第10話 ジッパとクンケン

「きゃーーーーーー‼ 」

「えーーーーーー⁉ 」


ジッパがのっそりと砂浜に顎をのせて挨拶をした、そこまでは何ら問題はなかった……のだが。メットンの恐怖心は数秒遅れてやってきたのだった。

「うん? どうした? おい? 」と、固まっているメットンにジッパが困惑していると冒頭の叫び声を上げて、一息に飛びすさったのである。

それからというものの、メットンはジッパと一定の距離をとっていた。両者の間隔は狭まることなく、常に2mほどの距離を保っている。


「おい、そろそろ慣れてくれよ。俺、べつにコットなんか食わねぇよ。主食は海藻だし」

「…………」

「んあ? なんつった? 」

「…………そう言って、油断させて、ばくりと食べるつもりじゃ」

「ねえって」


そんなやり取りを何度か繰り返してようやく、ジッパのもとへそろそろと歩み寄るメットン。じゃりじゃりと砂を踏みしめて、ジッパに近づく。


「な? 大人しいもんだろ? 」

「それ、自分で言うこと……? 」


お口の中は全く大人しくないし。狂暴そのものだし。そう言い募るメットンの足に、水が被る。大きな波が、足元をさらった。


「ひゃあーーーーーーーーー‼ 」

「またかよぉーーーーー‼ 」


ジッパの相棒ともいえるクンケンが口を挟むまで、そのやり取りは続いた。



「で? 落ち着いた? 」

「はい……」

「まったく、小心者だなおまえさんは」


クンケンは、小さな体、半透明で透き通った色をし、球体から何本もの足のように触手の伸びた生物だった。そのクンケンが現れた時にもメットンは距離を取ったものだったが、クンケンの「じれったいわもぉーーーー‼ 」との一声から始まるお説教でなんとか近くによることができるようになったのだった。


「メットン、あなたは旅をしにここまできたと。……その小心さで、旅を? 」

「うっ」

「あんまりにもびびりだから強制的にだされたかァ」

「ち、違うし……自分は、えと、その。……長くなっても良い? 」

「いいよ」

「まぁ、暇してたとこだしな」


ふたりの好意に甘えることにし、メットンは全てを包み隠さず話してみることにした。前のメットンのこと、今のメットンのこと、これからのこと。

生命のサイクルはジッパもクンケンも同じで、記憶は続き、体は前の体から生まれ出るものだった。一縷の望みをかけて海に同じような存在はないかと訊ねてみても、ふたりは首を横にふるばかり。海に手掛かりはなさそうだった。


「……自分は、どうしよう」

「どうしようって? 」

「どうすれば記憶を手に入れられるのか、皆目見当もつかないんだ。……これで、森にも手掛かりがなくって、なにもかわらないままに村へ戻ることになったら、と思うと途方に暮れてしまいそうになるんだ」


どうしよう、とつぶやくメットンをみて、ジッパとクンケンは顔を見合わせた。一度頷くと、メットンに語り掛ける。


「なァメットン」

「なぁにジッパ」

「それなら、ひとつ頼みごとを聞いちゃくれないかい」

「……頼みごと? 」

「うん。これをこなすことができたら、きっと立派なコットになれるのじゃないかと思えるようなものだよ。そうはいっても、力がいったりするものじゃない。あなたが欲しがるその勇敢さが試される試練だよ」

「………………自分に、できるものかな」

「さぁ、それはあなた次第だ」


悩むようにして俯いたメットンに、ジッパが吼える。


「メットン、肝っ玉つけたくて旅に出てんだろォ? ここで怖気づいていてどうするよ‼ここは一歩踏み出さねぇとなんも変わんないんじゃねぇのか⁉ 」

「……! 」


そうだ、自分は、勇敢だったという前のメットンを知りたくて、近づきたくて出てきたはずだ。ジッパの言葉が頭に反響する。一つ深呼吸をして、宣言した。


「——やります‼ 」

「それでこそだメットン! 今お前は一歩成長したぞ‼ 」

「ほんと⁉ 」

「あぁ本当だ、俺は嘘なんざつかねぇからな! 」

「クンケンも、そう思う⁉ 」

「ああ。よく決断した。偉いぞ」

「へへへ。そっかぁ、一歩踏み出せてよかった! 頑張っちゃうぞー! 」

「おう、頼まァ! 」

「任せてっ! 」


そんなこんなで、メットンはジッパの背にまたがり「目的地」へ向かうことになった。

なんでもジッパやクンケンではたどりつくのがむずかしい「ちょっとしたところ」をできるだけ見てきて欲しいというものだった。見て来るだけなら簡単だ、そうメットンは思った。



「無理ぃーーーーーーーー‼ 」

「メットン、お前ェ‼ 」


そうぎゃあぎゃあと三人で騒いでいるのは、とある断崖絶壁の下、流れも緩やかな海面上。見上げれば少し高い位置に、洞があるのが見える。

そう、ジッパとクンケンのいう頼みごととは、この洞のなかを調査してほしいというものだった。


「引き受けるって言っただろ! それともなんだ! コット的には二言はセーフなのか! 」

「ちがうちがうちがう、だって地下だなんて聞いてない! 地下はスンヤの国なんだよ、前のメットンを知るためとはいえスンヤの国から出られなくなったらどうするの⁉ 」

「でも、わたしもジッパもコットが出入りしているのを見たことあるんだから大丈夫なんじゃないかな。ほら、ちょっとした休憩所みたいになってるとかさ」

「あんなところで休憩するコットいないよ‼ 」


ぎゃあぎゃあと言いあうジッパとメットンをみて、クンケンはそっとため息をつくのだった。

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