第9話 竜が右向きゃ尾は左


 ヤルキンはそっと胸を撫で下ろす。

 ひとまず、一触即発の事態は回避した。

 本当に協調性のない二人だ。

 感情的で、勢いだけの二人。

 典型的な若い探索者には、こういうタイプが少なくはない。


(俺がどうにか間を取り持たないと、崩壊するな)


 目先のことに意識を逸らし、騙し騙しでやっていくしかない。どこもそうだ。ここが特段荒れているわけではない。

 悪い二人ではないのだ。

 それをヤルキンはよくわかっている。


(それにしても、ローゼリカはまだまだ子供だし、アランは底が見えない。俺って、もしかして変人二人にぶち当たった……? 貧乏くじってやつか?)


 二人とも技術がある分、余計に残念だ。もっと人数を増やせば、討伐隊として、迷宮探索の最前線に潜ることも難しくないかもしれない。


 まぁでも、それは夢のまた夢の話だ。


「アラン! 後衛はもっと後ろについていてくれ!」


 そう叫ぶと、二人は後ろを振り返った。


 キャンプが見えなくなった。

 しばらく歩き、火蜥蜴数匹を相手した後、三本に別れた通路に差し掛かった。

 先の戦闘で、連携が乱れたり、事故に見せかけてローゼリカがアランを痛めつける、なんてことがあったら、ヤルキンは即刻自殺しようかと思っていたが、そんなことはなく、順調に探索は進んだ。


(だめだ、思考が毒されている……)


 問題解決の手段として自殺を考えるなど、今までなかったことだ。


「真ん中……と見せかけて左かな?」


 ローゼリカが通路を一本づつ調べている間、二人は暇を持て余していた。

 強烈な火力で敵を内側から爆破するアランに、素早さしか取り柄がないローゼリカが勝てるはずがない。もし、斬りかかろうとしたら、すぐに心臓が爆発するだろう。

 不意打ちで襲い掛かれば勝機はあるかもしれないが、真正面から斬り合えば、負ける。


(いやいや、なんで殺すことが前提なんだ……ロゼはもう、そんなことはしないだろ)


 地図を片手に、行くさきを偵察する姿を見て、保護者のように成長を実感する。


「慎重に慎重を重ねるのが、ローゼリカのやり方だな」

「まぁ、二人だけでやってきたのですから、わからなくはないですよ」


 どんどん先に進んでいってしまうアランにセーブをかけるのも、仕事のうちだった。


「俺は右だと思う。なんとなく、だけど」

「俺は左に100ガレオン賭けますよ」

「おお、賭け事か」

「たまには探索者らしく、ね。酒場と違ってイカサマは通じないですよ」

「乗った。ギャンブルは息抜きにちょうどいいからな」

「へぇ、真面目なあなたにしては珍しいですね。断れられるかと思いました」

「この剣は、博打で手に入れたものなんだ。そうじゃなかったら、俺がこんな良いもの持っているわけがない」


 それは子供の頃、歳を偽って入場した賭博場で、探索者から勝ち取ったものだった。


「鑑定書がないから製作者はわからないんだがな、珍しい乱れ刃なんだ。元の持ち主はサフェニアって呼んでたんだけど、きっと恋人の名前だな」

「へぇ、サフェニア……精霊と最初に交わったとされる女性の名前ですね」

「そうなのか? じゃあ、あの探索者は精霊信奉者だったとか……」

「でも、女性の名前としては比較的ありふれたものですから、恋人の名前という説もあり得なくはない話ですね」


 改めて、アランの顔を見てみる。確かに、院長先生に似ている。目元の辺りなんかは、特にそっくりだ。


「俺の顔、何かついていますか?」


 ずいっと近寄り、見下ろされると変な威圧感があった。

 絵画のモチーフになりそうな綺麗な顔なのに、じっと見ていると動くので変な気分だ。


「いや、なんでもない……」

「まぁ、気になるのはわかりますよ。いきなりあんなこと言って、驚かせてしまったでしょう。混乱するのは、普通のことです」

「……あぁ、ローゼリカは特に院長先生のことが好きだから。それに、まだ子供だし……先ほどのことはあまり気にしないでくれると助かる」

「別に、いいですよ」


 怒っているのか気にしていないのか、どちらとも取れる口調だった。

 ヤルキンの肝は冷えっぱなしだ。

 こんな優秀な探索者、他にはいない。逃したくない。

 だからといって、気を使いすぎるとかえって逆効果になる。


「……これはどうでもいい、ただの戯言だと思って聞いて欲しいんだが、もし、あの死体を生き返らせたら、どうする?」

「……質問の意図がわかりません」


 今まで聞いたことのないような、冷ややかな口調だった。

 ヤバい、怒らせたかもしれない。

 ヤルキンはおそるおそる顔色を伺うが、いつものような微笑を湛えたままだった。


「基本的には、何も。ですが、どうして俺をあんなところに置いていったのか理解に苦しむので、それについては聞くかもしれませんね……まさか、俺があの人に何かしようと思っていたなんて、考えたんじゃありませんか? そうだとしたら、勘違いですよ」

「あ、はは……そうか。悪いな、俺も親がいないから、もし会えたとしたら色々と聞くかな、と思ってな」

「そうですか、ぜひ質問攻めにしたらいいと思いますよ。きっと答えてくれるでしょうからね」


「おい、右から行くぞ。どの通路も先は竜の巣だが、右が一番いい」


 ローゼリカは、頬を煤で汚して戻ってきた。

 ヤルキンはほっと息をはいた。

 二人きりで会話をすると、どうにも変な空気になってしまうからだ。

 起爆剤になりかねないローゼリカもなかなか大変だが、気心がしれている分、マシだ。


「了解です。右ですね、ついたらどうしましょう?」

「ざっと見たところ遺体が一つあった。そいつを担いでずらかるぞ。私が担ぐから、二人は援護と荷物持ちを頼む」

「俺が全部もつよ。アランは流れ弾を弾いてくれ」

「はーい、わかりました。万が一死んだら、ごめんなさい。あと、掛け金の支払いは保留でいいですか? 今月はちょっとピンチなんです」


 右の通路に入ると、火傷しそうなほどの熱気が立ち込めていた。


「なんだこれ! あっつ!」

「我慢しろ……! 護符の無駄遣いをしたら帰りが持たない」


 特殊な呪文が刻まれた木製の札は、火傷を防ぎ、熱気を減少させる効果がある。

 魔術が使えないので、こういったものに頼る必要がある。使い捨てで、一枚500ガレオン。それを4枚購入して2000ガレオン。

 決して安い買い物ではない。


「いやぁ、気持ちいいなぁ」


 火の精霊の加護を受けたサラマンダーであるアランだけが涼しい顔をしている。



「ちゃちゃっと行って、パパッと帰るぞ……」

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