第26話:撃鉄を起こすはいつ

 身の丈よりも半分ほど高い、瘤によじ登る。その場でいくら見回しても、銃声の元が分からなかった。ならば残るは、その向こうだ。

 あまり大勢で見ても仕方がない。デニスが登って「あたしも」とステラも行った。すると、幼なじみは言う。


「あんたも来なさいよ」


 先日までと言いかたは変わらない。だが刺々しさには、雲泥の差があった。

 最も盛り上がった部分から慎重に顔を出して、デニスは「あれでしょうか」と腰を探る。

 ベルトに提げていたケースから、棒状の何かが取り出された。眼の前に持っていったので、望遠鏡らしいと分かった。


「ああ――斥候ですね」

「どういうことよ。居なくなったんじゃなかったの」


 責めるステラを宥めるように、彼は声を抑えてと手を上下させた。それから取りあえず見てみろと、望遠鏡を渡す。

 受け取ったステラが這って前に出たので、メアリもその隣から顔を出す。少し先に、焚き火らしき明かりが見える。


「誰かと戦ってるの? あっ、コヨーテに襲われてるんだわ」


 そう聞いた直後、二度目の銃声がした。

 急いて渡された望遠鏡は父が持っていた物と似ている、のに。懐かしむ間もなく覗く。

 ステラの言った通り。おそらく三人が、数頭のコヨーテに囲まれている。倒れているのが二頭。これならばさらに二、三頭も仕留めれば逃亡を図るに違いない。


「どういうことよ」


 瘤から下りて、ステラはもう一度聞いた。今回はちょうど聞こえる声量で。先の声も、さすがにあちらへ届いてはいないだろうが。


「一人、見覚えがあります。隊付きの斥候に間違いないです。でも任務中に火を焚くなんて、あり得ない」

「つまり?」

「彼らは逃亡兵です」


 政治や軍の話は、前提となる知識がほとんどない。メアリに限らず、ノソンのような田舎に住む者はたいていがそうだ。ましてや女は。

 ただし逃亡兵に関して、新聞で何度も注意が喚起されていた。字を読めない者にも、特に女は注意するよう互いに呼びかけあった。


「ノソンに行くのかねえ」

「分かりませんが、その可能性は高いです」


 一行では最も年上のドロレス。それでも二十六だったか、眼に殺気を隠さない。


「田舎者に銃騎馬が追い返されて、こりゃあだめだって? 気持ちは分かるけどね、とっとと自分の家に帰ってほしいもんだよ」


 こちらはブレンダ。頭を掻き、苦々しい顔を見せる。

 逃亡兵は文字通りに、所属する軍隊の任務を捨てて逃げ出した兵士だ。理由は戦闘が怖くなったとか、敗北の分かっている戦いに行きたくないとか。

 家に帰れと言われても、逃亡兵が捕まれば重罪として処断される。死刑になるのも珍しくはない。

 だから彼らは逃亡を図った近辺で、暴漢として一生を終えるのが落ちだ。


「彼らを放置して、こっそりと移動する選択もあります」


 囚われのロイを助け出す。その目的から言えば正しい手段を、デニスは提示した。

 教会へ食べ物を持ってきてくれた時とは、口調が違う。彼ら、放置、移動。と、発言に重要な単語を強調して話す。

 これが彼の軍人としての話し方らしい。


「そんな選択肢はないんだよ」


 必ずしも、構わず行こうと勧めたのではない。メアリはそう受け取ったが、ドロレスは声に怒りをこめた。


「どうしてあたしらが、メアリに着いてきたのか。分からないとでも言うのかい?」

「いえ、分かっているつもりです」

「それなら、そんなくだらないことを二度と言わないでおくれ。あんただって、憎くてしょうがないんだ」


 奥歯で鋼を噛み砕くように、荒々しいドロレスの言葉。メアリなどは、迫力に身震いしてしまう。

 けれどもデニスは、一瞬も目を逸らしたりまばたきもしない。「分かりました」とはっきり答え、頷く。


「それではみなさん、銃の用意を」


 呼びかけると、全員が従った。フィドルやトランペットのケースに似せた革の入れ物から、するすると銃を取り出す。

 誰も、好意的には見ていない。だが、こと戦闘となればこちらは何も知らない。話し合ったでもなく、メアリは逆らうつもりがなかった。他の皆も、同じのようだ。


「夜目に自信のある方は?」


 この問いには、全員が手を挙げた。ちょっと近所に出るくらいなら、明かりなど用意しない。ガス灯がなければ歩けない、都会の人間とは違うのだ。


「なるほど。ではドロレスさん、半分に分けた一方のリーダーになっていただけますか」

「任されるよ」


 弾丸を装填するのに銃を見たまま、ドロレスは答えた。デニスは構わず、メンバーの振り分けを続ける。


「こちらはメアリさんと、それから」

「あたし」


 食い込んで言ったのは、ステラ。挙げた反対の手は、アナの手首を握っている。

 拒否する理由もなく、デニスは首肯した。


「ドロレスさん。彼らの右手、真横の方向に回ってください。こちらは頃合いを見て、真っ直ぐ進みます。気付かれたら、軍で支給されている警笛を吹きます」

「それを合図に、こっちも撃てばいいんだね」

「そうなります」


 こちらには馬があり、人数も多い。銃騎馬の戦法が採れれば良いのかもしれないが、素人にそんな曲芸は要求されなかった。


「質問。彼らの銃も、続けて撃てるの?」

「いえ。斥候が持っているのは、皆さんと同じく単発のライフルです」


 一度に七発を装填できる連装式は、銃騎馬隊しか持っていない。こちらでは、デニスの持つのがそうだ。

 淀みなく答えがあって、今度はステラが問う。


「ここからあいつらまで、弾は届くの?」

「ううん、そうですね。三百と二十ヤードくらいでしょうか。訓練を積んだ兵士なら命中させられますが、そうでなければ無謀かと思います」

「そう、分かったわ」


 月明かりがあっても、夜の景色で距離を測るのは難しい。しかしそういう訓練でもあるのか、デニスは自信ありげに答えた。


「どうかしたの?」

「何でもないわ。出来るのかなと思っただけよ」


 アナは重要な質問をした。

 メアリが意図を聞いても、ステラは深い意図などないと答えた。が、どうも何やら思惑がありそうに思える。言った後に、ぶつぶつと独り言を口にしていた。

 ――私も何か言わなきゃ。

 仇をとる。恨みを晴らす。意趣返し。そんな想いが根底にありはしても、メアリを助けてくれる仲間たちだ。自分だけが、何も考えていないようではいけない。

 そう思うのに、あれこれ考えても何も出てこない。焦る間に「行ってくるよ」と、ドロレスたちは移動を始める。


「ふう……」

「どうかした?」


 数瞬前にメアリの聞いたのと同じセリフを、ステラも発する。思わず大きなため息を吐いてしまったのだから、当然だ。


「ううん、何でもない。緊張してるだけよ」

「そう? 心配ごとはきちんと言いなさい」

「ええ、そうするわ」


 何もないと重ねて、大きく深呼吸をした。これは本当に緊張をほぐす為。

 ――余計なことを考えず、やることをやらなきゃ。

 人を殺したくはない。しかし撃たなければ、ノソンに危険が及ぶ。震える指を何度も開いては閉じ、半起こしハーフコックの撃鉄を引いて全起こしフルコックにした。

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