第18話 虹の彼方に

 組合から出ていくと、頭上の空は曇っていて、今にも雨が降りそうだった。

 今日の調べものでは納得がいくような情報が得られなかった。無駄足ではないと信じたい。


 道ゆく人の足取りは早い。天候がそうさせるのか、夕暮れ時という時間帯がそうさせるのか。


 組合から救児院へのそこまで長くない道のりの中、迷宮帰りの探索者と幾度かすれ違う。この中で、何人が死んだことがあるのだろう。

 気にしても仕方のないことだ。迷宮関連の死は、何も身体的なものに限らない。怪我や病気、貰った呪いだけではなく、魔力が乱れることによって生じる精神病や、それに限らずとも心を病んで自殺してしまう、などということはまれにあるのだ。

 

 恐ろしい。死ぬことは、特に。

 どうして他にもやりようがあるのに、人は迷宮に挑むのだろう。金、名誉、冒険。そんなもの、酒場でいくらでも詩人が歌っているのに。英雄譚を聞いて満足できないのだろうか。


 精霊信仰が根付く西大陸において、今時珍しくもない無信仰者ではあるが、いつもローゼリカの無事を祈らずにはいられない。都合の良い時だけ、お願いするのだ。


 救児院前の道路に、見慣れない人がいた。正面玄関の前で突っ立っているその人間が邪魔で、それと同時に怪しくて、クーゼリカは声をかけた。


「ここ、どいていただけますか?」


 年若い少年のようだった。小児性愛者や宗教の勧誘でないと良いけれど、と切に願う。

 ただ、身なりだけは綺麗で、東大陸からの輸入品である、最近流行りの腰巻を身につけており、腕輪や首飾りも高そうな宝石がついていた。

 いかにも、な格好ではあるが宿屋街では目立つ格好だ。

 おそらく、腕利きの魔術師かそれらの類だろう。そして、間違いなく探索者だ。


「……ここの施設の管理人か?」

「代理ですが、一応」

「ローゼリカという探索者がここに住んでいると聞いたが、間違いないだろうか」

「聞いておきますけれど、どういう用件でローゼリカを訪ねられたんでしょうか? 聞けないことには入れられませんよ」

「なに、見ての通り僕も探索者だ。僕の死体を彼女が運んだというのでね、一応顔だけでも見ておきたかったんだ」

「はぁ、なるほど? もしかして取り分に関する話ですか?」

「それもあるんだが、少し話したいことがあるんだ。通してくれないか?」

「……一応、居間でお待ちください」


 居間の座椅子に座らせ、中にいるローゼリカを呼ぶ。

 ちょうど子供たちは外に遊びに行っているらしく、ヤルキンはそれを見に行ったようだ。

 ローゼリカは一人、窓の拭き掃除をしていた。


「え……? なんで?」

「だよね、今までこんなことなかったよね」

「……まだ謝礼が振り込まれたか確認してないんだけど」

「見た感じ、金持ちっぽいよ。いっぱい入るんじゃない?」

「……」


 ローゼリカは複雑な表情を浮かべ、手袋を外し、居間へと向かう。

 少年は、客人用の柔らかい座椅子に腰掛け、堂々とくつろいでいた。ローゼリカが正面の椅子に座ると、寄りかかるのをやめ、姿勢を正した。


「……ローゼリカ・アゼルは君であっているか?」

「まぁ、そうだけど。そっちは?」

「申し遅れたか、すまない。ユウゼン・スメラギだ。東大陸人は家名を前に置くのでね、本当はスメラギ・ユウゼンというのだが、今はどうでも良いだろう。……さて、君とヤルキン氏が一緒に組んでいる中に、アランという死人かぶれの男がいるだろう? 彼は元気か?」


 茶を差し出すと、蝶でも摘むような仕草でコップを持ち上げた。ローゼリカは顔をしかめる。


「アランとはどういう関係で?」

「まぁ、そうだな。以前の仲間だ。僕は組合に所属する以前、学術院に籍を置いていてね。その時の知り合いだ」

 

 美味い、と呟いて茶を飲み干す。


「まぁ、元気だろうな。毎日死ぬことしか考えてないから、死にたがるのは日常光景だ」

「そうか、変わらないようだな。安心したよ」


 ローゼリカとそこまで年は変わらないだろうに、なぜか外見に似合わない仕草でうなずいてみせる。

 クーゼリカは会話がギリギリ聞こえる位置で書類を眺めていた。


「さて、僕の死体を拾ってくれたことには感謝しているよ。今回はそれの礼を言いたくてね」

「あ、あぁ……この前の」

「そうだ。竜の巣の焼死体だ」


 ローゼリカは、あの炭のような体を思い出し、少し寒気がした。


「僕が最後に迷宮にいたのは一週間前だから、どうやら死んでから少しの間、放置されていたようだな。助けに来てくれないし、あのまま放置されていたら、危なかっただろうな」

「……蘇生保険をかけていたのか?」

「そうだな、学術院の方で労働保険に入っていたから、そうなるな……まぁ、それはどうでも良い。そうだ、さっきお茶を淹れてくれた方、出てきてくれないか」


 呼ばれたので、出てきた。


「あぁ、君は院長代理と言っていたな。本当の院長は、どこだ?」

「ただいま不在にしていますけれど」

「院長室を拝見したいのだが、良いだろうか? ああ、許可なら出ているよ」

「え、それは……」

「クーリャ! 組合の……!」


 ユウゼンは書簡を取り出し、広げた。組合の印字と組合長の署名が記されたそれは、捜索令状という文字が書かれている。


「ベルベネット・ネムの捜索を任された者だ。彼女には殺人容疑、探索妨害容疑がかけられている。公正な調査だ。どいてもらおうか」

「ここは子供もいるんだぞ!」

「疑わしきを罰してはいけないだろう?」


 院長室に入り、引き出しという引き出し、机という机の中身を探られた。


「なぁ、こいつ本当に組合の人間なのか?」

「疑うなら、今から行って確かめても良いぞ……まさか、これを疑うわけじゃないだろうな?」


 令状を見せびらかし、術式を展開させ、部屋の中を隅から隅まで検分する。


「……こんなことなら助けるんじゃなかった」

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