Break time
第24話:西と東の隔たり
内戦の始まる前。十九歳のデニスは西部の片田舎に、四男坊として暮らしていた。
父は主に馬を育てる牧場を営んでおり、中でも軍馬の調教には定評がある。
世が平穏であれば、そのまま飼葉に塗れて生きたのだろう。朝から晩まで馬の世話をすることに、何の疑問も抱いていなかった。
「内戦だとよ。うちはエナム側らしい」
ある日。一番上の兄が、新聞を読んで言った。のんびりとした父と違い、牧場を大きくするには情報だと常々言っていた男だ。
「思った通りだ、親父。時期を見て、出せる馬は全部売るぜ?」
北西戦線も鎮火したというのに、軍からの買い付けがひっきりなしだった。減った分の補充は当然だが、値が上がっても止まらない。また大きな争いが起こると、兄は予測していた。
「好きにやっておいて、何を今さら」
「いいってことだな?」
内戦勃発前の要求に対して、馬の供給を最低限に絞っていた。もう六十歳を前にした父は、兄の方針に逆らえない。温和な性格もあって、その気力は残っていなかったのだろう。
牧場には貧困地域からの出稼ぎが、多く働いていた。デニスのやっている世話と、仕事の内容は変わらない。
「デニス、もう現場のことは分かっただろう。お前も経営を学べ」
「ぼ、僕が経営者に?」
「トップは俺だ。だがいい条件で商売をするには、手足の多いほうがいい」
あるとき、兄は言った。デニスが汗水垂らしても、馬の価値が一セントとて上がりはしない。
それよりも交渉相手を増やし、決まった取り引き相手の居ない牧場で買い叩き、値段を吊り上げる材料を見つけてこいと。
――そりゃあ、高く売れたほうが嬉しいけど。兄さんのやり方は間違ってるよ。
数週間で終わるとみられた内戦は、三ヶ月が経っても膨れ上がる一方だった。
エナム軍の要求に答え、最初に二万頭を都合した兄だったが、また適齢馬が居ないなどと供給を絞る。
開戦時に一頭が二百ドルほどだった相場は、千ドルを超えた。そこでようやく兄は、安定した数を放出し始めた。
元は他の兄たちが、貧困地域から十数ドルで集めた馬をだ。
「父さん、兄さん。僕は軍に志願するよ」
半年が過ぎたころ、デニスはエナム軍の志願兵として軍人となった。
父は「すまんなあ」と、何がと明確にせず謝る。兄は「広告になれるよう昇進しろよ」と、本気なのか皮肉なのか分からないことを言った。
「ん、立派な装備品だな。なるほど、ウォーレン牧場か。デニス上等兵、お前の家から来た馬はみな優秀だ」
基本訓練の教官に褒められても、滑らかには礼が出てこなかった。
志願兵は装備品を、自費で用意する。デニスに使える金銭は、牧場が稼いだものだ。
汚いことをすると蔑みながら、その金で銃や馬を持つ。それでどの立場から答えればいいのやら、見当がつかない。
牧場から逃げ出したと言われても、否定はできなかった。兄のやり方が気に食わなく、かといって意見できる立場でない。その環境に自らを置きたくなかったのは、間違いなくある。
けれども最も前面にある想いは、違う場所にあった。兄も商売に利用した、貧困地域との格差だ。
「銃騎馬隊の諸君。君らは、我が軍の精鋭である」
新規に編成されたエリート部隊へ配属されたときには、なぜか伍長に昇進していた。
発足式に現れたのは、最高司令官のエール大将。予備役を希望していたのに、用兵を買われてその地位を与えられたという。
同じお仕着せであっても、デニスとは全く違う。だが挨拶からは、それほどの覇気を感じない。
むしろ予備役の希望のほうが通ったのではと、若くない身体を心配したくなった。
「貧困地域を放置してきた政府を打ち倒し、解放に尽力してくれ」
いかにも台本通りという短い挨拶は、それで終わった。しかしデニスの思うところは、その部分だ。
富裕層や安い働き手を求める層に、出稼ぎは食い物にされる面が大きい。最低賃金などの取り決めもなく、雇った者の判断次第だからだ。
メイン軍。ユナイト政府は、それが自由で自然な状態だと黙認してきた。エナム議会は貧困地域に労働場所を作るなどの、直接介入を主張している。
――それが叶ったら、僕も現地で働きたい。何もないどころか、マイナスから出発するなんて。きっと家族みたいに分かり合える。
だが戦争は、思い通りにはならない。
三年が経ったころ。日に日に刷新される戦法、武器の性能もあって、戦死者は三十万人を超えた。
当初は数週間でメイン軍が圧倒すると言われていたが、三年半の時間差を以てその通りとなる。
エナム軍の資金源として大きな意味を持つ鉱山都市が、包囲されたのだ。
その攻防戦にはエール大将も参じたが、対するメイン軍は数ある中の一個師団に過ぎなかった。
先鋒はロイ=グラント少佐率いる、銃騎馬隊。あちらでは竜騎兵と呼ぶらしいが。
「まいったなあ、士官の居場所が分からなくてね。案内してもらえるかな?」
連絡役の旗を靡かせ、僅か数人を伴って訪れた敵の士官。降伏勧告の信書を持参した男は驚くべきことに、少佐当人であった。
「ロイ=グラント少佐ですか。僕はデニス=ウォーレン伍長。ご案内します」
「手間をかけて悪いね」
封筒の裏には、几帳面に書かれた署名がある。それを受け取ったのは、警戒に立っていたデニスだ。
思えば敵とまともに会話するのは、これが初めてだった。ほんの少し話しただけで、人の良さが分かる。貧困地域を食い物にする、鬼畜な者たちというイメージが崩れ去った。
――そうか。住む場所が違うだけで、同じ国の人間だったんだよな。
「少佐。なぜ軍人になったのか、お聞きしても?」
聞こうと思って聞いたのではなかった。優しそうなこの男が、戦う為にある職業をなぜ選んだのか。
考えているうち、口が勝手に問うていた。
「守りたいものがあるんだ。妻と。それに家族と、育った町と」
「守る為に戦う、ですか」
「ああ。もし妻に会ったら、妻だけと言わなかったのを内緒にしてほしいけれどね」
優しいだけでなく、ジョークも言えるらしい。取り立てて面白くはないが、気持ちが温かくなる。
デニスの中で、戦うことの意味が揺らぐ。
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