第3話:男たちの正体
喋るなと命令されて、歩いた。どうやら町の中央へ行くようだ。道中、同じように捕えられた人々が合流していく。聞いた通り、その中に男性は居なかった。
常ならば時間はともかく、体力的にどうこうという距離でない。だが縛られて、何人も連なるのは歩きにくい。
家を焼かれ、親しい人を殺された。その為に疲労が何倍にも感じられるのは、メアリだけではないだろう。
――殺される為に歩くのかな……。
銃を持つ男たちの目的が知れぬでは、そうとしか思えない。徒労感とでも呼ぶのか、疲労では片付けられない重みを身体に感じた。
「やっと来たか」
男たちの一人が馬上で、遠くを窺う素振りを見せる。興味など微塵もなかったが、釣られて顔を向けた。
馬車だ。向かう先から、荷馬車に幌を付けたものが走ってくる。
「止まれ!」
すぐ近くで、馬車が速度を緩めた。こちらを率いる男の何人かも、足を止めるよう命令する。
「いつまでかかってる、デニス!」
「すすす、すみません!」
御者を務めていたのは、メアリより年少に見える若い男。他の男たちと同じ、紺の長袖に明るい青の長ズボン。胸には大きな金ボタン。陸軍の軍服と、よく似ている。
「あの、馬車が。二両しかなくて」
「言いわけはいい。さっさと乗せろ!」
随分と上下関係に開きがあるようだ。デニスと呼ばれた男は、七割がたが悲鳴のような返事で飛び降りた。
「すみませんが、乗ってください。なるべく詰めてもらえますか?」
明るい銅色の髪が、くるくるとカールしている。柔らかそうな頬も含め、いかにも少年という風貌。
農場育ちの女に馬車の乗り方など、余計な世話とも気付かずに手を貸している。非道を行う集団の一員には、到底見えなかった。
「ええと、そこに足をかけて――」
「あ、あ、ありがとう」
一人ずつ、同じ説明を繰り返す。人が良いのは間違いない。
だが、だからと善人であるはずはなかった。彼の後ろには、いつでも銃を撃てるよう身構えた男たちが何人も居るのだ。
そういう妙な男の声を、間近で聞くのは恐ろしかった。腕であれ腰であれ、触れられるのもおぞましい。
喋らないでなどと言えるはずもなく。メアリは謝辞を被せて、相手の話すタイミングを逸しさせた。
「じゃあ馬車を出します。揺れに気を付けてください」
都合、集まった女たちは十四人。狭いは狭いが、押し合いになるほどではない。
肩を寄せ合って座る母と、何でも良いから話したかった。しかし御者席に、デニスともう一人が座る。
その男は拳銃を弄び、ときに真後ろへ狙いを定めた。これが何を意味するのか、察せぬ者は居ない。メアリ以外も誰一人、口をきくことはなかった。
「――到着です」
やがて町の中央部に到着した。鍛冶屋や石工といった、職人が多く住む。
馬車が止められたのは、教会の前だ。平屋の多い中央では、鐘楼のある分だけ背の高い建物に属した。
「お前、馬車の扱いがうまいな。どこかで執事でもやったほうがいいんじゃねえか?」
「えっ、そうですか?」
「冗談だバカ。さっさとしろ」
隣の男に、デニスがからかわれる。馬車を操るのは、うまいとも下手とも思わなかった。つまり、うまいのかもしれない。
乗るときと同じく、彼は手を貸していた。順番が回って、やはりメアリにも。
けれども身体が、びくっと硬直してしまう。デニス個人は関係なく、出稼ぎの若者たちの死が頭にちらつく。
「どうぞ、支えるから」
優しげな声に何も答えず、ひょいと飛び降りた。
普段の遠慮がちな態度を知るだけの者は、メアリを鈍臭いと考える。しかし身体を動かすのには、自信があった。
別の男に背を押され、教会の中へ。この建物と、その周囲に損傷は見当たらない。無法を働く彼らも、神さまだけは別らしい。
――と思ったけど、そうでもないみたい。
入ってすぐ、扉が乱暴に閉じられる。中の礼拝室には、たくさんの人が押し込められていた。
用意されている長椅子に、五十人ほどが座れる部屋だ。そこへ女ばかり、メアリたちを足して百人を超えただろう。
町の人口は、三百に満たない。おそらく町の女の全員が集められている。
「メアリ、あなたまで!?」
近くの壁際に座っていた一人が、立ち上がった。強い口調で、名を呼ばれたことでもある。何よりその声には、親しみを感じた。
幼なじみの、ステラだ。
千ヤードほど離れているが、すぐ隣に彼女の家はある。メアリの家を襲った無法者は素通りしたのかと思ったが、お目こぼしはなかったようだ。
けれども無事だ。見たところ、かすり傷もない。縛られていても、メアリの百倍は元気を残している。
「え、ええ。あいにくと、ごめんなさい」
「何を謝っているの。これをあなたが企てたと言うなら別だけど?」
言葉だけを素直に聞けば、メアリの責を問うてはいない。だが語調は鋭く、言外に責めているのが明白だった。
「わ、私は何も。何者かも分からないわ」
「当たり前よ。あたしが怒ってるのは、英雄の娘が簡単に捕まってしまったことよ!」
「そんな――いえ、ごめんなさい」
再び謝ると、ステラは舌打ちをして座った。理不尽だが心情は察せられると、メアリは心から思ったのだが。
メアリの父。バートは陸軍の軍人だった。困難な争いごとが起きている場所へ進んで赴き、解決させた数は枚挙に暇がない。
その娘ならば、相応しい行動もあるに違いない。それがどんなものか想像もつかないし、実行できるとはとても思えなかったけれど。
「エイブスさん。こっちへお座りよ。ほら、メアリも」
優しく呼んでくれたのは、ステラの母親だった。隣に座る娘は鋭い視線を一瞬向け、あさっての方向に顔を逸らす。
ロイとの仲が深まるにつれ、ステラとの距離は離れていったように思う。もしも可能なら、また仲良くしたいとメアリは望み続けていた。
空けてもらった場所は、ステラと接する。「お邪魔するね」と断るつもりだったが、遠慮で声にならない。咳払いをしてもう一度「ステラ」と呼んだが、こちらを向いてはくれなかった。
「いったい、どうしたことだろうね」
「何が何やらだよ。奴らが悪党ってことしか分からないね」
詰め込まれた他の誰もが、何度となく交わしたろう会話。それをステラの母も求め、メアリの母が答えた。
二人とも視線はメアリに向け、気にするなと肩を竦めて見せる。
ただし男たちが何者かは、ある程度の想像がついていた。二人の母もとぼけているだけで、分かっているはずだ。
「淑女のみなさん!」
いちいち蹴りつけるように床を鳴らし、三人の男が奥の扉を開けてやってきた。二人は長い銃を持ち、前を歩く一人の護衛と見える。
「手荒い真似をして、申しわけない。穏便に進めても従ってはもらえぬだろうし、こちらの意図にも反するのでね。悪しからず」
説教台に両手を突き、厭らしく覗き込むようにこちらを見回す。
男の年齢は四十前といったところか。やはり他の男たちと同じ服を着ているが、胸に一本の金線が入っている。
それはこの国ユナイトの、陸軍の制服。似ているのでなく、そのものだ。
ただし頭には軍帽でなく、狩猟に使うような革の帽子。肩や胸の紋章も違っている。正規でないシャツを、中へ着る者も居た。
そういう着こなしをする集団に、心当たりがある。見たことはないが、伝聞そのままだ。
「突然のことで、さぞ驚いているだろう。親切な私としては、すぐに種明かしをしたいと思う。我々は、エナム軍の銃騎馬隊だ。メイン側のあなた方には、竜騎兵と言ったほうが良いのかな?」
今にも吹き出しそうに、男は笑いを堪えていた。出っ張った頬骨が、尖った自尊心を表しているようにも見える。
もったいぶった素振りで男は革帽を取り、濃いブラウンの短髪を掻き回す。その手がどこへ行くかと思えば、鼻の下へ運ばれた。
あからさまに、自分の頭皮の臭いを嗅いでいる。他人の趣味は自由だが、気持ち悪いという感想は否定できない。
それで昂りでもするのか、男は一つ声を高くして宣言した。
「我々は、バート=エイブスの縁者を探している!」
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