第3話

 探索を切り上げ、冒険者組合の換金所の列に並ぶ。いつだって冒険者組合の受付は混み合っているものだ。

 鑑定と換金は同時に行われ、これは魔術によって自動化されることはないらしい。

(非効率極まりないな、魔術師って何でこういうところで頭が硬いんだろう)

「番号札七十八番の方、どうぞ」

 呼ばれた二人は、腕を捲り、組合の所属印を見せた。受付の男性はそれを読み取り、読み上げる。

「赤銅等級のローゼリカ・アゼルさんと、同じく赤銅等級のヤルキン・ベージャンさんですね。……おや、ヤルキンさんは一度蘇生された記録がありますね。術者は……アラン・ネイム? お二人とは今まで接触歴がありませんし、彼は蘇生者資格も取得されていないようですが、どういうことでしょうか?」

 こちらからは確認できないが、向こうが掛けている鑑定用片眼鏡には蘇生者の名前が映し出されているのだろう。――つまりはモグリの探索者などではなく、名簿にも登録されている本物というわけだ。もっとも、肩書きまでが本物であるかは本人のみぞ知るところではあるが。

「偶然助けてくれた」

「……蘇生者資格の認定を受けていない方に蘇生してもらうのは、組合の規則違反なんですよね。けれど蘇生された側には責任はないですし……。あぁ、後で彼にその旨を通達しておきます。では、今回の鑑定物ですが、魔鉱石が百グラムに、青翼竜の羽が一対、それに死体から魔鉱石五十グラムに紅玉の原石が二十グラムになりますね。原石は研磨手数四千ガレオンいただければ、原石より八千ガレオン利益が出るのですが、お支払いいただけますか?」

「私は二千ガレオンある。ヤルキンは?」

「俺もちょうどある。これ、四千ガレオンだな」

「はい、お預かりしますね。これで、今回の収益は二万飛んで七十ガレオンになりますね。お二人で割ると、一人当たり一万三十五ガレオンになります」

「いや、俺か五千引いてロゼに上乗せしてください」

「別にいいのに」

「お前が俺の死体を拾ってくれたんだ。礼だと思って受け取って欲しい」

「……わかった」

「では、ローゼリカさんが一万五千三十五ガレオン。ヤルキンさんが五千三十五ガレオンでよろしいですね」

 二人はそれぞれ報酬を手に、組合の事務所を出た。

「あんたの取り分、次回で埋め合わせさせてくれ。なんだかこう、落ち着かないんだよ。奢られるっていうか、身内から金を受け取るってのは」

「院長先生がいなくなって大変だろうし……まぁ、寄付のつもりだと思って受け取ってくれよ。じゃなきゃ譲った意味がない」

「……うん。そうする。あ、そうだ。次回の集合はいつにする?」

「そうだな……明後日はどうだろう? 明日、注文していた武器が届くんだ」

 今の剣でも十分だと思うのだが、それはあえて言わないことにした。

 個人の趣味の領域に、素人が口を出すわけにいかないし、第一家族でもなんでもないのだから。

「わかった。じゃあ、明後日、いつもの時間に」

「クーリャによろしくな!」

 

 ヤルキンが去ると、ローゼリカはその足で救児院に帰った。

「ただいまー」

「ロゼ姉ちゃん、おかえりー!」

「うん、みんないい子にしていた? 勉強はやったか?」

 扉を開けると、わらわらと集まる子供たちに囲まれた。思わず破顔する。

 今、ここで生活しているのは八人。いずれも訓練学校を卒業するようになると、ここを出ていく。

 クーゼリアのように救児院に顔を出す卒院生もいる。顔を出すといったレベルではないような気もするが、今回は非常事態である。

 つまり、普段とは少し事情が異なった。

 ローゼリカにとっては、常に賑やかで、清潔で、居心地がいい場所。

 そして、離れがたい我が家でもある。

「迷宮のお土産見せてよー」

「ヤルキンさんとロゼ姉ちゃんが付き合ってるって本当?」

 …………色恋がらみの質問をしてくるなんて、最近の子供はませている。

 うまくかわす言葉もわからないので、さぁね、とはぐらかすと尋ねたその人はニヤニヤと笑った。

「ヤルキンさんと姉ちゃんが結婚したらヨーシにしてね」

「養子…………。どこで誰に教わったんだ……」

 外套を脱ぐ暇もなく、次早に子供たちがやってくる。

 どうやって自室に戻ろうかと考えていると、一番年長の子供が横から入ってきた。

「クーリャ姉ちゃんが呼んでるよ」

「うん。わかった。あーみんな、お土産は後で見せる。姉ちゃんはクーリャと話があるんだ。いいね? あと、ヤルキンはただの仲間だから、期待しても何もないぞ」

 子供たちを撒いて、院長室をノックすると、気怠げな返事が返ってきた。

 中に入ると、白衣のまま作業をしている院長代理と目が合う。

 瓶に入れられた冷茶をコップに注ぎ、ローゼリカは安楽椅子に座った。ちょうど向かい合う位置だ。

「ロゼ、お疲れさま。どうだった? 今日の稼ぎは」

「……まぁまぁだな。これで、全部」

 袋に入れられた硬貨を数えているのを見て、ローゼリカは急に恥ずかしくなった。

 大口を叩いて探索者になったわりには、稼ぎが足りないのだ。全く、大家族を養うだけの金額を稼げているとは思えない。焼石に水程度、こんなものじゃ、だめだ。

「……うん、これでしばらくは大丈夫そう」

 手渡した明細をひと舐めして、クーゼリアはそう言った。

「そうか、ならいいんだ」

 それが気を使っての発言だと、当然察している。けれど、絶対にそんなふうには言わない。この言葉も、いつ子供たちに聞かれているのかわからないからだ。

 分厚い帳簿には、毎月赤字でわずかな貯金を切り崩して、なんとか生活費を補えている彼女の涙ぐましい努力の跡が刻まれている。

 武器や装備の調節費以外は全て納めているが、子供たちの学費を払い、満足に食わせて清潔な服を着せてやるにはまだ及ばない。

 他にも、月にかかる税金──非営利団体なので支払う額は少ないが、それなりの出費になる──や、薬代に施設の維持費などを合わせると、とてもじゃないが一探索者の収入どころでは足りない。

 最近、壊れた水場の修理をしたのでその分の修理費も納めていかないといけないし、魔鉱石の利用料金も、最近値上がりした。毎月の支払い明細を見るのも嫌になるくらいだ。

「診療所での仕事を増やせたら、ここまで切り詰めなくてもいいかもね」

「ダメだ。ただでさえ経営と子供の世話で忙しいのに、これ以上働いたらクーリャの体がもたない」

「……そうかな、いや、そうだね」

 どうにかやってこれたのは、組合からの支援金と、わずかな寄付があるからである。

 最低限の教育を施し、手に職つけて子供を卒院させるのが孤児院としてのやり方である。しかし、どうにか子供たちには高等教育の機会を与えてやりたいのだ。常に歯痒い思いでいる。

 クーゼリアは、そんな中でも医術士になるために学ばせてくれた院長に感謝していた。

 奨学金を受け取るために死ぬ気で勉強したのだ。そして、それを支えてくれたのはその人の苦心あってのことである。

 医術士のような特殊な職に限らず、本人の適正に合わせて自由に教育を受けるための設備が整っていないのが問題であると感じた。

 孤児院をでた子供が、苦労して、その子供もまた貧困に陥ってはいけないのだから。

「とにかく、院長先生が戻ってくればどうにかなる。それまでは、どうにかする」

 今を凌ぎ、本来のここの管理人が戻ってくれば、あとはどうにかなるのだ。

 黄金等級の探索者であり、ここの院長であるあの人が戻ってくれば、金の問題は解決する。

 クーゼリアはあくまでも院長「代理」なのだ。

 三ヶ月前に迷宮に行ったきり、行方知れずになってしまったその人は、いつ帰ってくるのかわからない。

 今までに、そんなことはなかった。

 ――だから、不安になるのだ。

 はぁ、とため息をつきたくなるが、ないものを嘆いてもしょうがない。

 話題を変えようと、少し紅茶に口をつけた。

「……あぁ、そうだ。ヤルキンさんは元気にしてた?」

「うん。でも、こっちのことを心配してた。よろしく言っといてってさ」

 間違っても、「彼は一回死んだ」とは言えなかった。

 もし言ったら迷宮に入ること自体止められるだろう。

 その報告と同時に、同時にクーゼリアの顔がパッと明るくなった。

 ヤルキンは、ローゼリカとクーゼリアの兄貴分的な存在だった。

 面倒見が良い性格で、自分たちだけでなく、他の子供たちにとっても兄のように慕える人間だった。

「あの人、私たちのところの先輩でしょう? たまには帰ってきてくれてもいいのにねぇ。はー久しぶりに会いたいなあ」

「ん、気を使ってくれてるんだろうな、きっと」

 忙しいうちは来ない方がいいと思っているのだろうか。来てくれたらもてなすけれど、そのもてなしが負担になると読んでいるのだろう。

「あーあもう、そんなこと気にしないでもいいのにねぇ。来てくれたら気分転換になるし! お客さんをもてなすの、結構好きなんだ」

 会話しながらでも、クーゼリアは書類を横目に片手で演算機を弾いていた。「収入」と「支出」の欄に数字が自動的に書き込まれていく。

 話題は子供達の話になる。

「うーん、今月卒業の子がいるけれど、すぐに働き口が見つかるかな? 確か、ハンネスは鍛治職人の学校で、カーマインは……あの子、学術院に推薦出してもらえたから、寮に住むし……ハンネスも成績は悪くないから雇い口は見つかると思うけれど……もしもってことがあるから」

「組合の反応次第だな。ただ、最近は少し不景気らしいから、そこが……」

 この街で働くには、探索者組合、採掘士組合などの労働者互助会に入会して、雇い口を探すのが一般的である。

 職人の場合、親方探しも組合が斡旋してくれる。

 組合に入会したら、組合が運営する職人学校で基礎を学び、卒業後は修行のために親方を斡旋してもらい、独り立ちするかそのままそこの工房で働くか──。

「探索者組合も、雇用だけはしっかり守ろうって動いてくれているみたいだけど」

 この街は、迷宮を中心に動いている。探索者が迷宮で集めた珍しいもの、採掘した魔鉱石、それらを加工する職人がいて、つまり、迷宮なしではこの街の経済は成り立たない。だから、探索者組合は、この街の労働者全体を管轄する役割がある。

 他の組合は、探索者組合の子組織のようなものだ。

「あ、組合といえば、明日は授業をするんだ」

 だから久しぶりにちゃんとした服を着ないとな、と言うとクーゼリアは嬉しそうに笑った。

「え! 学校で仕事がもらえたの?」

「うん。説明会の司会役だとさ。組合直属の仕事だから、倍率は高かったけれど、そこはまぁ……運だな」

「すごいすごい! いいじゃない!」

「組合も新人探しに必死だから、ちゃんとやらないと──」

「いっぱい入学させてきなさい!」

「台本を貰ったよ。まぁ、どうやっても死なないだろうから、気楽にやる」

「白銀等級になれば、化物と戦わなくても後進の指導でがっぽりだからねぇ、頑張ってよ」

「それなら、院長先生くらいにならないと……だ」

「はっはは、斥候役なんだからもっとガンガン行きなさい! あ、死なない程度にね!」

 浮かれているクーゼリアを見て、内心ほっとした。

 無理に笑わないで、年相応に浮かれてくれるだけで嬉しかった。

「クーリャ、それはちょっと違うと思う……」

「まーまー、細かいことは気にしないでさ! あっはは!」

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