【短編】愛・羅武・勇のものがたり

ハートフル外道メーカーちりひと

愛・羅武・勇のものがたり

「オラァッ! もう終わりかぁっ!?」

「クソ弱ぇのにイキがりやがって! 立てやコラァッ!」


 夕暮れの河川敷。そこには殴り合いをする不良たちがいた。

 

 片方はブレザー服の集団。ロンゲやら金髪やらと派手な髪型で、ところどころをお洒落なアクセサリーで飾った今風のヤンキーたちだ。徒党を組んでおり、数は十人以上。

 

「ひっ、ひいいいっ! 勘弁してください!」

「もうやめてよぉ……! 鼻折れちまってるよぉ……!」


 しかし彼らは壊滅状態だった。全員ボコボコにされており、無様に許しを求めている。目の前の二人に対して。

 

 

 ――ものすごい二人だった。

 


 二対十という戦力差をものともしない強さ……ではなく、恰好が色々とものすごかった。

 

 一人はリーゼントヘアー、もう一人はパンチパーマ。


 着ている学ランも改造されており、長ランにボンタンスタイル。

 

 この令和の時代に、まるで昭和の不良のような恰好。時代遅れもはなはだしいってレベルじゃない。

 

「チッ、萎えちまった。もういい。散れや」

「おっと、財布は置いてけよ。後でマック行きてぇからよ」


 彼らがそう言うと、ブレザー服の不良たちはすぐさま逃げて行った。足元に財布を残して。

 

「あーあ。つまんねぇな。佐藤、何か面白ぇ事ないねぇか?」


 財布の金を数えつつリーゼントの彼が問いかけると、パンチパーマの佐藤と呼ばれた男はにやっとして答えた。


「おっしゃ。なら俺ン家でスト2やろうぜ。最近ザンギ使えるようになったんだ」

「またスト2かよ。それよりグ〇ディウスやりてぇ」

「お前一面もクリアできねーじゃねーか。見ててつまんねーんだよ」

「オメーこそ二面までじゃねーか」


 やるゲームを決めるという小学生のような争いをする二人。いや、今時の小学生は一人一台もってそうなものだが。

 

 結論が出ない議論が続き、次第に雰囲気がピリピリしだす。

 

「オウ鈴木。テメー何でスト2じゃいけねーんだよ」

「飽きたんだよ。昇〇拳も出せねーテメー相手じゃつまんねぇからな」

「ハァ!? 波〇拳だせりゃ十分だろうが!」

「馬鹿言え! 対空技の重要性知らねーのか!?」


 「お?」「あ?」とにらみ合うメンチ切る二人。顔の距離が非常に近い。ちょっと間違えばキスしそうな距離だ。

 

 そんな修羅場が展開されそうな場所に、誰かが近づいてくる。


「おーい。あっくーん。らーちゃーん」

「お?」

「ん?」

 

 丸眼鏡の男が手を振りながら駆けてくる。奇抜な二人に対し、ノーマルのブレザー服と普通な恰好の者だった。

 

「あっくん、ウチに筆箱忘れていったでしょ。らーちゃんはノート。届けに来た」

「あっ。すまねぇな勇」

「悪ぃ。今夜勉強できねぇトコだったぜ」


 不良のクセに殊勝な事を言うパンチパーマの佐藤とリーゼントの鈴木。彼らは成績優秀な眼鏡の男に勉強を教わっていたのだ。

 

 眼鏡は見た目通り頭がいい。三人とも学年トップではあるが、眼鏡は偏差値七十の進学校、二人は偏差値三十の底辺校と雲泥の差だ。


 そんな彼らを通りがかった高校生が指差している。


「おい、あれ見ろよ」

「うわっ! やべぇ、三人集まってるじゃん!」

「アイラブユーの勢ぞろいか。くわばらくわばら……」


 ギンッ!

 

 最後の一人の言葉に佐藤と鈴木が敏感に反応。憤怒の表情をしつつ走り出す。

 

「テメー今なんて言いやがった!」

「ぶっ殺すぞコラァッ!」


「うわっ!」

「ひいいいいっ! 逃げろぉっ!」


 リーゼントとパンチパーマの突進。恐ろしい事この上ない。高校生たちは蜘蛛の子散らすように逃げて行った。

 

 

 

 アイラブユー。彼ら三人を示す言葉である。

 

 とても可愛い呼び名だが、可愛いからつけている訳ではない。単に名前からとっただけだ。

 

 パンチパーマの彼の名は、佐藤 アイ

 リーゼントの彼の名は、鈴木 羅武ラブ

 眼鏡の名は、高橋 ユウ

 

 つなげると愛羅武勇。つまりアイラブユー。恐ろしい外見に反し、彼らはとてもつもなく可愛く呼ばれていた。二人にとってはめちゃくちゃ不本意ではあったが。

 

 そもそもの話からして、勇を除く彼らは自分の名前が気に入らない。

 

 ”愛”に、”羅武”。

 

 どれも名前にはふさわしくはない。愛は普通女の子につける名前だし、羅武に至っては何でそんなんつけたの? と親の頭を疑うレベルだ。

 

 勿論意味はある。愛の両親は『愛のある子に育ちますように』と思ってつけたし、羅武の両親は『羅刹のように強くなりますように』と思ってつけた。片や心、片や強さを願うというよくある理由。最もそのネーミングセンスは一般とかけ離れていたが。


 彼らは小さい頃からからかわれ、苦難の日々を送った。『愛ちゃん(笑)。男のクセに愛ちゃん(笑)』『愛ちゃんかわいいー(笑)』とか『ラブだって。馬鹿じゃね(笑)』『ラブちゃんラブちゃんランドセルー。あっ、ララちゃんだった(笑)』とか言われてきた。

 

 その結果がコレだった。

 

 彼らは思いっきりグレてしまったのだ。親や世間への反逆を示すように。

 

 なお、勇は普通ネームなので特にグレてはいないのだが、幼稚園のひまわり組からの付き合いという事で仲がいい。アイラブユー扱いははなはだ不本意の二人ではあったが、それで勇を切るのもためらわれる。そういう訳で違う高校に通う今も三人は仲良くしていた。

 

 

 

 そんなある日のこと。

 

「お、おい鈴木ィ! その格好どうしたんだよ!」

 

 パンチパーマの愛が叫ぶ。彼は驚愕していた。何故なら羅武の立派なリーゼントがなくなっていたからである。

 

「へへ、似合うか?」

「似合うかじゃねーよ! 何だその”ダサ坊”な恰好はよぉ!」


 ワックスでキメた七三分けの髪型に、ノーマルの学生服。ちょっとガタイが良すぎるのは気になるが、普通の真面目そうな高校生の格好だった。不良ご用達のここ、橋の下にはふさわしくない格好だ。

 

「いいじゃん。似合うよらーちゃん」

「だろ? 初めて美容室行ったんだ」

「美容室ぅ!? そんなん女が行くトコじゃねーか!」


 いつもの無表情のまま褒める勇に対し、モテない男がするような発言をする愛。彼にとって髪を切るといえば床屋だ。行きつけの床屋のジジイはパンチパーマをかけるのがとてもうまいのだ。

 

「どうしたんだよ鈴木ィ! オメー俺と誓ったじゃねーかよ! クソみてぇな世間に逆らって生きるって!」


 愕然としながら叫ぶ愛。そんな彼に対し、羅武は申し訳なさそうにしながらも頬を染めて言った。

 

「……恋を、したんだ」

「はあ!?」

「惚れちまったんだよ。あの子に……」


 きゃっ、恥ずかしい! とばかりに両手で顔を隠してしまう羅武。その羅武らしからぬ仕草に戦慄する愛。

 

「こ、恋って…………どこのスケバンにだよ」

「ス、スケバンじゃねぇよ。普通の、真面目そうな子だ」


 意味が分からない。真面目? まさかそんな言葉がコイツから出るとは思わなかった。

 

 思わず呆けてしまう愛に、羅武は続けた。


「この間散歩してたらよぉ。向こうから犬の散歩してる女が来て……ビビッと来ちまったんだよ。『あっ、結婚してぇ』って……」

「結婚って、お前……」


 そんなマトモな事が自分たちに出来ると? 愛がそう思っていると、勇が問いかける。

 

「どんな子なの? 写真とかある?」

「あ、ああ。丁度隠し撮りしてる変態がいてよ。ブン殴ってブン取ってやった」


 カバンから高級そうなカメラを取り出す羅武。暴行からの窃盗であるが、特に悪い事をしたという意識は無い様子。カメラの電源を入れ、画面を勇に見せた。

 

「あっ、この子知ってる。同じ学校の子だ」

「マ、マジかよ! 勇! 紹介してくれ!」

「いや、知ってるってだけで知り合いじゃないよ。可愛いって有名だから知ってるだけ。確か、美穂さんって名前だったかな」

「み、美穂さん。いい名前だ……」


 祈るように手を組んでキラキラとする羅武。そんな乙女チックな羅武を見て、愛は狼狽しながらも言った。

 

「や、やめろよ……。女なんてどうでもいいだろ? それよりスト2しようぜスト2。何ならグ〇ディウスでもいいぞ」

「佐藤……」

「それか他の学校にでも乗り込むか? こないだのヤツらのトコとかどうだ? 金もってたしよ、ドラ〇エのモンスター狩る感じで……」

「佐藤!」


 いきなりの大声にビクリとする愛。思わず言葉を止めた彼に、羅武は真剣な目つきで言った。


「大人になろうぜ。もうレトロゲーはやめだ。世間に逆らう為に、流行りからも遠ざかるなんてつまんねぇ。そろそろピーエス5も出るっつーのに」

「ピーエス!? お前ピーエスっつたか!?」

「ああ。ピーエスだ。もうスーファミの時代じゃねぇ」

「羅武……てめぇ……!」


 怒りに拳を震わせる愛。何気に羅武と呼んでいたが、羅武が怒っている様子は無い。本気で大人になるつもりなのだろう。


 羅武は目線を哀れみに変化させる。


「もう自分を偽るのはやめろよ。お前だってやりたいはずだ。2D格闘なのに3Dグラフィクスで描かれた最新作……スト5をよ」

「うっ!」


 事実だった。彼がやっているスト2は初期のもの。技はたったの三つだけで、真空波〇拳すら出せない。色々と追加された5に惹かれるのは自然な事だ。

 

「かく言う俺も、エスコンがやりてぇ。グ〇ディウスも悪くねぇが、エスコンはまるでパイロットの気分になれるって話じゃねぇか。ちっちゃい頃パイロットになりたかった俺にとっちゃ魅力的で仕方ねぇ」


 自らの気持ちを暴露する羅武。微妙にステルスマーケティングステマを思わせる説明口調だったが、彼の真なる思いだったので仕方ない。

 

「け、けど……」


 自分のやってきた事が無駄になるのが嫌なのか、愛は言いよどむ。

 

 確かに真空波〇拳を出したい思いはある。けれど、単なるゲームの為に自分の矜持を曲げろと? 世間に逆らい、ゆくゆくはヤクザの組頭になる。そう決めたはずだ。

 

(いや、違う……)


 そうではない。今の自分は何に葛藤している? 矜持の為か? ゲームの為か?

 

 違う。怖いのだ。自分が一人になるのが恐ろしいのだ。

 

 勇は元々マトモで、羅武もマトモになると言う。ならば自分はどうなるのか。一人ぼっちになってしまうだろう。愛はそれが恐ろしくて、羅武の変化を受け入れられないのだ。

 

「クソッ……! 俺としたことがこのザマかよ……! オウ、羅武!」

「何だ」

「お前の気持ちは分かった。もう反対はしねぇよ。頑張ってラブラブになるんだぞ」

「佐藤……!」


 感動する羅武。感動のあまり目の端から涙が出てきている。

 

「バカヤロー。泣くんじゃねえよ。これじゃまるで俺がイジメてるみたいじゃねぇか」

「ハハッ! 確かにこの絵面じゃ仕方ねぇな」

「それを言うなよ。はあ、俺もパンチパーマやめてベッカムヘアーにでもするかねぇ」


 ぼっちを覚悟したと思いきや、しれっと周りに合わせようとする愛。信念を曲げ、友に寄り添うと決めたのだ。ならばちょっとくらいファッションを変えてもいいだろう。そう自分に言い訳していた。

 

「よし、それでどうするんだ? 告白すんのか?」

「オ、オウ。……実はだな、それをお前らに相談したくてよ……」


 照れくさそうに頭をかく羅武。

 

「今まで恋愛なんかしたことねぇからよ。どうすればいいのか分かんねーんだ」

「フツーに告白すればいいんじゃない?」


 いつも通り抑揚のない言葉でアドバイスする勇。瓶底眼鏡に秘めたその感情を察することは難しい。


「ま、まあ、そうなんだが……。こ、告白ってどんな事言えばいいんだ?」

「好きですとか、愛してるとか?」

「ばっ……! ちょ、勇! 恥ずかしいだろ! 言葉にすんなよ!」


 その言葉に羅武は顔を赤くさせ、頬に手をやってイヤンイヤンしている。

 

「そんなんじゃ無理でしょ。らーちゃんがウブなのは知ってるけどさあ。言葉にしないと伝わんないよ?」

「ま、まあそうなんだが。どうも、その……恋とか、あ、愛とか口にするのは恥ずかしくてなぁ」

「好きですも無理?」

「ばっ……! 当たり前だろ! カレーライスとは違うんだぞ!」


 カレーが好きというのと言うのと女性に好きというのは難易度が違う。勿論分かるが、そんな有様では告白などできない。

 

「……なら、よろしくお願いしますはどうだ?」

「えっ?」


 愛が発言する。その言葉に意味がわからないといった表情をする羅武。

 

「まあ、そんくらいは言えるけどよぉ。そんじゃ伝わんねーだろ。その……す、すすす、好きって気持ちが」

「十分だ。自己紹介に、よろしくお願いします。それだけ言えるんならな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる愛。一般人なら裸足で逃げ出すような極悪な笑みだったが、慣れている二人には通じない。ただ困惑したままだ。

 

「想いを伝えるのは声でしかできねーのか? 違うだろ。よく考えてみろよ」

「声意外って……。俺、無理矢理とかそういうのはちょっと……」

「ちげぇよ! 飛躍しすぎだろうが! 手紙だよ手紙!」

「手紙……。ラブレターか!」


 はっとした表情をする羅武。その発想は無かったという表情だ。勇も成程といった感じで頷いている。

 

「いいんじゃないかな? いきなりらーちゃんが告白すると相手もビビるだろうし」


 勇は賛成のようだ。確かに、真面目な恰好をしてなお圧力のある羅武の見た目は、女の子のみならず殆どの者にとって恐怖そのものだ。

 

「ラブレターを出して、待ち合わせをして、そこで『鈴木です! よろしくお願いします!』でどうだ? 十分想いは伝わるだろ?」

「た、確かに! 事前に手紙で告白してるんだもんな! 佐藤、お前天才かよ!」


 羅武は喜んでいる。……が、少し考えた後、ダメだとばかりに首を振る。

 

「いや、無理だ。俺にラブレターを書けるような文才は無ぇ。それに書けたとしても、手紙だと相手の事がよく分かんねぇだろ? 呼び出して来てくれるか?」

「確かにそれはあるかも。僕も知らない人の手紙はシカトしたりするし」

「あ? 勇、今時手紙なんて貰うのか?」

「まあ、時々。けどそれなら解決法はあるよ」

「何っ!?」


 勇の言葉に羅武は驚く。

 

「写真入れればいいんだよ。好みだったら行くでしょ?」

「な、成程! 頭いいなお前!」


 全く知らない相手の呼び出しより確率は上がるだろう。来た時点で脈がある事も分かるし、気に入ってくれないのなら直接告白したとて断われる。欠点としては”呼び出しに応じる”という勇気が相手側にも必要な事だが、それはラブレターの時点で同じだ。

 

「けど俺、そんなイケメンじゃねぇからな……。写真写りも悪いしよぉ」

「うーん……」


 それはどうしようもない。勇も言いよどんでしまった。写真と言えば笑顔が基本であるが、羅武の笑顔といえば基本は威嚇の笑みだ。ちょっと写真には向かない。かといって無表情と言うのも……。

 

「フッ……。鈴木、それについては妙案がある」

「な、何!? 教えてくれ佐藤!」

「ヒントはお前自身が出してんだぜ? 思い出してみろよ」

「お、俺が? もしかしていい感じの角度とかあるのか?」


 イケメンに見える角度があるのかと期待する羅武だが、残念ながら違う模様。愛はやれやれとばかりに言った。

 

「ちげぇよ。その子、犬の散歩してたんだろ? 犬好きの可能性大だ。犬と一緒の写真撮るんだよ」

「!!」


 驚愕の表情をする羅武。確かに、趣味を通じて仲良くなるのはよくあると聞く。同じ犬好きともなれば親近感が湧くだろう。犬好きに悪い人はいない、なんて思ってくれる可能性もある。

 

「な、成程! ウチの太郎が役に立つって訳だ!」

「そういやらーちゃんの家に犬いたね。ちょうど良かったじゃん」


 羅武の家には太郎という名の犬がいるのだ。動物は嫌いじゃないのでそこそこ世話もしている。たまに『名前が逆だったらいいのに……』と切ない気持ちになる事はあるが。

 

「いける! いけるぞ! 佐藤! テメー今日はものすごいさえてんじゃねーか! どうしちまったんだよ!」

「フッ、まあな。ついでにラブレターも任せろ。それなりに自信がある」

「マ、マジかよ! けどオメー、国語の成績俺と同じくらいだろ? 気持ちはありがてーけど、そんなんで――」


 スッ。

 

 愛が何かを差し出す。それを見る羅武と勇。

 

「あ? ケータイがどうしたよ」

「えっと……『小説家をやろう』? 確か小説を投稿するサイトだよね? アニメとかにもなってる……」


 こくりと頷きつつ、愛は恥ずかしそうに言った。

 

「今まで黙ってたけどよ。じ、実は俺、小説書いてんだよ。ネットに投稿しててさ……」

「マジかよ! オメー喧嘩とスト2くらいしか趣味ないんだと思ってた!」

「タイトルは……『悪役令嬢に転生したけどヒロインをざまぁして幸せになります』?」


 勇は思わず愛の方を見てしまう。パンチパーマの不良が小説。しかも悪役令嬢もの。意外ってレベルじゃなかったのだろう。因みに作者名は『クリスティーヌ佐藤』だ。

 

「す、すまねぇな。黙ってて。どうも恥ずかしくてよ……」

「気にすんなよ。それよりすげーじゃねーか。俺、作文とか四百字が精一杯なのによ」


 羅武はよく分かっていないようだ。喧嘩とグ〇ディウスくらいしか趣味がないので仕方ない。

 

「とにかく任せろよ。甘く切ない文を書くのには慣れてるからよ」

「ありがてぇ! 頼むぜ佐藤!」

「…………」




 そうして執筆は開始された。

 

 愛は羅武にヒアリングし、自分が美穂にどんな気持ちを抱いているかを聞きだす。愛が内容を考えてもいいが、それだと羅武の気持ちと異なるかもと考えたからだ。

 

 恥ずかしがりつつも気持ちを語る羅武。愛や恋といった直接的な発言はしないものの、その恋心は十分に伝わってくる。聞いているだけの愛もその初々しさにきゅんきゅんしてくるくらいだ。これならばいいラブレターができるだろう。愛は確信した。

 

 因みに勇はクリスティーヌ佐藤の作品を黙々と読んでいる。途中途中で愛の方をぼーっと見ているが、瓶底眼鏡な上に無表情の勇なのでその感情はよく分からない。

 

 

 

「で、出来た……!」

「本当か! 見せてくれ!」

「僕も見たいな」


 愛の書いたラブレターをのぞき込む二人。そこには……。

 





 ★はいけい☆


 はじめまして! すずきラブと申します♥

 

 突然のお手紙ごめんなさい(><)

 

 実はわたしラブは、貴方の事が好きになってしまいました(≧∇≦)キャー♪

 

 おさんぽしてるところを見かけ、かわいくて一目ぼれしちゃったのです……!

 

 ぜひ一緒におさんぽできたらと思っています(〃ω〃) ♥

 

 もちろん太郎くんも楽しみにしてます♥


 今日の夕方、愛染公園でまってるので、よければ来てください♥♥♥

 

 よろしくおねがいします☆彡

 

 けいぐ!

 

 

 



「…………」

「…………」

「へへ……。どうだ? 会心の出来だろ?」


 鼻下を指でさすり、『いい仕事した!』という感じの愛。文章を読んで固まる二人。

 

 ……しばらくそのままだったが、そのうち羅武が復帰し、叫んだ。




「いいじゃねぇか!」




 その言葉を聞き、呆けるように口を半開きにして羅武を見る勇。


「すげぇ! 俺の手紙とは思えねぇくらい可愛い! 女の子は可愛いのが好きだもんな!」

「おうよ。漢字をわざとカタカナにしてるのが肝だぜ? 同じ羅武でも可愛く見えるだろ?」

「な、成程。つーかオメー、絵も描けるんだな」

「おうよ。顔文字っつって、パッと見て感情が分かるだろ? (笑)なんかより全然伝わりやすい」

「確かに! ……けど、”はいけい”とか”けいぐ”って何だよ。コレだけ意味分かんねー」

「そういうルールなんだよ。知らねぇのか? 手紙の始めと終わりには”拝啓””敬具”って書くのが常識なんだよ」

「へー! 初めて知った!」


 かなり間違っている知識を披露しつつドヤる愛。素直なのか、はたまた馬鹿なのか羅武はそれを信じてしまう。


「よし! 後はコレを美穂さんに届けるだけだな! 勇、頼んでいいか?」

「いや…………ちょっと待って。いいの? 普通に”ラブ”って書いてるけど」

「あん? そりゃまあ、その辺のヤツらに言われるのは腹立つけどよ。こ、こここ恋人同士じゃねぇか。な、名前で呼んで欲しい……」


 照れながら答える羅武。愛は「へへっ。やっぱそういうと思ってたぜ」とニヤニヤしている。不良同士通じ合っているようだ。

 

 唯一通じ合っていない勇は続ける。

 

「……気持ちを色々喋ってた割には短くない?」

「馬っ鹿。長々と書いても飽きちまうだろ? やろう小説も二百文字から投稿できるし、短いのがいいんだって」


 自信満々に答える愛。

 

 何かに悩んでいるのか、勇はしばらく考える様子を見せる……。が、「ま、いいか」と諦めた様子。

 

「わかった。下駄箱の場所くらいは誰かに聞けば分かるだろうし、入れとくよ。明日でいい?」

「おう! 頼むぜ勇!」

「へへっ、明日が楽しみだな鈴木!」

「おうよ佐藤!」


 それから三人は羅武の家へ向かい、写真を撮る。手紙と写真をかわいいデザインの封筒に入れ、ハートマークのシールで封をする。それを勇に渡し、ワクワクしつつも解散した。

 

 

 

 翌日。

 

 夕暮れの中、愛染公園で待つ羅武。その手には花束を持っており、そわそわと落ち着きが無い。

 

 少し離れた草むらには愛と勇が隠れている。どうやら気になって見に来たらしい。

 

「勇よぉ。上手くいくと思うか?」

「さあ。来てくれたらその時点でOKだとは思うけど」

「なら心配ねぇな。会心のラブレターだったんだ。これで来なきゃ犬がブサイクすぎるとかそういう理由だろうよ」

「…………」


 自信満々の愛。対し、勇は何も言わない。

 

 それからしばらくの時間が経つが、誰も来ない。いや、子供とかは来るのだが、花束を持った妙にガタイのいい高校生がいるせいで入ってこないのだ。

 

「ダメ、か」


 残念そうに愛は言う。

 

 下校時間からもう一時間以上経っている。学校からここまでは十分とかからない距離だ。駄目だった考えるのが自然だろう。羅武もそう考えたのか、肩を落としている。

 

「まー仕方ないよね。女なんて星の数ほどいるんだし、次を――」

「あっ! き、来た!」


 公園の入り口を指差す愛。そこには犬を連れた女の子がおり、こちらへ歩いてくる。ロングヘアーの、真面目で可愛いという形容詞がぴったりの子だった。

 

「ホントだ。美穂さんだ」


 事実それは正しかったらしく、勇はちょっぴり驚いている。

 

 美穂は公園の中に入り、きょろきょろとしている。そんな彼女に近づく羅武。

 

「み、美穂さん!」

「きゃっ! だ、誰ですか貴方」


 警戒する美穂。彼女の犬がグルルと威嚇している。

 

「オ、オレです! 手紙を書いた……」

「えっ。……あっ、失礼しました。水無瀬美穂です。はじめまして」


 美穂はぺこりと頭を下げた。対する羅武もあわてて「は、はじめまして!」と九十度の角度で深々と礼をする。

 

「ふふっ、お手紙拝見しました。あんなお茶目な手紙は初めてだったので、びっくりしました」

「そ、そうですか! そ、それで、ここに来てくれたという事は……」

「はい。是非一緒におさんぽさせてください」


 よっしゃー! 掛け声を上げてガッツポーズを決める羅武。

 

 そんな彼を見て、草むらにいる彼らも喜んでいる。


「うおお……! よかったじゃねぇか。相手もいい子そうだしよ」

「まあ、そうだね。正直びっくりしてる」


 そう言いつつも表情の変わらない勇。いつもの事だが。

 

「クスクス……。大げさな方ですね。それで、ラブちゃんはどこ?」


 ……?

 

 何やら妙な事を言い出す美穂。名前呼びに喜ぶ羅武は、その違和感に気づかず返答。


「は、はい! 羅武です!」

「? ええと、どこにいるの? ラブちゃん」

「はい! アナタのこ、ここここ恋人! 鈴木羅武はここにおります!」

「えっ?」


 美穂は首をかしげている。

 

「えっと、太郎さんでしたっけ? よく分からないのですが、ワンちゃんはどちらに?」

「へっ? 太郎ですか? 家にいますけど」

「えっ?」


 ……何だか雲行きが怪しい。美穂はいぶかし気な顔をし、何かを考えている。しばらくしてバッグから写真を取り出し、そこに写る犬を指差しつつ言った。

 

「えっと……この子がラブちゃんですよね?」

「えっ。…………!!」


 ようやく彼女の勘違いに気づいた羅武。どうやら自分と太郎の名前を逆だと考えてしまったらしい。確かに太郎の方が人間の名前っぽく、ラブは犬につけてもおかしくない名前だ。

 

 その勘違いにへこみつつも羅武は訂正する。

 

「す、すいません! 勘違いさせてしまいました! 改めまして、私が鈴木羅武です! 写真のはウチの犬の太郎です!」

「えっ」


 それを聞いた美穂は不思議な顔をしている。


「えっと…………ラブ、じゃなくて、太郎くんがウチの犬を気に入ってくれたのでは……?」


 美穂は勘違いしていた。自分の犬を好きになった犬。その飼い主がそれに気づき、犬視点で手紙を書いたと思っていた。犬の一目ぼれという珍しい出来事に興味がわき、ここに来たのだ。


「ち、違います! そうではなく、自分が……そ、その……」


 その勘違いに気づいた羅武は訂正しようとする。が、訂正するという事はつまり自分の思いを直接伝えるという事になる。自己紹介とよろしくお願いしますどころではない。ハードルが高すぎる……!

 

 しかし、ここで告白せねばチャンスは二度と無いだろう。勘違いでここに来たらしい美穂は、恐らく自分に脈が無い。本来の手紙の意図を察したとしても、想いに答えてくれるとは思えない。ならばどうにかして自分のイメージを好転させる必要がある。

 

 その方法は一つしか思い浮かばなかった。誠意と勇気と男気をこの場で示すのだ……!

 

「み、美穂さん! 好きです! ボクと付き合ってください!」

「ごめんなさい」


 ……即断られた。瞬殺だった。

 

「な、何故! 何故ダメなんですか! 俺の何が悪いんですか!」


 一転、見苦しくなる羅武。告白したことで吹っ切れてしまったのだろう。

 

「すいません。アナタが悪い訳ではないのですが…………








 人間にラブって名付けるご家庭の方とお付き合いするのはちょっと……」

 

 

 





 そう言い、ペコリと礼をして美穂は去っていく……。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおお! 鈴木! 鈴木ィィィ!」


 隠れていた愛が突撃してくる。灰になっている羅武の肩を掴み、号泣しつつも口を開く。

 

「もういい! 俺は腹をくくった! 二人でヤクザになろう! 普通の幸せな人生を送るヤツらに不幸をプレゼントしてやるんだ! な!」

 

 同じキラキラネームの愛だからこそ分かるのだろう。今回こそ羅武が先陣を切ったが、もしかしたら愛がその立場だったかもしれないのだ。故に彼には理解できた。羅武の苦しみが。

 

「勿論ピーエスは没収! 子供はスト2とグ〇ディウス以外禁止! それで――」

「なあ、佐藤……」

「な、何だ!? 何でも言え鈴木!」


 羅武は視線をそらし、夕日を見つめる。

 

「俺、政治家になるわ」

「はあ!? ど、どうしたんだ鈴木!」


 いきなりの政治家発言。その言葉に愛が困惑している。そんな彼に対し、羅武は遠い目のままに言った。


「名前で差別されるなんて、こんな理不尽を許しちゃおけねぇ。けど、いきなり人の意識を変えるなんて無理だ。生まれ、人種、地位、性別、職業……差別は色々あるのに、ちっともなくなりゃしねぇ」

「らーちゃん……?」


 遅れて近寄ってきた勇も困惑している。

 

「だから、元を断つ。馬鹿みてぇな名前を付ける事自体を規制する。俺が政治家になって、そういう法律を作るんだ。……こんな思いをするヤツが二度と現れねぇようにな!!」

「す、鈴木ぃ……!」


 あまりにも高潔な思い。その高潔さに感動し、さらに涙をあふれさせる愛。

 

「鈴木ぃ、お前すげぇよ。俺ぁ人を不幸にする事しか考えられなかった。なのに、お前ってヤツは、お前ってヤツは……!」

「鈴木じゃねぇ。羅武だ。この恥ずかしい名前を戒めとして、羅武って呼ばれる度に思い出すんだ。いいか! 俺らで最後だ! 名前で苦労するのは!」

「す、すず……羅武ぅ……!」


 羅武は強く頷いた。正に人生の目標を決めた瞬間だった。

 

「分かった! 俺も手伝う! 二人でやりゃあ怖い事なんか無ぇ!!」

「佐藤…………いいのか?」

「佐藤じゃねぇ! 愛だ! これからは愛と呼べ!」

「愛……」

「羅武……」


 二人は泣きながらも強く握手した。最強のコンビが誕生した瞬間だった。

 

 彼らならばきっとやり遂げるだろう。特定の漢字使用不可という甘い命名規制だけではなく、アホな名前を禁止する法律の樹立を。キラキラネームの撲滅を!

 

 頑張れ羅武! 負けるな愛! 二人の腕力があればきっと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、名前って改名できるよ」

「「何ぃっ!?」」


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