エンジェル・リンカー

夜多 柄須

第1話 日常の終わり


「ねえ、神様っていると思う?」


 長かった夏休みが終わり、秋風が吹き始めた季節。

 一緒に河川敷を歩く少女がこちらの顔を覗き込むようにして尋ねた。

 俺はチラと彼女の方を向き、視線を反対側の川に移して答えた。


「いないだろうな」


 特に何も考えず脊髄で答える。それは彼女にも伝わったみたいで。


「今、適当に返事したでしょ。君の悪い癖」


 そういって、彼女は少し顔をしかめた。

 そして視線を前に戻して、私はいると思う。と言った。


「へえ、黒峰さんはそういうの信じてないイメージあったな」


 意外に思い、視線を戻して彼女の横顔を見る。

 不服そうな表情だった。


「何そのイメージ。良い意味で捉えて良いの?」

「……多分」

「全然、嬉しくない」


 不機嫌そうな顔になった。ただ、淑やかな顔立ちのせいか「怒り」という印象はない。


 はじめに誤解を生まないために断っておくが、別に彼女とは交際関係にあるわけではない。高校生のうちに男女の付き合いになっても必ず別れが来るので、それよりは生涯友達として付き合えるポジションでありたいと思っている。断じてフラれるのが怖いとか、そういう事ではない。


 彼女との出会いは、高校2年でのクラス替えだった。

 名前は黒峰玲華。黒髪というよりは漆黒と言った方がしっくりくるほどの深い黒髪で、背中を覆い隠すほどの髪からはなぜか妖艶な雰囲気を感じる。とても小顔というわけではないが平均よりは小さい顔に、奥二重のスラリとした目に主張の少ない鼻と、桜色の唇が黄金の配置で置いてある。定期テストでは基本クラスで2、3番、学年で10番以内と成績優秀だが、運動神経は平均で体を動かす事はそれほど得意というわけではないらしい。

 1年生ながら生徒会役員に立候補していたので彼女の存在自体は知っていたが、交流ができたのは同じクラスになってからだ。交流のきっかけはクラス委員。女子の方は彼女が立候補したが、男子は立候補者がおらず、くじ引きで決まった。

 クラス委員というのは週に一度、学級会があり修学旅行等のイベントごとへの準備を進めていく。当然クラス内の決め事も多く、彼女と会話の機会は必然的に増えた。性格も社交的で、人当たりも良い彼女は非常に馴染みやすく、学校に気軽に話せる人間が片手で数えることができる俺でもすんなり馴染むことができた。


「じゃあ、私のイメージってどんなだったの?」


 その問いかけで我に返る。いたずらを思いついたような顔で聞いてきた。いじるつもりで聞いたのだろうが逆にこちらの嗜虐心がくすぶられる。


「一年から生徒会に立候補するような、真面目なお嬢様」

「うわ、そんなふうに思われてたんだ」


 眉を寄せ、露骨に嫌悪感を出してきたが、冗談が通じている空気を感じる。

 彼女との居心地の良さはこういうところにある。

 俺は正直人と交流するのがあまり好きではない。相手の機嫌を伺いながら会話しないといけないのが億劫だからだ。ただ別に人間が嫌いというわけではないので、人並み以下だがコミュニケーション能力には問題ない(自称)。彼女は人間との距離感を測るのがとりわけ優れており、とても都合の良いタイミングで話しかけてくれる。それに一見堅物なイメージだが実際に話してみると、意外と冗談を言ってきたりと会話がしやすい。


「まあでも、一年生で生徒会やるはのは目立つよね」

「そうだな。お嬢様は冗談だが、真面目な印象は受けた」


 実際、一年生から生徒会をやるのは相当だと思う。俺らが通う県立の明誠高校は県内で2番目の学力を誇る進学校で、当然真面目な生徒が多いが、基本的に保守的というかあまり積極的な生徒がいない校風だった。部活動もそこそこで、特に目立った実績もなく、文化祭等の学校行事も他校と比べると非常にお粗末なものだった。ただ、俺は逆にそんな校風が好きでこの高校に入学した。十六年間生きてきたが、俗にいう「青春」というものにたいして魅力を感じない。そんなことよりも早く自立して、社会に出たいという思いが強い。

 そして、俺と似た思想の人間が多く入学している(偏見)この学校では生徒会に関心がある生徒などあまりおらず、毎年教師陣が役員探しに奔走していると聞く。


「なんで一年生で生徒会やろうと思ったんだ?」


 そういえば半年ほどの付き合いになるが、この件に関しては聞いていない気がする。


「え? 私の公約覚えてないの?」

「公約なんてどうせ守ってないだろ」

「人を汚職政治家みたいに言わない」


 ピーマンだけを避けて食べる子供を見るような呆れた表情をされた。

 ただ、公約と言われて思い出した。そういえば去年のこの時期、ちょうど彼女が後期の生徒会役員に就任した頃。


「そういえば、自動販売機が増えたな」

「ピンポーン」


 当時、高校には部室棟のところに自動販売機が二台あるだけだった。部室棟は北館で南館の教室棟のちょうど反対側に位置しているため、往復するのに十分ほどかかり非常に不便だった。ただ、ちょうど一年前に南館にも自動販売機が3台新設された。


「あれ、黒峰さんのおかげなんだ」

「まあ、生徒会長が協力してくれたおかげなんだけどね」

「じゃあ今度生徒会長にあったらお礼を言っとくよ」

「平気で嘘つかないの。それに君が生徒会長にお礼なんて言ったら雪が降りそうだからやめてね」

「お礼をするなと言われたのは人生初だな」


 くだらない日常の、くだらない会話。

 学生の大半は「暇」ということを悪いことのようにとらえるが、「暇」であることは素晴らしい。ご飯を食べるときに「いただきます」というように、このありきたりな日常が続いていることに感謝を述べるべきだったと、明日の俺は後悔することになる。


 翌日、彼女は交通事故に巻き込まれた。












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