第17話 怪しい案件

 寝台に横たわり、ようやく一日無事に終えられたと安堵する。

 子供たちの保護者という名目上、夜中に起こされたりすることが多いので最近寝不足が続いていたのだ。

 日中、気を抜くと椅子に座ったまま寝てしまっていたり。そういうことが、よくある。


 彼女は昼間のことを思い出していた。ローゼリカ曰く、院長先生には子供がいた、という話。

 その時は聞いたことがないと言ったが、よくよく思い出すと心当たりがあった。

 院長室の書類を漁っていた時、医者の書いた書類が見つかったのだ。

 その中に、「経産婦」という文字があったような、そんな気がした。

 そんな気がした、というかそう書いてあった。確実に。間違いない。

 先生のものではないと疑っていたが、よく考えれば、他人のそれを持っているはずがないだろう。

 

 例え、先生の過去に何があっても、深掘りしないつもりだ。

 この救児院は、彼女なしで切り盛りするのには限界がある。

 この施設はおよそ50年ほど前に設立されたらしい。今の院長は二代目で、一代目の院長から引き継いで運営されている。

 探索者の遺児を保護するという名目上、補助金が出ているがそれだけではまだまだ足りない。

 今の院長は、探索者のツテを使って、食材を調達したり、そもそも迷宮に潜って出土したお宝を売り捌いて、ようやく子供たちを満足に育てられるのだ。

 ローゼリカの稼いでくるお金も雀の涙。無駄遣いはできない。

 

 金だ。金がいる。

 医者になったのは、稼ぐためだ。本当なら、ローゼリカにここを任せて、自分が稼ぎに出たいのだが、彼女に書類仕事や役所との手続きを任せられるだろうか。つい最近成人したばかりなのに。

 自分が、心配性なだけかもしれない。

 過保護だと、よくそう言われる。

 ただ、心配だった。

 

 金のことを考え、将来を思い描くと頭痛がする。

 夜中であるにもかかわらず、呼び鈴が鳴った。


「あーもう、はいはい、出ますよっと」


 重い足取りで、玄関まで向かう。

 覗き穴から相手の顔を見ると、背の高い男が一人、暗闇のなかで立っていた。


「……」


 クーゼリカは、開けようか開けまいか、迷った。

 救児院は、日中は怪我をした人間の治療を行う診療所として開けている。

 夜中に駆け込む人もいなくはないが、変質者を受け入れてからでは遅いのだ。


「……どなた?」


 暗闇に向かって問いかける。


「……ここは、救児院ですか?」


 男の声が返ってくる。


「そうですけれど、もう夜中ですよ。用事があるなら、明日の朝以降にーー」

「ここの院長は、人殺しだ」


 思わず唾を飲み込んだ。男の声は淡々としている。嘘をついているのか、騙そうとしているのか、それとも事実を伝えにきたのか。


「迷宮内で、やつは殺人をした。それだけじゃない、組合の法を犯し、人の道も外れてしまった……この罪は、重いぞ」

「ちょっと、なんでそんな……」

「いいか、忠告しに来ただけだ。どこの組織も隠蔽しているが……組合の資料を漁ってみろ、あの女が失踪した時期から、迷宮二階層での死亡報告がよく出ているはずだ」


 嫌がらせにしては手がこんでいる。

 そのまま、男は暗闇の中に消えていった。


 明くる日、男の言っていたことが気になったので、買い物のついでに組合に立ち寄ることにした。

 ローゼリカに留守を任せ、日用品の買い出しにきたのだ。

 

 組合の中は、様々な格好の男女と、壁一面に貼り出された依頼書の数々、そして、異様な倦怠感に包まれながらもどこか騒々しい。

 一般人感丸出しの服装で中に入るのは、いくらか緊張する行為だ。

 ただ、組合は行政機関的な役割を兼ねているので、似たような格好の市民は目を凝らせば、ちらほらといる。

 入り口を間違えたな、と思った。

 迷宮門前からではなく、別の場所から入ればこんな光景に出会す必要はなかっただろう。


 入ってすぐの酒場兼待合室を経て、奥の組合事務局へと移動する。

 いくつかの受付には、迷宮帰りの探索者が組合員と話し込んでいて、特に換金所のあたりには長蛇の列ができていた。


「相談受付」のところに並ぶと、五分程度で案内された。


「こんにちは、こちらは探索者組合です。今回はどのような相談でしょうか?」

「あー、ここ最近の死亡記録を拝読したくて……」


 組合員は、机の下を手で弄った。そして、分厚い紙の束を突き出す。


「はい、こちらが死亡記録です。新しい死亡者が登録されましたら、自動で上書きされますので。あちらの閲覧室でご覧ください」


 案内された先は、小さな図書室のようになっていた。

 壁沿いに2メートルほどの高さの本棚が並んでおり、中央には机と椅子が配置されている。

 皮張りの座り心地の良い椅子に腰掛け、頁を捲る。

 他の利用者はいないので、その音だけが響いていた。


「……」


 迷宮の死亡記録は、氏名、階級、死因と死亡階層が記されたシンプルなものだったが、確かに二階層での死亡が多い。半年前の記録を見てみると、二階層での死亡割合はそれほど高くないのだ。

 焼死、胴体切断、窒息死の順に死因が多い。


 ただ、人間が3ヶ月の間迷宮にこもってここまでの数を殺せるか、疑わしい数だ。

 複数のパーティーが同時に殺されている。

 いくら黄金等級の探索者でも、このような大掛かりな殺害を行えるだろうか? それに、殺したところでなんの得がないのに。

 どれだけ非合理的な性格でも、快楽殺人を行ったりするような非人格者であるとは思えない。


 何か、あるのではないだろうか。

 裏で糸を引いている人間がいるのだろう。

 そうでなければ、ここまでの人を殺したと断定されるはずがない。

 そもそも、あの男が嘘をついている可能性だってあるのだ。


 こうしている間にも新しい頁が増え、紙束はだんだん分厚くなっていく。


 クーゼリカは諦めて本を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る