Break time
第42話:決死の竜騎兵
エール将軍の撤退を援護しつつ、高い自由度を持って敵部隊を食い止める。デニスの属する銃騎馬隊に課せられた任務は、平たく言えば何もかもに対処せよということだ。
しかも撤退する方向には、味方の拠点や陣地などない。そう思うと、すぐそこにある将軍直属の部隊は偽物で、盛大な囮任務と知れた。
しかしそれも立派な作戦ではあるだろう。デニスが戸惑うのは、別のことだ。
追い縋るのは、ロイ=グラント少佐率いる竜騎兵が一個中隊。こちらと同じく、精鋭の銃騎馬隊だ。
それがどうして、こうもあからさまな囮に引っ掛かるのか。
「一斉射!」
力んだ命令が、こちらまで届く。振り返ると、まだ百ヤード余りある。歩兵の静止射撃ならともかく、馬上射撃が有効な打撃となるはずもない。
けれども指揮はされたのだ。おそらく小隊ごとに、連装銃の弾丸が突き抜けていく。気のせいかもしれないが、単発のライフルよりも連装銃のほうが高音に聞こえた。弾丸の大きさが異なるのだから、実際にそうなのだろう。
やはり被害は、運の悪い数人が倒れただけだ。追っ手はこちらを逃がすまいと、単独で突出している。ブース大隊長はそう判断を下した。
「転回追尾!」
主部隊の防御は別の隊に任せ、速度を増して回り込み、相手の側面から後方につけ。
その指示を、部隊は速やかに実行へ移す。あちらに後詰めがあれば難しいが、やはり大隊の残りは着いてきていない。
そうしていとも簡単に、後背をとった。いかに追う状況でも、挟まれたことに変わりはない。普通はそうなるのを嫌い、なってしまえば最優先で離脱する。
だがロイ少佐の隊は、前進をやめない。
――まさか少佐は、自殺をしに来たのか?
だとすれば、部隊が揃っているはずもない。けれどそれ以外に、この行動の意図が想像できなかった。
「自由射撃! 敵戦力を削り尽くせ!」
ブース大隊長の命令は、効率よりも心理的な圧力を重視したものだ。素早く戦力を減らすなら、位置を指定して集中的に撃ったほうが良い。
横方向に広がる同僚と共に、デニスも撃つ。初撃でまず一人。手元のレバーを引いて次弾を装填、それは外れる。
三発目は、撃てなかった。彼我の距離が、離れてしまったのだ。
馬の種類に差異はなく、装備品も似たようなもの。技量は個人差に過ぎず、それでどうして置いていかれるのか。
こちらが射撃をしながらで、あちらは駆けるのに専念しているからではある。
もう一つ。エナム軍は敗北を重ね、落ち延びた先でまた敗北という部隊が多い。ブース隊も被害こそ少ないものの、勝利から離れて久しい。
対してメイン軍は、各地で勝利を重ねて人員に余裕がある。近くで戦闘があったとて、必ずしも参戦するとは限らない。
要するに、疲労度の差だ。自分の脚ならばまだしも、ブース大隊長は馬の疲労度を甘く見積っていた。
最も速いこの隊が、わざわざ後ろへ回って置き去りを喰うとは。明らかな失策と言える。
「撃ち方やめ! 敵の頭を押さえる。逃亡を許すな!」
ものは言いよう。全力で将軍直属の隊へ迫る竜騎兵を、ブースは自身の隊から逃げていると評価した。
是非はともかく、やるべきこととしては正しい。ブース大隊は全力で追った。
◆◇◆
メイン軍に数ある竜騎兵隊の中で、ロイ=グラント隊は無名と言って良かった。
だがこれからは。過去形でしか語られないとしても、屈強な隊と呼ばれることだろう。
彼と。共に戦った、一個中隊およそ百人。ようやく戦闘力を失わせたときには、追われたカンザス連隊三千人がおよそ半数となった。
もちろんどさくさで行方をくらました者も居ようが、それも彼らの戦果と言って間違いない。
なにより捕縛されたとはいえ。大隊長のグラント少佐は、目的を果たしたのだ。
「なぜ、このように無茶な追撃を?」
「あなたに会う為です。あなたは、決してやってはいけないことをした。それを僕は、この口で言わねばならなかった。バートの娘の、夫として!」
馬を失い、落馬による打撲を負っていた。武器も半ばで折れたサーベルひとつ。何度となく地面に転がされて、なお彼は噛みついた。
エール将軍に会い、糾弾する為だけに。ロイ少佐は、こんな無理を通したのだ。
暗殺されたバート=エイブス将軍と、エール将軍とは友人だったらしい。それなのにどうして、と。
「なぜ、儂が居ると分かった。明らかに囮としか見えなんだはずだが」
「僕は知っている。北西戦線では、ずっとあなたの隊だったんですよ、エール=エドモンズ准将」
バートと比べれば、さほどの知名度はなかったエール将軍。かといって当時の階級を口にしても、何を証明するものでない。
「周りの人たちが何を大切にするのか。どういう心理で動くのか。僕は常に観察してきた。だからあなたが、いよいよとなればこちらへやってくると分かりました」
「そうか……たしかにこの先へ行けば、儂の故郷がある。そんなことを覚えてくれる者が他に居るなど、もっと早く知れればのう」
多くの意味を孕む、とも思える将軍の返答。遂にその正確な意味が語られることはなかった。
カンザス連隊は、エール将軍を隠しての逃走を成し遂げた。
人口の多いマナガンに、一兵卒に至るまで散らばってしまっては、探し出すのは到底不可能だ。
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