第11話 洞

ジッパの背中にひしとしがみついて、嫌嫌と首をふるメットン。その眼はうっすらとうるんでいた。ジッパはジッパで、やけくそ気味にびったんびったん暴れては波を立てている。その波に揺られ頭を抱えたくなりながら、クンケンはそっと言った。


「メットン」

「なぁぁあにぃぃぃいい!! 」

「……ジッパ、ビタンビタンするのをやめろ」

「あァ!? 」

「ジッパ」


漸く大人しくなったジッパとメットンに、クンケンは仕切り直して言う。


「メットン。あの洞には前のメットンの手掛かりがあるとは思わないか」

「手がかり……? 」


メットンは未だ不安げな表情でクンケンを見やる。本当に安全なの? と訴えかけるような目だ。それをスルーし、クンケンは続ける。

海面が少し高くなってきた。——そろそろ、潮時だ。


「あぁ。メットンが新しいメットンに交代したのは、何か意味があるはずだ。そうだろう?ならば、それを本人に聞けばいい。その体にいないのであれば、あの洞の奥——スンヤの世界にいるんだろうよ」


でないとおかしい、そう思うだろう? と言って、様子を見る。メットンは未だ迷っている素振りで、考え込んでしまった。


「……なにが心配なんだ、メットン」

「…………」

「黙ってちゃァわかんねえぞ」


ジッパからも言われ、メットンは渋々声を絞り出して言った。


「…………スンヤの国に立ち入ったからって、引きずり込まれたりしない? 」


「出入りしていたコットがいるのは事実なんだ。だから、引きずりこまれてハイおしまい、なんてことにはならないだろうさ」

「おう、そこは俺とクンケンが保証すらァ。安心して行ってきな」


「…………うん」


そうしてようやく、不安げながらも、洞まで伸びる階段に辿りついたメットンを少し離れた海面で見守った。

岩壁に張り付くようにしてのびるその階段は、随分狭いようでメットンでもぎりぎりの幅間隔だった。普通のコットならば横歩きしないと歩けなかっただろう。


「なァ、クンケン」

「なんだいジッパ」

「……本当に安全に帰ってこれるもんなのかな。全然あそこの情報しらねェんだけど」

「ま、大丈夫だろう。あったとしてもトコントにちょっと怒られるくらいじゃないか。何ピンピンしてるコットがスンヤにいるんだ! って」

「へェ」


ジッパが感心する。流石、俺の相棒、賢いぜ——……


「まあ、知らんけど」

「知らんのかい」


そんなふたりの会話を知らず、風にあおられながら、そして時折振り返りながら、メットンは階段を上っていく。

——もうすぐで、洞につく。



「…………怖かった……」


這う這うの体で息を切らして辿り着いたのは、海面から見えていた大きな洞。中はごつごつとした岩肌だったが、下の地面だけは比較的平らにならされている印象を受ける。


「……なんだ。ちゃんとコットが手入れしている場所なんだ」


安心するとともに、洞の入り口から吹き込んでくる強い風とゴオ、という音に身をすくめる。気を緩めたら風に身体を持って行かれそうだった。


一たび息を整え終わると、洞の中へ一歩、また一歩と踏み出していく。暗く下り坂になるその洞は恐ろしかったが、クンケンとジッパの言葉を信じることにした。


「ここには、コットが出入りしていた。もしかしたら、単なる休憩所かもしれない。だから、大丈夫、大丈夫……。」


一人、呟いて歩く。

洞の中に生えている光りコケが、淡くほのかに足元を照らしてくれている。おかげで躓いたり、歩くのに難儀したりするようなことはせずに済んだ。


暫くすると、洞の全体像が見えてきた。入口から下方へ延びる一本道。途中に二股に分かれる道があって、右に行くとただ暗いだけ。すぐに行き止まりになった。

左へ行けば、いっそう密にして生えている光るコケが道行を照らしてくれた。ずんずん歩いて行けば、そこには——大きく丸く開けた空洞があった。


こんなにも大きな場所が、とぽかんと見上げる。コケたちが淡い光を出し、非日常的な空間が拡がっている。地面は平に均されており、手入れの行き届いていることをうかがわせる。そして、その空洞の高さたるや。遥か高いところにある天井は、一体どれほどあるのかメットンには見当もつかない。しかし、光りコケの密生と相まって、それは——


「まるで、夜空みたい……」


そうつぶやくメットンの声は反響して洞全体に響く。

うっとりと見上げた後辺りを見渡したが他にコットの姿はなく、正面に小路が見えるだけだった。その小道はさらに奥に繋がっているようだったが、あまりに細い。メットンの小柄な体躯でもそこを通るのは難しく、探索は実質的に終了したのだった。


「……なんだ、危険なことなんて何にもなかった。あんなに怖がる必要、無かったんだな……」


ほっと息をついたその時。


「お前ぇ、なんでこんなところにいる、コットが」


「ひぃっ!??! 」


背後に現れたのは、白く透き通っている、並のコットの2倍ほどもあろうかという背丈をした何かだった。

洞の入り口方面に立ちはだかって、メットンをねめつけている——。

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