。即ち今までと同じく、無法の手段として倒すことになる。
だがそれでは、ブースやカンザスと同じになってしまう。彼らは道義的に、それが誤りというなら心情的に、恨みを晴らされて当然だ。しかし将軍は違う。
「だから自分で?」
「分からない。そうかもしれないし、他の理由かも。想像だけで、どれか一つを選べないよ」
「ええ、そうね……」
死なせるつもりでない命を追い込んだ。自分たちの行いは間違っていたのかと、瞬間に思う。
――違うわ。ここまで来なきゃ、叶わなかったことばかりよ。
再びロイに会えたこと。市長の娘を手助けすること。それこそ将軍ではないが、言いわけはある。
「まったく。悪い奴ばかり助けて、法律ってのは厄介なもんだよ」
ずっと相づちをしてくれたドロレスが言い捨てる。投げやりな風でその実、メアリの言い分に間違いはないと。
ひねくれた彼女に、何と言えば礼になるだろう。考えて、返答が遅れたそのとき。倉庫の裏口を誰かが叩く音が聞こえた。
「誰?」
「何もなければ、誰も来る予定はないわ」
市長の娘にも、だいたいのことは聞かせてある。しかしほんの数回とはいえ、メアリたちは実戦を経験した。それに比べて弱気が勝つのは致し方ない。
身を寄せるマナガンの女たちに、静かにするよう身振りで示す。その間にもドロレスが裏口のすぐ傍へ向かった。
軽く一度だけ、扉を叩く。
「叩けよ、されば開かれん」
よく知っている、ふくよかな声。なるべく音を立てぬよう扉が開かれると、僧服の女が入ってくる。
「何かあったのね?」
「住宅地を兵士が回ってる。一軒ずつ調べているわ」
歩く間にも問うと、アナはメアリの隣に座って答えた。武器を準備したり、不審な者を匿っていないか探していると。
「どうするの?」
市長の娘は自身を慕う女たちに目配せをして、問うた。引きつったような仕草で唾を飲み込んだのは、武者震いに類するのか。現に住む者とそうでない者では、聞こえ方も違ったろうに。
メアリは胸の内を案ずる。が、起きた事態には対処せねばならない。
「狙い通りよ、これを待っていたの。今なら兵士たちは、町中に散らばっているわ。少ない人数で居るのを、かっこ――?」
「各個撃破かな」
「そう、それよ。ありがとうロイ」
デニスの使った言葉をそのまま言おうとしたが、うまく思い出せなかった。慣れないことはするものでない。
警報のサイレンを誰が鳴らしたのか。攻め込んでくるはずの相手はいつまで経っても姿を見せない。きっとエール将軍の遺体も発見されているだろう。そうなれば壊された電信機も。
そんな状況に、普通は反乱分子を疑うはずだ。人数や意図をたしかめねば、思わぬところで足を掬われてしまう。
「見事な作戦だね。よく思い付いたよ」
「みんなで考えたの。でも基本的なところは全部、デニスという兵士さんよ」
「デニス?」
発案者の名を聞いて、ロイは怪訝に眉を寄せた。聞き覚えでもあったのか、しかしすぐに「そうなんだね」と流す。
「助けてもらったのなら、僕も話してお礼を言いたいよ」
「そうね。うまくいったら、いくらでも話せるわ。でも今は、私たちの時間が終わらないうちに動かなきゃ」
また、分からないと首が捻られる。だからメアリは、自分たちに付けられた二つ名を口にした。
「私たちは、夜闇のフクロウなの」
闇に紛れて動く限り、兵士にも負けないと。自身に言い聞かせる為に。
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