第29話:闇の狩人
「提案があります」
朝食は逃亡兵の持っていた、干し肉を煮たスープ。他に弾薬や、血止めの薬なども失敬した。殺した相手の物を奪うとは、暴漢はどちらかとなるけれども。綺麗事を言ってはいられない。
仲良く団欒、とはいかないが。火を囲い半円に並んで食べる。
「何よ。早く言いなさいな」
反応を待っていたデニスに、ステラは冷たく言った。たしかに提案が何か分からぬのに、他にできる返答も多くはない。
「いや、あの。すみません。ちょっと思ったんですが。もしかすると皆さん、銃の扱いを正しく習ったことはないのかなと」
「もしかしなくても、ないわ。弾の篭めかたを聞いただけよ」
アナは父から教わったのかもしれない。しかし声は上げなかった。ステラの返答に、ひとつ頷いただけだ。
「ええと、すみません」
「さっきから、何をおどおどと謝っているの?」
「気分を悪くさせたかなと」
「そんなことないから、提案というのを早く言って」
おどおどしていると言えば、今のメアリだ。ロイを救い出すと決めて、落ち着いた部分はあるが。それでもすぐに動じてしまう。昨夜のように。
いやむしろ男性であるだけに、ロイと似ているのかもしれない。生真面目なところであったり、共通する部分は多い。
「分かりました、すみません。ええと提案とは、これから練習をしませんか?」
「意味があるのかい?」
「あると思います。町で見事な作戦を立ててらしたので、慣れているとばかり」
「あんな田舎町で、銃に用事なんてあるもんかね」
ステラより棘は少ないが、ドロレスも愛想が良くはない。しかしこちらには「そうですね、うっかりしていました」と。デニスはしっかりした口調で返す。
――ステラが怖いのかしら。
彼女は女たちで最年少の二十二歳。きっと彼は二十歳か、もう少し若いだろう。歳の近いほうが意識してしまうのかもしれない。
ともあれ、訓練はすることとなった。
「状態の悪い銃だと、全起こしで歩くだけでも暴発することがあります。移動は半起こしのまま。全起こしは、自分の前に仲間が居ないときだけです」
なぜ撃ってしまったのか、やはり思った通りだった。
その上に、触れずとも暴発するかもしれないとは。父が自宅へ銃を持ち帰らなかったのは、そういう理由かもしれない。
疑問が解消されて一人ずつ、ポーチから弾薬を取り出し、装填して発砲するまでをデニスが確認した。
スカート付きと呼ばれる弾丸は、向きに注意すること。銃身に突き込むときは、かなり大胆にやって良いこと。
弾薬を入れていた油紙が密閉性を高めるので、忘れず入れること。
項目として上げるなら、教わったのはその程度だった。あとは、突き棒を握り締めるのでなく、銃口から投げ込むようにするとか。素早く撃つ為のコツのようなものだ。
「ああ、こりゃあ楽だねえ。うっかりローリングピンで突くところだったよ」
各々が目標を決めて、教わったように撃ってみる。ブレンダもデニスの指導を認めて、お礼らしきことを言った。
他の誰も、知らずやっていた癖などを直されると、より遠くの的に当てられるようになる。メアリなど百五十ヤードに三発撃って、弾痕が二つしか付かなかった。外してはいないのにだ。
そんな中、ステラだけが命中音をさせない。片膝を突いた姿勢で何度撃っても、弾を地面にめり込ませていた。
「あの石を狙ってるんですか? 上に逸れているので、そういう癖のある銃かもしれません。意識して下に――」
「違うわ。何度やっても、手前で落ちてしまうのよ」
メアリが撃ったのと同じ、百五十ヤード先の石を狙っているのか。デニスの問いに、彼女は否を答えた。
その石を飛び越えているのに、手前で落ちると。
教官役の青年は、驚いて眉を寄せる。それから「ちょっと失礼します」と、ステラの銃に触れた。
「この照準器ですが、手前に倒して使うこともできます」
銃で狙いを定めるのは、手前にある照準器と先端にある照星を使う。その二つと視線の先にある目標とを重ね合わせると、ちょうど命中する仕組みだ。
デニスはその照準器に触れ、ステラは「こう?」と言われた通りにする。
すると普段は爪一枚ほどのものが、二倍以上の高さとなった。
「そうです。それでもう一度撃ってみてください、すみません」
「だからどうして謝るのよ」
文句を言いつつ、ステラは構える。じっくりと時間をかけて狙いを定めるうち、呼吸の仕方も変わっていった。
普通に息をすれば胸と肩とが動いて、銃も釣られる。そうならぬように唇を尖らせ、細く息をした。
見守る仲間たちも何が起きるのか、息を忘れたようだ。静寂の中少しずつ、少しずつ、人さし指が引き金を絞っていく。
布で岩が削れるのを待つかのごとく。そのときがいつか、見ているほうには分からなかった。
あまりに静かな呼吸しかないステラが、窒息して死んでしまうのでは。そう思い始めたとき、大気が揺れた。
一瞬遅れて人の背丈ほどの小さな木が、枝を地面に落とす。
その音は聞こえなかった。何しろその木は、メアリの狙った石までよりも二倍以上。およそ三百五十ヤードほども離れている。
「ね、狙い通りですか」
「ええ、使い方が間違ってたのね。ありがとうと言いたいところだけど、先に教えてくれれば良かったのよ」
「すみません。あれほど遠くに命中するとは思いませんでした」
当然というすまし顔で、膝に付いた砂を払うステラ。感嘆を隠さないデニスの前を素通りして、アナに向かっていく。
小さく拍手をした親友は、持った銃ごと彼女を受け止めた。
「提案、の件ですが」
その光景を苦笑で見送ったデニスは、ぐるりと皆を見回して言った。
「提案は、この練習のことでしょう?」
「そうですが、一つしかないとは言いませんでした。これを見て、できると確信したのも間違いないですけどね」
結果が不出来なら、言わずにおくつもりだった。と言いたいらしい。それを言うのだから、喜ぶべきではあるのだろうが。
「昨夜、思ったんです。皆さんはフクロウのようだなって」
「フクロウ? 昼間は眠ってるだけの? あの子たち、たしかに可愛いけどさ」
遠回しに自分を可愛いとドロレス。これには久方ぶりに、全員が笑った。失笑を数えてよければだが。
「そうです、そのフクロウです。昼間はおっとりした印象の、可愛らしい鳥です。しかし夜は、森で最強のハンターになります。闇に紛れて、障害物もものともせず、確実に獲物を捕らえる」
「へえ、そんなにすごいのね」
「そ、それほどでも」
ステラが褒めたのは、フクロウだ。だのになぜか、デニスが照れる。
メアリもフクロウのことは知らなかった。夜になると、飛ぶ姿を見ることはあるけれども。
「それで、フクロウがどうしたの」
「皆さんがそうなればいいという話です。つまり日が暮れてから移動を開始します。そうすれば、馬も疲れにくい」
なるほど逃亡兵たちも、夜陰に紛れたメアリたちになす術がなかった。
昨夜ほどの月明かりで、それを遮る物さえなければ、銃を撃つのに支障はない。メアリやノソンの女たちには当たり前だが、軍人たちにはそうでないようだ。
加えて涼しい夜間となれば、馬の体力が持つのもそうだろう。
「悪くはないんじゃないかしら」
「そう思う」
ステラとアナは、どちらでも良いという風に言った。ドロレスたちも、同じく。
誰もそうとは言わないが、決めるのはメアリだと。皆の視線が物語る。
「えっ、と。あの、うまくいくか分からないけど」
「けど?」
一つの決断が、全員の運命を決めるかもしれない。良いと思うほうが、間違っているかもしれない。だから明言するのには、拒否しようとする喉を酷使しなければならなかった。
だが一斉に仲間たちが頷くのを見て、緊張が解ける。
「デニスの言うように、やってみましょう」
「それではこれから皆さんは、
メアリとその仲間たち。一行のあり方が、デニスの示したその名に表されていた。
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