第41話:臆病者の勇気

「奪い返すのさ。それ以外に、何か方法があるのかい?」


 商工会議所から戻ってすぐ、待ちかねていた仲間に話した。ロイと出会えたこと。その様子。ベンとの対話。市長の娘や、職員たちの疲れた姿。

 直ちに勇ましい答えを返したのはドロレスだ。女たちの全員が即座に頷き、メアリは何と言えば良いか言葉に詰まった。

 またこの全員が集まれる保証などない。むしろ、そうならない可能性が高いだろう。誰も分かっているはずなのに。

 そのうえにメアリは、無謀と分かっている頼みをしなければならなかった。けれどもそれを、諦める選択肢はない。


「もう一つ、やらなきゃいけないことがあるの」

「何をするの」


 ロイと会い、連れ帰ることだけがメアリの目的だった。その寸前で、どうしたら増えようというのか。短く問うアナの視線が鋭い。


「ロイを助けるだけじゃなく、兵士たちを退治することはできないかしら」

「無理。無駄な危険が多すぎる」


 何を言いだすか予知したように、アナは即座の却下を告げた。

 当然だ。数千も居るという兵士を薙ぎ倒すより、密かに連れ出すほうが容易に決まっている。それでさえ比較の話で、実際は簡単などで到底ない。


「私。軍人になったロイを待つうち、とても臆病になってしまった。彼と会える機会に憎まれ口をききたくなかったし。彼を送り出すたびに、これが最後かもしれないって覚悟していたから」


 良い子にしていれば、聖人が祝福をくれるという逸話もある。子ども向けのお話に縋るわけでないが、神さまに祈るうち自然とそうなった。


「でもそんな私を、あなたたちが連れ出してくれたの。そうでなかったら、ずっと泣いていたと思う。会いたい、誰かどうにかしてって、ただ泣き続けるだけだったわ」


 姉とアナが、束縛から逃れる勇気の在り処を教えてくれた。

 父の遺したその場所へ、母が行けと言ってくれた。

 それでも躊躇う気持ちを、ステラが強引に引っ張ってくれた。

 誰もが初めてで、見たことのない場所へ。ドロレスやみんなが、共に歩いてくれた。

 人を想い、助けたい気持ちは際限なく強いのだと。教えてくれたのはブレンダだった。


「この町の女性たちは、戦っているの。どこの誰とでもなく、強く生きられるように。でも今それは、力尽くで冒涜されているわ」


 市長の娘は助けを求めた。言葉にできないながら、たしかに言った。そこにはきっと、ベンの語らなかった何かがあるのだ。

 それに彼女たちの戦う見えない力でなく、全く関係のない自分たちの都合で訪れた無法者。男たちの傍観するそれを、同じ女である自分らが追い払ったなら。


「私たちには無駄でも、あの人たちには強い武器になると思うの。こんな物を持つのは、私たちだけで十分よ」


 商工会議所へ持ち込んだ、大ぶりのバッグ。その底から、拳銃を取り出して示す。


「無駄よ。それがロイを救うのと、天秤にかかったらどうするの。どちらか捨てるなら、最初からしないほうがいい」


 それこそ無駄だと。ロイを助けることもやめて、立ち去るべきだ。アナは冷えた銃身と同じ温度、同じ硬さで言う。

 しかし既に、メアリという火薬は点火している。発砲と同じ速さ、同じ熱さで答えた。


「選ばない。あの悪党たちを倒し、女性たちを救って、ロイと一緒に帰るの」

「あたしたちの目的は、それ以上でもそれ以下でもない。のね?」


 ステラは肩をすくめ、どうしようもないと諦めた風に言った。だが勘違いでなければ、呆れた表情の中に笑みが混じる。

 じっと。口を結んでいたアナもやがて頷き、ため息を長く吐く。


「求めよ、されば与えられん。探せよ、されば見出さん。叩けよ、されば開かれん」


 否も応も、最後まで言わなかった。けれども口にした言葉を、メアリは「やるだけやってみよう」と受け取った。


「ところであんた。マナガンの人口が増えない理由って?」


 他にいくつか話した後、ぽつりとステラが問う。相手となったデニスは、北西戦線のせいだと答える。


「本来ここは鉱山都市とも近く、南の工業製品と北の農産物が交差する拠点になる位置です。でも悪いことに、北西戦線の原因を作った集落もすぐ先にあるんです」


 何の話かと思えば。ベンが一瞬、言いかけていた。この町は長く堪えてきたと。

 カンザス連隊の横暴だけでなく、北西戦線も無関係でない。ならばその期間は、十年以上に及ぶ。よそ者であるベンが口にする辺り、彼もやはり誠実な人間なのだろう。

 しかしこの話を、弟のデニスは意外な方向に動かす。


「なるほど……可憐なステラお嬢さん。それは使える話ですよ」

「な、何のこと?」


 ステラだけでなく、デニス以外の誰もが戸惑った。だが話を聞くうち、全員が納得をする。


「その作戦で行きましょう」


 一同は必要な情報を仕入れ、地理を知る為に街中へと散らばった。


◇◆◇


 桎梏しっこくの街マナガンにも、夜が落ちてくる。中央通りとそれを横切る二本の大きな通りに、火が灯っていった。

 街灯としてはるか頭上に備えられたランプを、火付け師は器用に磨く。一つにつき一分ほどの妙技を眺めつつ、メアリは仲間の待つ倉庫へ足を急がせる。

 軒並みの商店や事務所が閉じて、まだいかほども過ぎていない。だのに人通りは、数えるほどもなかった。


「誰の為の明かりなのかしらね」


 どこに向けてか吐き捨てたステラの言葉が、この町の今を表している。


「彼は言いました。光を求めよ、されば行く先と歩む道が知れるだろう。闇に沈み、求める勇気を忘るることこそ、滅びと呼ぶのだ」


 二歩を遅れた後ろで、聖典の言葉が呟かれる。仲間と決めた道を、アナの声がありありと浮かび上がらせた。

 ビル群を抜け、住宅地へと入る境に差しかかる。メアリはその角へ佇む老人に、何やら見覚えがあるように思う。


「どうしたの?」

「ん。あのおじいさん、どこかで見たような気がして」

「気のせいでしょう? メアリの知っている人なら、あたしも知っているはずだわ」


 そうだ。既視感のような、何となくそんな気がするだけ。いくら記憶を掘り起こしても、やはり見たことのない人物だ。

 通り過ぎざま、目が合う。しかし老人も、特段の反応を見せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る