第47話:待ち受ける者

 やがて砲撃は止み。ドロレスの向かった西から、断続的に銃声が響き始めた。兵士を傷付けるのでなく、中心部から引き離す為に。

 だから最大限に距離を取って、姿を見せぬようにする手筈だ。二人ひと組がふた手に分かれ、一方が追いつかれそうになればもう一方が誘い込む。


「人数を知られたら……」


 一発か二発に対し、十発以上も返される。人数も含めた正体を悟られれば、ひと息に潰されるだろう。そう思うと無事を祈る気持ちさえ、すぐに後ろを向きそうになる。


「大丈夫だよ。現に作戦は、うまくいっているしね」


 ロイの言葉に保証はなく、優しさだけで言っている。だが言う通り、始めた以上はうまくいかせ続けるしかないのだ。

 慌てふためく市民。急いてはいても規律を保った兵士。中央通りには二種類の流れが混じり合い、嵐の直後に山の沢を覗いたよう。

 これは紛れもなく、ドロレスたちの作り出した光景だ。

 メアリたちは、その只中を進む。数歩を行く都度、誰かとお見合いになって足を止めねばならない。それが兵士であれば、肝を冷やす羽目になる。市庁舎までのおよそ二百ヤードが、遠く大洋の果てにさえ思えた。

 隠れ潜んでいた兵士たちは、市民と変わらぬ格好をしている。異なるのは、手に銃を持つか否か。屋上からは判別も容易だったが、目線を同じくすると直近まで分からない。

 ロイとメアリの持つ銃に、いつ勘付かれるか。ロイの顔を覚えている者に会わないか。気が気でなかった。


「それが役に立っているみたいで、良かったわ」


 銃を剥き出しのまま運べると考えるほど、メアリは楽観主義者でない。市長の娘に、大きな袋を持ってくるよう頼んでいた。


「どうなんだろう? 僕が持つと、目立っている気もするよ」


 急拵えしたのだろう。生地を二つ折りに縫って、手提げを付けただけの袋。色とりどりの花柄で、ロイが持つ姿は可愛らしい。

 衣服や丸めた紙の筒なども入っているのは、彼女の機転だ。これならば家族に荷物を持たされた、弱い父親に見える。


「平気よ。優しい夫って感じが、とてもするわ」

「それならいいんだけど」


 そう言いながら、ロイの視線はやはり周囲を気にしていた。もちろん所在を知られては困る身であって、どちらの意味かは聞かなかった。


「ようやくだわ」

「地下へ降りるのは裏よ」


 市庁舎を目前にして、兵士の姿が途切れた。市民は未だ右往左往しているけれども、見える数は確実に減っている。

 地図を片手に、市長の娘は走る。目立つからゆっくりと言っても、すぐに走り出してしまう。

 幸いと言うべきか洒落た街着のせいで、メアリには小走り程度であったが。


「早く見つけ出せ!」


 裏へ回る、建物の角。その向こうから、厳しい語気が耳に届いた。

 メアリとロイと、市長の娘。三人が三人とも、柱の陰へ互いを押し込む。このタイミングで見つけ出せとは、こちらの存在が露見したと感じたのだ。

 見つかれば、言い逃れできるだろうか。先手を取って、撃つしかないのか。

 バッグの拳銃に触れ、考える。考えたところで、なるようにしかならない。それでも考えずにはいられなかった。

 ――私は人を傷付けたいわけじゃない。

 もう普通の一生分ほども、覚悟を重ねたろう。しかし永遠に慣れないと思う。これに何も感じない人間は、間違いなくどこかがおかしい。


「行ったみたい」


 兵士の声が遠ざかったのはメアリにも分かる。市長の娘は大胆にも、角から乗り出して見届けた。

 確認が早いのは助かるが、思わぬ怪我の元となりかねない。さすが初対面で、助けを求めてくるだけはある。

 けれどもここまで来て、言っている猶予もない。ともかく地下室へ降りられるという裏口へ回った。


「カンザス大佐が勘付いたのかな」


 頑丈そうな鉄扉を前に、市長の娘は鍵を探した。鍵束には大小多くの鍵が連なる。用途が書いてあるでなく、鍵穴の大きさからどの鍵かを推測するしかない。

 町を占拠するカンザス連隊の長がここに居るとは、ロイが見抜いた。任務に動く部隊と連絡を取る為の、伝令が多く出入りしていたから。

 四階建ての上に装飾の塔がある市庁舎は、この街で最も高い。が、そこから眺めたと言うのでもあるまい。

 サイレンを市長の娘が鳴らし、盗まれた砲が撃ち込まれた。その間にロイが救出され、それらは十人に満たない田舎者たちの仕業と。看破される理由が見当たらなかった。


「いや、違うと思うけどね。その可能性も考えなきゃってことさ」

「そうね。用心はすべきだわ」


 思えば電信室へ通じるここに、見張りが居ない。これもおかしな話だ。

 カンザス隊は軍と関係なく、独自に動いている。だから連絡をつけたい相手は居ない。少なくとも、ここから電信の通じる中には。

 しかしこうやって、助けを求めようとする者は他にも居たはずだ。


「もっと重要な何かが起きた、とか」

「重要なって?」

「想像もつかないね」


 お手上げとロイが示したところで、重々しい響きと共に錠が開いた。

 急いで扉を開けようとする市長の娘。その手をそっと覆い、慎重にいきましょうと囁く。

 緊張に上ずった呼吸では、説得力に欠けたかもしれない。ともあれ軋んで開いた扉から階段を下り、意外と広い通路を進んだ。夜のように暗いが、入り口にランプがいくつも用意してあった。

 敷かれた石の温度なのか、ひやりとする。並ぶ部屋のほとんどは、倉庫や機械室などらしい。

 迷路とまではいかないが、ベンの地図がなければ捜索にかなりの時間を費やしたろう。奥まったところに中央制御室と示された部屋があって、その中にまた扉があった。


「倉庫と書いてあるけど、ここみたいね」

「地図ではそうなっているわ」


 意見が一致して錠が開けられる。古そうな扉だが、これは動かしてもほとんど軋まない。

 中はおよそ十五フィート四方。頑丈そうな平台が壁際にあって、何やら見たことのない機械が載っている。きっと電信機に違いない。

 この部屋にある物品は、それだけだ。

 ただしもう一つ。一人の人間も、そこに居た。電信機を背に、悠然と椅子へ腰掛けている。


「待っていたよ」

「あなたは……」


 どうやらロイは、何者かを知っているようだ。驚きに、次の言葉が出てこない。

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