第10話
三人は、竜の視界に入らないように、死角を狙い岩陰から岩陰へと移動する。
三本頭の竜が噴射する炎の息は、探索者たちを容赦無く焼き殺そうと吹き荒れる。
今は竜に挑んでいるパーティーはいないようで、竜も大人しい。
ただ、地面には前回、前々回に挑み、失敗した探索者の死体がそこらかしこに捨て置かれていた。
竜の硬い鱗は刃を通さず、大人数で挑まなければ足止めすることも不可能。
逆に言えば、ここまでたどり着く探索者はそれなりの実力者であるので、装備している武器も上物が多いのだ。
「右だっ! 右の死体!」
ほぼ原型を留めない探索者の死体を担ぎ、三人は走る。
竜の影に隠れ、獲物を狙って待ち伏せをしていた火蜥蜴や、鬼火もどき、石鼠が三人の行手を阻む。
「……水の理、焔を打ち消し、灰は流れる……セイレーン! 呼び声に応えよ!」
アランが精霊と交信し、水の塊が魔物をなぎ払う。
飛び散る水しぶきがかかることを気にする余裕はない。
術者以外には、等しく全員を傷つけるような強力かつ、厄介な精霊を呼び出したらしい。
ローゼリカの頬に、一筋の血が流れた。
精霊と交信中は半瞑想状態に入るので、アランは無防備になる。それを守るために、突進してくる魔物は、ヤルキンが挑発して注意を逸らす。
ちらちらと、魔鉱石のかけらが空中に飛び散った。
鉱石を媒体に召喚したらしい。
相当切羽詰まっているのだろう。
貴重な鉱石を、惜しみもなく使っては放り捨てていた。
「クソ! 数が多い!」
「出口まで後何メートルですか……?」
「50メートル……!」
目を閉じたアランの手を、ヤルキンは握った。
人の高さほどある岩が、迷路のように行手を阻む。
脳内の地図を辿るように、元きた道を進む。
「竜が! こっちを見た!」
ローゼリカが叫んだ。
竜の子供が母の懐を抜け出し、こちらへと飛翔してくる。
「ヤバい! 走るぞ!」
ヤルキンがアランを引っ張って、走る。
それでもアランは集中を見出すことなく、精霊と交信を続けていた。
竜は縄張り意識が強い。巣に足を踏み入れる際は退路を確保し、強力な息攻撃には注意しましょう。
そんなことを、学校で教わった気がする。
「……」
ローゼリカは走りながら、背中の死体の重みを感じていた。
「ロゼ! ボサッとしてないで、次はどっちに行けばいいか、早く!」
気づくと、二手に別れた道が目前に迫っていた。
歩みを止めることはできない。
岩に、腰に吊り下げた魔鉱石の一部をぶつけた。体ごとぶつけたので、腰に鈍い痛みが広がる。
両手が塞がっている上に、走りながらなのでこうするしかなかったのだ。
耳鳴りのような音が反響した。
(聞き分けろ……安全な方を……)
全神経を耳に集中する。
音鳴りと呼ばれる、魔物相手にだけ聞こえる特殊な快音波を発生させる使い捨ての道具だった。
ローゼリカは血に由来した特殊な聴力を持っている。
なので、このような音も正確に聞き取ることができるのだ。
「左! 左へ入って! 次の角は右!」
竜に追いかけられるがままに走っているので、行きの道を辿ることはない。
竜の息は、遠くまで届く。逃げ惑う探索者に追い討ちをかけるように。
「クソ! こんなの二階層にいていい敵じゃねぇ!」
「障壁展開!」
アランが炎を防ぐ霧を発生させる。
二人の護符はもう使い物にならない。
地面に転がったゴミにかまっている暇はなかった。
「ここで殺りましょう……」
「はぁ!? 正気か?」
「小竜一匹なら、三人でなんとかなるかもしれません……それに、ここの岩、動いてますよ。行きと位置が違います。走り回って無駄に体力を浪費するよりかは、ここで決着をつけましょう……」
「私は乗った!」
洞穴のような行き止まりに入りこむ。
まるで袋の中のネズミ。
だが、希望はある。
ローゼリカは真っ先に反転し、死体を地面に放り捨てた。
腰から一本小瓶を取り出すと、叫ぶ。
「毒を投げる!」
一本200ガレオンの、人体及び魔物に有害な水が詰まった小瓶だ。
誤って飲み込むと、肺に毒気が廻り、全身が痺れ、呼吸ができなくなる。目にかかれば失明、肌にかかれば火傷をする、
危険な代物だ。
しかし、多くの探索者はこれに頼っている。
ローゼリカの投擲は成功し、竜の目はドロドロと溶けた。
鶏が鳴くよりも数段高い声をあげ、竜は母親を呼ぶ。
洞穴の入り口に頭をぶつけ、よろめいた。
ヤルキンがすかさず飛び出し、剣で腹を裂く。
竜は落ちる。しかし、最期の大暴れとばかりに炎を吹き出し、鼓膜が破れそうなほどに絶叫する。
アランは、二人に取っては聴き慣れない言葉を紡ぎ、手で印を作る。
魔鉱石が割れ、辺りが一瞬、火傷しそうな程の冷たさと光に包まれた。
恐る恐る目を開けると、竜の子供は全身を氷で覆われた状態で絶命していた。
「……精霊使いだけじゃなかったのか」
「はい。本来の専門はこちらなので」
「古代語……石を触媒にする魔術か。燃費が悪そうだが、一撃の重さから考えれば妥当、か」
拳大程の石は、塵と化して風に吹かれる。
アランは、凍った竜の翼を叩き折った。あまりにもあっさりと、それは地面へと落ちた。
「さて、戻りましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます