第17話

 院長先生がこの場に居たなら、きっとこういうだろう。

「組合の犬畜生が!」と


 組合の使者に手を出したら、二度とこの街で日の目を見ることは叶わないだろう。それだけに、あの組織の影響力は強い。


 俗に「失せ物探し」と呼ばれる術式を展開し、ユウゼンは部屋の中にある数多くの書類、書簡、蔵書の中から証拠となりうる文字列を探しているのだろう。通常、術者が術式展開している間は、半瞑想状態に入り無防備になるというのに、この男はフラフラと部屋の中を歩き回っていた。


 引き出しを開けては全てのものを取り出し、ごくありふれた日用品でも全て観察される。


「君らのご主人は相当警戒心が強いようだな……」

「……探しても証拠なんて出てこないと思うがな」

「そもそも、なぜ先生がそんなことをしたという話になったんでしょうか。あの方は、迷宮で死んでいたのに……」

「まず、迷宮に入っていた時期、時間、場所が一致した。そして、殺害方法が彼女にしか不可能なことだったから、だ」

「不可能なこと?」

「はっきり言おう。二階層を塞ぐ竜の正体は、君らのところの院長だ」

「今なんて?」

「所謂ーー同調だな」

「同調? まさか、あれは始祖にしか起こらないはずじゃ……」

「ベルベネットは、純血の血統だ。彼女は迷宮の魔力に対抗できるほど、適性がなかったらしい。あれは死んでいるんじゃない、意識を迷宮に持っていかれたんだ」


 迷宮病。それは、迷宮内を流れる魔力に拒否反応を起こすことで発病する病。症状は様々であり、命の危機に瀕する事例もあれば、精神を犯され、廃人になる者もいる。迷宮に長期間潜る間に、魔力に順応する者もいれば、呑まれてしまう者もいる。ベルベネットは後者だったというわけだ。


「竜に意識を持っていかれたから、あんなに死傷者が出たんですよね? でも、今回は先生なにも悪くない……悪くないですよ!」

「……医者に、迷宮病の宣告をされたにもかかわらず探索を続けた。これは明確な法律違反だ。つまり、自分が他の探索者を殺傷する危険があるのに、行ったんだ。これは立派な犯罪だな」


 なにも言い返せなかった。向こうが正論を言っているのは、明らかだったし、何かやり返したらここの施設自体がなくなってしまう危険すら生じる。


「フン、診断書の内容を書き換えた、か……」


 ユウゼンは診断書を丸めて、懐にしまい込んだ。


「協力ご苦労様。僕はもう帰るが、弁護人を付けたければ組合まで来たまえ。いい人間を紹介しよう。茶を馳走になったな」

「これから、私たちはどうすればいい」

「経営自体を組合に委任するか、さもなくば自分たちでどうにかしろ。今まで、組合の介入を拒んで自費で活動を行ってきたのはそっちだからな」


 玄関から外に出ていくのを見送ったのち、二人は頭を抱えた。


「病気……」

「私たちを心配させないために黙っていたんだろうな、きっと」


 冗談じゃないと叫びたい気分だ。それは、数日間に起こった変な出来事とも関係しているし、単に休みなく働いたせいでもある。


「迷宮の中に先生は、いる。きっとあいつら二階層まで行って死体を探すよ。学術院の野営地においてあるんだ。どうしよう、先生が、先生がさらわれる」

「それは、本当?」

「間違いない。この目で見たんだ。どうしよう、もう取られているかもしれない」


 焦りで冷静になれない。今までこんなことになる日が来ようとは、思っていなかった。


「先生の身柄は、どちらにせよ向こうが預かるでしょうね。蘇生術を施して、尋問するんだと思う。有罪になったらこの施設は解散。子供の引き取り手はおそらく別の施設になるだろうけど……」

「だめだ。ここは私たちの家なんだぞ! せめて、ここは守らないと、帰る家が……」

「でも、迷宮病患者なんだからどうしようもないよ」

「あぁ……クソ!」


 壁を蹴りそうになったが、ローゼリカは残った理性でそれを押さえ込んだ。


「あぁ、そうだ。あの先生の息子さんには連絡を取らなくていいの?」

「アランか……? アランは、どうだろう……この件に関してどう思うだろう……でも、あいつ、自分の母親のこと嫌ってるらしい。だから、多分なにもしない。連絡しようにも、わからないし」


 考えあぐねていると、子供たちが大勢帰ってきた。

 この件は、ヤルキンにだけ知らせることにした。誰も不安にさせたくない。


 そして、一週間がすぎた。

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