第20話 久方ぶり

 集合場所に指定した組合本部は、今の時刻がまだ早朝であるため、まだ開場していない。

 しかし、それは関係がないのだ。今日やるべきことは決まっている。状況の報告と、これからの方針について話し合うのだ。

 倉庫から取り出した革鎧と、飾り気のないナイフ以外は普通の服装となんら変わりないが、ローゼリカは体全体が、何か異物に包まれているように思えてむず痒かった。


 集合時間より30分も前に来てしまったので、暇を潰す必要があった。

 基本的にそのような嗜好品は持ち合わせていないので、適当に新聞でも読もうかと掲示板の前に移動する。

 大衆的な噂話から、他国の情勢など様々な情報が集められている。金を納付すれば誰の記事でも掲載可能なので、小さな子供の日記から、学術院の研究者の記事まで。読もうと思ったらなんでも読める。

 小銭を数枚取り出し、番号を打ち込むと掲示板下の箱の鍵が解除される。

 購入したのは組合が公式に出している情報誌と、学術院探索録だ。


 開いて適当に目を滑らせると、「迷宮病」やら「竜」という文字はどこにも見当たらない。意図的に隠蔽されているようだと感じた。


 迷宮病患者の記録は、組合のごく一部の職員しか閲覧できないようになっている。個人情報の問題で、そのような情報は拡散されないようになっているのだ。

 患者の身内だということは知られている。そして、こちらの行動も見張られているだろう。情報は、向こうの方が多い。

 

 情報、という単語まで出かかってローゼリカは気がついた。そうだ、探索者の情報録がある。

 探索者個人がどの階層まで進んだか、どのような依頼を達成したか、というような記録は、誰でも閲覧できるようになっている。つまり、迷宮病発症後から今に至るまでに誰と関わったかを調べれば、関係者を割り出せるかもしれない。


 なるべく早ければ早いほどいい。

 いてもたってもいられなくなり、うずうずした。集合時間の十分前に二人はやってきた。探索用の装備に身を包み、いかにもといった風貌だった。


「お、早いな」

「お待たせしました。さぁ、行きましょうか」


 なにも知らないのはアランだけである。あのことを今言うべきか悩んだが、言ってしまうことにした。


「アランの母さんーー院長先生、犯罪者だよ」

「は?」

 

 しまった。事を急いだせいで言葉足らずになってしまった。

 

「迷宮病患者だったって。でも、それでも潜ったからーーつまり、あの人は死んでなくて、その、竜になってーー」

「ローゼリカ、もっとわかるようにゆっくり言ってやれよ」

「ああ……そうだ。この前、救児院に組合の調査員が来て」

「はい」

「それで、ここの責任者を呼べと言われた。だから、今は不在です、と言ったらいろいろ言われたんだ。院長先生は、迷宮病患者で、体内の魔力が迷宮内のそれと順応しなかったから、意識をあちら側に持っていかれたんだ。つまり、あの竜があそこまで強くなったのは、変異種だからじゃなくて、先生の魔力で暴走しているから」


 ここまで一気に言い終えて、アランは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのに気がついた。


「な、なにさ……」

「いや、ちょっと信じられなくて」


 アランが珍しく表情を変えたのを見て、ローゼリカは面白く思えた。

 状況にそぐわないが、なんだかこの男が可愛らしく見えてきたのだ。


「いや、唐突ですね。まさか、迷宮病ですか……なるほど。通りで死体にしては綺麗すぎるというか、まぁ、はい」

「……そこ?」

「なるほど、迷宮病患者については俺の生徒でその研究をやってる奴がいるので、少しは知っているんですよ。意識が向こうに持っていかれたままになると、厄介ですね。それに、あぁ、なるほど……」

「組合が調査を進めているらしい。学術院側で何か動きはあったか?」

「……さぁ、俺はもうあそこにはあまり立ち入っていないので、よくは知りませんよ」


 ぶつぶつと言い訳するような言い方だった。


「まぁ、とにかく今の私たちは向こうの捜査をどうすることもできない。だから、情報を集めて、弁護士でも雇う費用を稼ぐしかないだろう。だから、二階層の探索を進めよう」

「で、仲間に当てがあるって言ってたのはどうしたんだ?」

「すまない。無理だった」

「そうか……じゃあ、組合の紹介所にでも行くか? ちょうど今は探索者学校の卒業時期だし、いくらかいるんじゃないか?」

「……みんな冒険したいんだ。死体をさらうようなことをしますと言ってついてくるやつはいるか?」

「それは、そうだな……」


 足元に転がっていた石を蹴ると、それはあまり遠くまで転がっていくことはなく、萎えてしまった。


「今日はどうするんです? 結局迷宮には行くんでしょう」

「あー、まぁ、そうしようかな……」


 久しぶりの迷宮だ。入場門へと続く長い長い列の最後尾に並び、三人はなんとも言えない思いでいた。


「依頼書の写しを何枚か持ってきた。パーティーの仲間が罠にかかって死んだだの、湖のそこにいるだの、そういうのばかりだ」

「俺たち向きの案件ばかりだな」

「そういえば、アランは蘇生試験受かったのか?」

「えぇ、もちろん」


 暇を持て余した誰かが、即興詩人のように竪琴を鳴らして歌った。

 

 まるで戦の前のように、高揚した雰囲気を高めているかのようで、過去の大陸戦争時代を想起させるような風景だった。


 歌声は移動する。

 列が動き、迷宮の門は開かれた。

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