第49話:為すべきこと
「最後の最後まで、何てことをしてくれるんですエール将軍!」
ロイの怒りは、将軍の自死に向けてでない。
それには胸へ手を当て、安息を祈りさえしたのだ。そうして夫は、そもそもの電信機に触れる。隣へメアリが並ぶや否やのことだった。
「どうしたと言うの、ロイ」
ロイの拳が平台から僅か持ち上げられ、天板を打つ。そこにあった細かな何やらが転がって、床へ落ちた。まだ残っている物を見ると、機械の部品だろうか。比較的に大きな棒状の物も、折れた断面を見せている。
「メアリ――この電信機は、もう使えない」
「壊れてしまったの!?」
「壊された、だよ」
ほんの数十秒前とは明らかに違う意味の、悲しげな視線。それをロイは、自らも嫌ったに違いない。眉間や額の辺りを揉みしだき、胸の中身を一気に吐き出した。
「よし、切り替えよう。僕にこれは直せない。つまりこの作戦は、失敗ってことだ。そのときの対応はあるのかい?」
喩えでなく、市長の娘は頭を抱える。何てこと。と騒ぎ立てたいだろうに、それはしない。
メアリは横目に、慰める手段を持たなかった。ロイの言う通り、次にどうするのか考えるだけだ。より危険な手段になるが、悩みはしない。
「カンザス大佐を倒すの」
ノソンのときと同じだ。兵士は大勢でも、先の展望を持ち、実行手段を知っているのはたった一人だけ。指揮官が居なくなれば、兵士たちの目的が消滅する。
「それはそうだよ、だからここへ来たんじゃないか。大佐を建物の外へ出さなきゃ、倒しようがないんだ」
当初の計画は、まずロイを救出すること。次に電信室から兵士を離し、救援を頼むこと。近隣のメイン軍が部隊を差し向ければ、大佐も引き篭ってはいられない。外に出たところを撃つというものだ。
もちろん建物内へ侵入し、密かにという案もあった。けれどもそれには、いわゆる暗殺者の技術が必要となる。しかも実行した者は、成否に関わらず生きて帰れない。
危険を承知していても、最初から仲間を犠牲にしようと言い出す者は居なかった。
「ごめんなさい、失敗してしまったの。でも次はうまく行くから、あなたも仲間のところへ来てくれる?」
ここで問答をしていては危険だと、ロイへの返事は保留した。
だが少なくとも、放ったらかしで逃げるのではない。あくまでも立て直す為に、仲間と合流する。
そう告げると市長の娘は、悩ましく表情を歪めながらも頷いた。
◇◆◇
市庁舎から出て、予め決めていた隠れ場所へ。街の東。畜産倉庫に近い、市の建物だ。
市長の娘から、用途は備品倉庫と聞いた。しかし実際にあるのは、錆び付いた銃や農具ばかり。
いつかもっとこの町が大きくなったとき、博物館のような場所へ展示するらしい。
それならきちんと手入れをしておけばいいのに。とも思うが、見慣れた道具の姿には何だかほっとした。
その時点で、時刻は午後四時を過ぎていただろう。予定の人数が集まったのは、さらに二時間ほども経ってからだ。
「ええ、そうよ。だからメイン軍の代わりに、大佐を釣る餌が要るでしょう?」
急な思い付きではない。電信機が存在しなかった場合は、そうすると決めていた計画だ。それに必要な人員も、市長の娘が有志を募っている。
「餌って、まさか――ダメだメアリ! 君が一人で捕まろうとでも言う気か? そんなことを僕が黙ってやらせるとでも思っているのか!」
この場にステラとアナは居ない。ランプが照らす顔ぶれでノソンから同行したのは、ドロレスの他に二人だけ。
幼なじみたちも、メアリが囮になるのを反対していた。しかしこれ以外に、良い方法など思い付かなかった。
ならばと当てつけのように、危険な役目を買って出た。ステラは未だ中心部へ潜んでいるし、アナは独自に隠れ場所を確保したはずだ。
「ロイ、ごめんなさい。でももうそのつもりで、みんな動いているわ。私の都合でやめることは出来ないの」
そんなことをすれば、ステラとアナ。それに町の西で待機しているデニスと女たちも、退路を失ってしまう。
新たに集められた女たちは、黙って議論を見つめた。その数は十人。自分たちの為にメアリが危険を冒すのは当然、などと言い張る者は居ないようだ。
「それは――いや、でも。ううん、何て作戦を考えてくれたんだ!」
大筋を考えたのはデニスだが、誰も調整の意見を出した。納得尽くかと問われれば自信がない。
――でもロイとこの町を救う為に、みんなで考えたのよ。
どうしてもダメだと、ロイが言ったら。という想定がなかったのは、失敗だったのか。そう思いかけて、否定する。
きっとロイになら、伝わるはずだ。
「メアリ。君がそこまで想うのには、理由があるね? どうしてもと言うなら、僕を納得させてほしい」
集まってくれたこの町の女たちには関係のない、ノソンでのこと。マナガンに至るまでの道中。市長の娘と話したこと。
どこまでを話せば伝わるのか、全て話したところで伝わらないのか。分からぬまま、メアリは語った。
感情を挟まぬように、起こったことだけを。感じた気持ちを、ただ文章を読み聞かすように。
「ここで見てみぬふりをすれば、私がここへ来た意味はなくなってしまうの。姉さんも母さんも、どうして引き止めなかったのか。分からないままになってしまうわ」
英雄の娘として恥ずかしくないようにする。とは、メアリが自分から言った。
無理や無謀をするのがそうと思わないが、どうすれば正しいのかも見えない。母も言っていた。自分がどうしたいのか、自分の目で見て、自分で考えよと。
「私はどうするべきか、きっとそこに答えがあるのよ」
分からないから、やってみる。言っているのは、結局のところそうだ。
土台、メアリに人を説得する話術などない。自分自身が分かっていないものを、納得させられるはずがない。
しかし、ロイは笑った。
「まいったなあ」
「ロイ?」
「どういうことだかは、さっぱり分からないけれどね。君にとって大切なのは分かったよ。無理にやめさせたら、きっとメアリは一生を思い悩む。僕はそんなのを見て暮らしたくはない。惚れた弱みって、こういうことを言うんだね」
優しい夫の、柔らかな笑顔。緊張のさなかで、それはとびきりだったと思う。
それが逆にメアリの胸を締め付けた。すぐに固く引き締まった口許から続けられた言葉も。
「分かったよメアリ、僕も一緒に行く。君にもしものことがあれば、僕が盾になる。その弾が君をも貫いたとして、先に死ぬのは僕だ。それだけは譲らない」
「……分かったわ」
そんな順番に何の意味もありはしない。しかしメアリには分かる。生真面目なロイの覚悟は、尋常でないことが。
「ええと、計画は実行ってことでいいんだね?」
突然に二人の言葉が尽きて、集まる女たちのほうが戸惑っていた。それをドロレスが汲み取り、全体の話へと戻す。
「ところでそのエール将軍の手紙には、何が書いてあったんだい?」
「あ、いえ。まだ読んでいないわ。父当てと聞いていたし」
誰に向けられたかはともかく、読む余裕などなかった。忘れていたと言われても、否定はできない。
ともあれわけの分からないまま死んだ、将軍の遺志が書かれたものだ。勧めに従って、メアリは封筒を取り出してみる。
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