第11話
「ここでまた蘇生したら免停だな」
ローゼリカは足元に転がった死体を見下ろし、そう言った。
真っ黒焦げで、人型の石炭のような焼死体。服も焼け焦げ、元は美麗な装飾が施されていたであろう布地も、今は何が描かれていたかも読み取れなくなってしまっている。
「なぁ、どうしてこいつにしようと思ったんだ。数多くある中から」
「いや、知った顔だったから」
「どこで?」
「こいつ、詮索願いが出されていた。特徴が分かりやすかったし、報酬も良かったから覚えていた」
ローゼリカは死体の傍にしゃがみ、崩れそうな布を摘み上げた。
「この処理の仕方、わかるか? ここの合わせの箇所に余裕がある。東大陸では、服をこういう風に裏地を付けずに仕立てるんだよ。それに以前、この服を着ていたやつが、説明会に紛れていた」
「あぁ! そういえば。よく覚えていましたね」
「東大陸……? それはすごいな」
「西大陸まで渡ってくるんだ。いくら流れ者だとしても、持ち物は高く売れる……」
服の前を寛げると、燃え尽きずに残っていた呪具や護符などの携帯品たちが、ぽろぽろと出てきた。
「お、当たりだ当たり」
「フン、私にかかればこの程度、造作でもない」
ローゼリカはそれらを一個一個を手に取り、確かめる。あの炎に焼かれても原型をとどめているということは、相当に価値のあるものだろう。
「間違いない、貴族か金持ちの持ち物だ。贋作じゃない……この護符なんて、不死鳥の羽が使われている……売ったらいくらになるのやら」
「この呪具なんて、博物館に置かれていそうな……素晴らしい、このまま持って帰りたいくらいだ……!」
「ちょっとくらい、盗んでもバレないんじゃないか?」
「これだけの物持ちだから、蘇生保険もかけているはずだ……それに、換金したらすぐ足が着くだろうが」
「じゃあ、この護符くらいだったら報酬でもらってもいいでしょうか」
「交渉次第だろうな」
「換金して山分けしても、四年分くらいの金になりそうだ」
ローゼリカの声は、いつもより甲高く、堪えきれない興奮の色が見えた。
全員が、歓喜に打ち震えていた。絵面は完全に強盗殺人なのだが、間違いなくこれは冒険だった。
「不死鳥の羽……迷宮の最深部に潜って帰ってきたくらいの額にはなりそうだ」
「ひとまず、地上に上がらないと話にならないぞ」
ローゼリカは死体をおぶった。上へと続く階段の中、背中を任せる二人の顔を見た。今日の探索で得た結果は、あまりにも大きかった。大きすぎた。一人で抱えるには、あまりにも重かった。
死体は、炭のように黒く、少しでも気を抜けば全て崩れ落ちそうだった。今まで、胃液まみれの遺体やら、ぐちゃぐちゃの肉塊まで、さまざまなものを背負って階段を登った。二人というのは、孤独ではなかったが、寄せ合うには頼りなかった。三人になった今、自分が、仲間を信頼できるかすら疑わしくなった。親子であるということ、血縁であるということは、どうやっても切り離すことのできない強力な因縁である。今まで積み上げてきた価値観が、足元から脅かされている。たった今、自分を守っているこの人間は、一体何者なのか。化け物でも見るかのような目を、自分はこれにむけている。
この男の背後に迫る何か。尊敬する人間の死には、強烈な何かが潜んでいる気がしてならない。この熱気に当てられないように、冷静でいなければ。
安置所に遺体を送り届けた。建物の中には、仲間の遺体に縋り付く者、高額な蘇生費を突きつけられ、亡き脅しにかかる者、さまざまな人間がいた。
死体回収の仕事は、一段と下に見られがちであるが、意外と同業者は多いものだ。見知った顔が、報酬の手形を受け取っているのが見えた。
「蘇生に失敗したってどういうことだよ! ええ!」などと、怒鳴り込む厄介な人もいる。ああ、運が悪かったのだ。何回も見た光景であるから、別段心揺るがされることはない。たった一つの肉片から、全身が再生することもあれば、生きているような安らかな顔をした肉体がそのまま朽ちることすらある。
「気分悪ぃ、帰ろう」
印書の写しを貰い終えてまで、ここに居残る意味はない。この体の持ち主を取り戻したいと思った人間が、微笑むか否かは、仕事には全く関係のない話だ。
「学術院が、先日竜討伐のために探索者を編成して送り出したのは知っているだろ」
「あぁ、でも全滅したんですよね」
「おかしいと思わないか? 学術院の最初の派遣隊は、もう30階層まで到達しているんだ。そんな最前線を走るような奴らが所属している組織が、わざわざ外から人を呼んで、竜にやられた。今まで、対策を練れば死者を出さずに討伐できた竜相手に、全滅したんだ」
「もしかして、今の竜は」
「そうですね、変異種です」
アランはさらっと言ってのけた。
周囲のざわめきに、三人の声はかき消されてしまう。騒がしい酒場「三つ足コンドル亭」の夜は、安酒と踊りを求める若者たちで今日も賑わっていた。三人は、1番安い麦酒を一杯頼んで、すでに数十分粘っているところだった。
「なっ……じゃあ、組合もその情報は知らないのか?」
「いえ、知っているはずですよ……どういうわけか、学術院側は秘匿しているらしいですね」
「最近の死者数が跳ね上がっているのは、竜のせいだ」
「変異」とは、浅い階層に住む魔物が突如として強い魔力と同調し、深い階層の魔物に匹敵するような強さを得てしまうことであり、それを発症した魔物を変異種と呼ぶ。
本来ならばそこまでの脅威ではない魔物が、姿形を変えずに力だけを増やして襲いかかってくるので、探索者に取っては脅威でしかない。こういう場合、高い等級の探索者を編成して討伐に向かうのが普通であり、組合を通して依頼書が貼られるので普通の探索者も情報がいくのが一般的ではあるが、今回の場合はその告知がなされていない。
「じゃあ、俺たちの商売にうってつけの状況じゃないか」
「いや、そうでもない。あの竜が二階を塞いでいるせいで、高い等級の探索者が低い階層にあぶれている。そのせいで、あの竜の巣以外になると上がってくる死体の数が減っている」
「何度も竜の巣に行くのは現実的な稼ぎ方とは言えませんね、博打を打っているようなものです」
「だから、アランの方で竜の動向を掴んでもらえないかと思っている。それに、その、院長先生の遺体があそこで上がっていたのも気になるんだ。発生状況や、経過の観察は学術院なら当然行っているんじゃないのか?」
ローゼリカはいつにもなく饒舌だった。知的好奇心とはまた別の、真相を解き明かしたいという気持ちが前にでている。謎、というより今回の事象には不可解な点が多かった。
「まぁ、その方針に異論はないな」
「俺も、それでいいですよ。調査隊から外れただけで、別に組織から追い出されてしまった訳でもないですし」
話し込んでいると、後ろから給仕の女性が近寄ってきた。
「お客さん、お皿片付けますねぇ。追加のご注文はよろしいですか?」
「あぁ、結構です。お会計に移りたいんですが」
「あ、はぁい……ねぇ、宿は使って行きませんか?」
「……組合の金庫から引いておいてください」
所属印の番号を書き取り、店員は残念そうに戻って行った。
「ここって2階は娼館だったよな」
「昔、知らずに宿を使って気まずい思いをしたことがあるんだが……」
ローゼリカがげっそりした顔でボソっとつぶやいた。相当面倒な思いをしたのだろうか。
「最近、ここでも合法になりましたよねぇ、医療関係の魔術師が監督していれば大丈夫だなんて」
「前なんて、街頭で立ちんぼがわんさかいたからなあ。ちょっと背が高ければ子供でも平気で客びきされるんだ」
「この街で、できないことなんてないんだな」
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