第12話 洞の住人
「ひっ……」
メットンは思わず後ずさった。その足元はおぼつかなく、いつ転倒してもおかしくない。
その様子を、その「何か」は見つめてこう言った。
「なぜスンヤの世界に健康なコットがおるのだ!! 」
「ひっ!? ご、ごめんなさい、ごめんなさい!! 」
「何か」は吼える。その声が反響して、とんでもない大きさになってメットンを襲った。
すっかり委縮したメットンは頭を抱えて縮こまった。どうするべきなのか、見当もつかない。トコントに見つかったからにはきっ、と自分はこのまま連れていかれるのだ。スンヤの世界へ。この地中、奥深くへと。ジッパとクンケンが言っていたこと、ここにコットが出入りしていたなんて、嘘だったんだ——……。
しばし、沈黙が流れる。メットンの呼吸音だけが響く洞。しばらくすると流石に冷静になったメットンは、ちら、と「何か」の方へ視線を向けた。
「え」
「うん? あ、やっとこっち見た」
「何か」はメットンと同じくらいの大きさに縮んでいた。姿も半透明からきちんと透けていない状態に早変わりしている。それが、少し離れた場所で手持無沙汰に足をプラプラさせていた。
「え、なに、どうしたの」
「だって……めちゃくちゃ怖がられるから…………。君と同じくらいの姿にしてみたんだけど、どう? まだ怖いかな。流石に顔面骸骨は怖い? 」
思わず、メットンは首を横に振る。「何か」のおかしな気の使い方に、なんとなしに拍子抜けした。地味にショックを受けている様子の「何か」に、もう怖くないよと伝えると、ちょっと嬉しそうに笑みを浮かべたように見えた。顔面骸骨だからはっきりわからないけど。
「んで? なにしにここに来たの。元気なコットが来る場所じゃないんだよ、ここは」
「あなたはトコント? 」
「話聞いてよ」
「何か」はげんなりとした顔をして、「トコントじゃないよ。トコントがそんな簡単に姿を見せるものかい。わたしはトコントの使者と思ってくれればいいさ」と、律儀に答えを返した。
「トコントの使者……あっ、もしかして誰がスンヤの国に行ったのかってわかりますか!? 」
「わたしの質問に答えようよ、話聞かねぇなこいつ」
「質問ってなんでしたっけ」
「せめて覚えておいてよ」
もう一度「なにしにここに来たの」と質問をしてもらって、自分の出生、そしてその謎を探るために旅をしていること、ジッパとクンケンにこの洞を探ってほしいと言われてきたことを伝えた。
「それで、ここへ来たんです。怖かったけど」
「へェー、それで、ねぇ。お人よしだねあんた」
「そうですか? 」
「それで、君の質問あったでしょ。誰がスンヤに行ったのかってやつ。それは秘密だから教えてあげられないんだよね、すまん」
「えぇー! な、なんでっ話聞いてたでしょ!? どれだけ必死になってここまで来たか! 」
縋りつくようにしてくるメットンから逃げながら、トコントの使者はやけくそ気味に言う。
「だぁから、そ れ は 秘密なの。あぁ、でも数年前に君とメチャクチャニテルノハキタキガスルナ—ドウダッタカナー」
「!! 」
トコントの使者は、辺りをはばかるようにして付け足していった。「君と中身も外見もよぅく似た奴だった気がするなー、もうちょっとでかかったし、髪も長かったけど」と。
そんなの、前のメットンしかいない。ナコットたちから教えられた情報を思い出して、メットンは確信した。ようやく、手掛かりがつかめたのだ。嬉しくて、涙がこぼれた。
「あ、ありがどぅ……」
「あぁもう泣くな、泣くんじゃない。言っとくけど、ここまでだからな、ほんとだからな」
「会わせてもらえませんか……」
「ここまでっつったろふてぇ奴だな」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、メットンはトコントの使者を見つめる。どうしたらもっと情報を引き出せるんだろうか。どうしても、もう少し手掛かりが欲しかった。きっと、ここでどれだけ情報をひきだせたかどうかが、この先重要な意味を持つはずだ。
「……ここだけが、頼みの綱なんです。なにかヒントをくれませんか。会えなくていい。あなたが確認してくるだけでもいいんです。前のメットンのこと、教えてください。どうか……」
「……うぅん……弱ったなぁ。うん、ほんとに弱った」
そうつぶやいて、トコントの使者は悩みこんでしまった。メットンは大人しくそれを見つめている。しばらくして、トコントの使者は口を開いた。
「……一つ、約束してくれたらやってやらんこともない。聞けるか」
「なぁに、その約束って」
「それはな、外に出てもここのことは誰にも言うな。ジッパとクンケンにはただの洞だったと言え。這う這うの体で自分は帰ってこれたから、絶対ここに誰も案内するんじゃない、と」
「……うん、わかった。でも、なんで? 」
「うん? それはな、スンヤの国は静謐であるべきなんだ。だから、ここにコットたちが殺到したら面白くない」
「へぇ。……わかった。その約束、守るよ」
「うん。よしよし。じゃあちょっとここで待ってろ。わたしが戻るまではずっとだぞ」
「うん。お願いします、トコントの使者さん」
そうして、トコントの使者は洞の奥、細い細い隙間を通って奥へ戻っていった。
メットンの世界 東屋猫人(元:附木) @huki442
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