第12話
夜も深まり、星が眩く輝く。街頭の明かりが煌々と照らされていた町は、不夜城のごとく欲望に煌めくこの町が眠るには、まだ少しの時間が必要だろう。
三人は、それぞれの帰路につくため、別れた。酒が入ったせいで、少し体温が高い気がする。この時間帯であるならば、スリに合わないように気を配らなければならない。
「ヤルキン、たまには院に遊びにきてくれよ」
「そうだなぁ」
二人は住んでいる区画が同じなので、自然と同じ道を共だって歩いた。
街灯が眩しい。迷宮の中は、ある一定の状態で固定されているため、外に出ると一種の時差ボケのような状態に陥るのだ。
不規則な生活をしているので、ローゼリカの額には出来物ができていた。潰すわけにもいかないが、あったらあったで面倒なものだ。
「チビ達があいたがってるぞ」
子供というのは、どうしてあそこまで元気が有り余っているのだろう。あの体力の源を探れば深淵に辿り着くかもしれない。
「明日あたり、土産でも持っていくか」
「それがいい」
贈り物に困ったときは、自分が相手の立場だったら何が欲しいかを考えればよいという助言をもらったことがある。砂糖漬けの花びらは女の子が喜びそうだし、大量の焼き菓子は、食べ盛りの子供には嬉しいだろう。小さい子供というのは、意外にも相手が自分にどのような価値を置いているのかという点で、人間を推し量る。いいお兄ちゃんと思われたいのなら、それなりの出費は覚悟しなくてはいけないだろう。
「……ところで、院長先生の件なんだが」
「クーリャに言うかどうか、ってところだな」
「そうなんだ。正直、遺体が上がったけれど、伝えていいのか迷っている。まず、どうしてこうなったかわからない以上、むやみに混乱させるような情報を与えていいのかと思うんだ」
ローゼリカから伝え聞かされているクーゼリアの様子は、とても切羽詰まっているようだった。こうして帰路についている間も、必死に仕事をこなしているのだろう。
「恐らく、いや、確実に仕事と心労を増やす羽目に……」
「先生が生きていれば迷うことはないのだけど、あの遺体に外傷が見受けられなかった以上、ただの事故死であるとは思えない。今まで、見てきたからわかるんだ。あれは正直、異常だと思う」
「確かに……外観にわかりやすくでない死因だとするなら、あそこに上がっているのはおかしいからな。呪いで死ぬとしたら、もっと下でないとあり得ない。あそこには魔術の施された罠はないからだ。あのキャンプに置かれている訳がない」
「私はおそらく、他殺だと見ている」
ローゼリカの口から、物騒極まりない単語が飛び出した。ヤルキンも、脳の片隅によぎらなかった訳ではない。が、可能性としてはほぼあり得ないと言っても過言ではない原因なのだ。
「正直、あのキャンプ──学術院の施設自体が怪しいんだ。学術院が先生の遺体を持っていることが、まず私には不可解なことに思える。それに、竜の出現時期と、先生の失踪時期が、被っているんだ」
黙って、唾を飲み込んだ。
「犯人の、目星は」
「個人ならまだ、対応のしがいがあるだろうな。対組織なら、どうしようもない」
「おいまさか、学術院に殺されたなんて言わないだろうな」
「わからない。そうでないことを祈りたいけれど、確証がない。アランも──あいつも訳がわからないことをいうし、もう、混乱しそうだ」
ローゼリカは、大きくため息をついてこめかみを抑えた。推理、厭、推理とも呼べない与太話のような話ではあるが、妙に説得力を感じたので恐ろしかった。事態は、石ころが坂を転げ落ちるように、暗礁へと向かっているのかもしれない。
「……悪い、考えすぎたかもしれない。明日、よろしくな」
「ああ。今日はもう、早く寝ろよ」
「そうする。おやすみなさい」
「おやすみ」
帰り道、嫌なことを考えないように、夜空の星を見上げた。一等星も霞むかのように輝く街の光も、天上で燃える星には敵わないのだろう。全てを燃やし尽くす未来か、あるいは明るい出口へと向かう希望なのか、歩みを続けないことにはわからない。
(先生、俺の選択はこれでよかったのだろうか)
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