第46話:要所は二つ
扉を開けたのは、メアリと同年くらいの若い女。街歩きの姿だろう、飾り石やフリルの華やかな服。ノソンの女でないのは、ひと目で分かる。
身構えるロイに「大丈夫よ」と。あれは市長の娘だ。彼女は周囲のビルからの目を気にしつつ、素早く走り寄った。
「外でお会いするのは初めてですね」
「君たちには、随分とお世話になったよ」
食事の運搬役と、虜囚の身。奇縁ではあったが、知らぬ間でない。二人の声に、まだ探るような部分があるのは無理からぬことだ。
「いつでも入れるわ」
話の方向と口調が切り替えられた。無理な頼みごとを果たしてくれたらしい。
「ありがとう。あなたの言った通り、やはり市庁舎の地下みたい」
「市庁舎の地下? そんなところへ、どうやって」
ベンの描いた地図を渡すと、市長の娘は視線をさっと動かす。
この町で最も重要な公的拠点へ、いつでも入れるなどと。どうしたらそんなことが可能なのか、ロイが疑問を呈するのと「うん、これなら行けそう」と呟くのは同時だった。
「私は市長の娘。二番目だけど、父の貴重品の在り処くらいは知っているわ」
「つまり、勝手に?」
外部と通信のできる電信室がこの町にあることは、一般に知らされていない。だが彼女は、父の言動から存在を感じたそうだ。
けれども見付けたとて電信機の操作を知らず、外部への助けを乞えない。それ以前に、兵士たちが見張っている予想ももちろんだった。
「頼りになるね、メアリと気が合いそうだ。名を聞いても?」
言う者が違えば、悪口以外に聞こえない。しかしロイの声には、失笑と温かみが絶妙にブレンドされていた。
初対面で男性から名を聞くなどと、不躾な振る舞いもジョークで流される雰囲気がある。
だが彼女は、首を横に振った。
「市長の娘と言ったのは、不審を払うのに必要と思ったから。私はたまたまマナガンに住む、一人の女。名前なんて必要ないわ」
昨日、メアリが言われたのと同じような言葉。責任や罪を問われるなら逃げ隠れしないが、縁を残したり持て囃されるのはごめんだと。
もしもメアリが強力な部隊でも引き連れて、ただ助けると言ったなら。こんなことを言わなかったろう。
ロイを救い出し、カンザス隊を追い出す。二つの目的を叶えるには、協力が必要と頼んだが故だ。
「理解したよ。もしも呼ぶときは、お嬢さんと。その非礼は許してほしい」
呼び方は好きにすればいい。答える彼女に遅れること数分、先の扉からドロレスが姿を見せた。
「その子かい? やけにひらひらした服だけど、平気なのかね」
開口一番。なぜそんなことを言うのか、冷や汗をかいた。
大人の女という風であり、可愛らしくもあり。ただ混乱の中で動きにくいかもと、メアリも思いはしたが。わざわざ口に出す必要はない。
「いけなかったかしら」
市長の娘は、ただでさえ張り詰めた声を固くする。反面に顔からは表情が消えた。
睨みつけたりしないのは、普段の仕事で身に着けたスキルであろう。今は変化を見ていたから分かるが、最初からであれば何も読み取れまい。
一瞬で高まった緊張を、ドロレスは笑い飛ばす。端から覗けばすぐ下を兵士が走り回るこの屋上で、遠慮のない声だ。
「何もいけなかないさ。あんまり綺麗な服だから、汚しちまわないかってね。あたしのなんかほら、この通りだよ」
ロイが居るというのにドロレスは、スカートの前を持ち上げる。継ぎ接ぎした部分を見せる為だ。
賢明な夫は別の方向に気を取られ、市長の娘は「まあ」と心から驚いた声を上げる。
「畑仕事に使うから、こんなもんさ。だからって他にいい服もありゃしないけどね。終わった後のパーティーに、貸してもらえると嬉しいよ」
言っては悪いがドロレスは、ふくよかな部分が多い。市長の娘も、何を言いだすのかと戸惑う。が「袖が通るかねえ」と二の腕に触れての駄目押しに、吹き出してしまう。
「やっと笑ったね。あんたも色々あるんだろうけどさ、可愛い顔が台無しだよ」
力みすぎだと言いたかったらしい。ようやく意図が汲み取れて、失笑が苦笑に替わった。
田舎と町の女で、感覚が違うのだろうか。「やれやれ」とでも言いたげに見える。メアリなどは温かみさえ覚えたのだが。
「――まあ。あなたに似合うのがあるか、探しておくわ」
「助かるよ」
二人は肩を竦め、ジョークの時間は終わりと確認しあった。ドロレスの声が今さらに潜められ、「それで?」と問う。
「電信室は市庁舎の地下にあると分かったの」
「オーライ。じゃあ西に引き付ければいいね」
電信室へ行くことが、作戦の大きなポイントの一つだ。その所在によっては意識を向けさせる方向を、西か北か選ぶ必要があった。
結果は予想した通りだったので、現時点でデニスたちの居る西方向へ人数を傾けてくれればありがたい。
その囮役であるドロレスは、同じ役目の女たちの下へ戻っていった。
「さて。知らなきゃいけないことは、もう一つね」
「いや、もう分かったよ」
作戦を成功させる為、絶対に必要な情報のもう一方。これはまだ伝えていなかったはずだが、ロイは分かったと言う。
「部隊の動きを見ていたからね」
「どこ?」
兵士たちがどう動くのか、メアリも見ていたつもりだ。けれども参謀として出世した夫は、やはり伊達でない。
ロイの指が、電信室と同じ方向をさす。
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