2nd relate:戦いは始まった
第7話:委ねられた決断
自分たちは、これからどうなるのか。男たちと、また会えるのか。彼らの目的は、何なのか。
女たちは当然の疑問を、デニスにぶつけた。だが彼は答えない。
「すみません。僕にできることはこのくらいです」
と、証拠になりそうな物を回収して去った。仲間の目に細心の注意を払って。
するとすぐに、ステラが立ち上がる。説教台の下を叩き、開けるようマリアに求めた。
床板はすぐに開いた。唾を飲み込み、深呼吸をして、ステラは降りていく。しかし顔が見えなくなる寸前、こちらを向いた。
「何をしてるの、あなたも来なさいよ」
「わ、私も?」
「当然でしょう?」
当然、とは。
英雄の娘だからか。それとも、この事態の原因だからか。意味までは告げず、ステラは地下へ降りる。
言われて立ち上がったのは、どうであれ全て事実だから。ではない。
立場の逆転してしまった幼なじみが、来いと言うのだ。身体が勝手に動いてしまう。
「メアリ」
行こうとして、母が呼び止めた。見ると両手で、縄を示している。それはそうだ、解かなければ一人で動けない。
母と、ステラの母が二人で縄を外す。何か話さなければいけないと思うが、言葉が浮かばない。
「ほら、外れた」
「母さん――」
銃を持つ覚悟など、できていなかった。地下へ降りれば、そうも言えないのだろうか。自分はいったい、どうすればいいのか。
気持ちを散らかしたまま、母を見つめる。すると土に鍛えられた硬い指先が、優しく頬を撫でた。
「縄を外したからって、死ぬわけじゃないわ。そこを降りてもね。あなたがどこまでどうしたいのか、きちんと考えなさい。でも正しく考えるには、自分で見てこないとね」
畑のことなら、聞けば何でも教えてくれる。姉よりも濃い青の瞳が、潤んでいた。
母はもう、五十歳が目の前だ。まだまだ全くもって元気だが、町でも若いほうではなくなった。
――母さんが私と同じ歳なら、どうするのかな。
そう思うが、母はもう答えてくれている。ここへ居たいのなら居ればいい。そこから先は、行ってみなければ分かるものかと。
「どうしたいのか、考えてくるわ」
母の頷きに答えて、説教台へ。もう他の何人かも、先に降りている。開いた入り口からは、狭い木の階段が闇に落ちていくのが見えた。
急な勾配を、後ろ向きで。華奢に見えたが、意外に軋む音さえない。
地下室は漆喰で固めた壁に、補強の木材がしっかりしていた。大きなランプが、明々と照らす。
天井も普通の部屋と変わらず、都合十六人で居ても狭く感じない。壁には大きな棚が並び、毛布や小麦の袋。大きな樽や、たくさんの保存食らしき包みもあった。
「ここは神父さまが、私財で作らせた倉庫です。この町が本当の危機に陥ったとき、使えるようにと」
姉はそう説明して、一つだけある扉を指さした。
「銃はそちらです。使い方を説明するまで、勝手に触れないでくださいね」
「マリアが?」
聞いたのはステラだ。メアリも姉が銃を扱えるなど、初耳だった。
だがマリアは、「いいえ」とだけ答えて扉を開ける。
やはり率先して進むのはステラ。扉をくぐるのにも、緊張の息を吐きながら。拳を握り、メアリもあとへ続く。
「無事だったのね!」
同じような隣の部屋。違うのは、一つの壁にずらりと銃が並べられている。
その前に待つ人物を認めると、ステラは飛びかかるように抱きつく。
相手も優しく受け止めた。ふくよかな頬と赤毛が揺れるさまは、何だか懐かしい。
メアリとも幼なじみの、アナがそこに居た。
「皆さん、時間がありません。よく見て、よく聞いてください」
真っ黒な僧服から、アナは自身の微笑とステラを引き剥がす。
次の動作で立てかけられた銃を取ると、より厳しく眉を釣り上げた。
アナは両手で捧げ持ち、その姿を見せた。黒い銃身が木で覆われ、白銀の金具があちこちに配される。
服装と合わせて、神具にも思えた。だが五フィート足らずのそれは、紛れもなく人殺しの道具だ。
何も知らずに見れば、やけに飾りの多い棒きれでしかないのに。
「操作はそれほど難しくありません。指を挟むのと、火傷に注意してください。まず撃鉄を起こし、雷管を置きます」
言いながら、引き金のすぐ上辺りに付いたレバーが操作される。少し動かすと引っかかった音がして、固定された。
続けて何か、細かな部品のような物を取り付けていたが、よく見えない。
「この中に、銃弾と火薬が入っています」
ポケットから親指一本分の、小さな包みが取り出された。油紙らしいその端を、アナは噛み千切る。
銃を縦に支え、銃口から火薬が振り入れられた。続いて銀色の銃弾が、同じく銃口へ。
最後に銃身の下へ備えられた棒を抜き取り、弾を押し込む。手慣れた風で、動きに淀みがない。
「これで準備は終わりです。撃鉄を後ろまで起こし、引き金を引けば弾が出ます。皆さんも、やってみましょう」
――えっ、もう?
たった一度の説明で皆、理解し覚えたのか。メアリの不安を、他の誰もが口にした。
「速すぎるわ。もっとゆっくり」
「ええ。でも見ていても覚えられないから、やってみましょう。一度で分かるはずなので、銃を選んでください」
並んだ銃は三十挺。脇の台には、丈夫そうな肩掛けのポーチが用意されている。中に銃弾が入っていると、アナは言った。
選べと言われても、どれもほぼ同じ格好だ。だが一つだけ、メアリの目を引く物があった。
「これ――」
その一挺だけが、並んだ反対の壁に飾られていた。幼いころ父が持ち帰ってしばらく置いた、あの銃とよく似ている。
手に取ると、手入れ用の油の染みた飴色が美しい。側面に小さく、「AからBへ」と刻まれているのも見つけた。
「それを覚えてる? ここにある銃は全部、父さんが置いた物なの。使われることがないよう、願いながらね」
そっと、マリアが肩を寄せる。その肩には既に、ポーチが掛かった。
「姉さんは知っていたの?」
「いいえ、私も聞いたばかり。知っていたのは神父さまと、アナだけよ」
本当の危機に陥ったときだけ。この場所の意味を裏付ける話だ。
アナが扱いに慣れているのは、二重の意味で理解できる。アナは神父さまと結婚したのだから。
「どうする? メアリが使うなら、それがいいかもしれないわ」
「他のと違うの?」
「いいえ、同じよ」
話す間にも、ステラを始めとして皆が弾を篭めていく。決断の猶予は残されていない。
「私は――」
できない。やりたくない。どうであれ浮かぶのは、拒否する気持ちばかり。
もしも姉から、一緒にやろうとひと言あれば。すぐに反対になっただろう。
しかしマリアは、手を差し出すだけだ。この銃を、メアリが使うなら使えばいい。使わないなら、渡せと。
思えばそれも、姉の気持ちが表れているのかもしれなかった。
できれば妹に、人殺しをさせたくはない。そう思うから、銃を受け取る手が出たに違いない。
「ごめんなさい」
明確にそこまで察せはしなかった。だが頼れる姉の手に、銃を預ける。マリアは小さく頷いて、微笑んだ。
「母さんの傍に居てあげて」
危険や罪の意識から、自分は逃げた。その想いが、すぐに答えるのを躊躇わせる。
しばし、マリアは待ってくれた。だがやがて、「行ってくるわね」と背を向ける。その表情もやはり、底抜けに優しいメアリの姉だった。
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