推しごと!
石田夏目
第1話 推しごと、はじめました。
佐倉春 30才 。
今日から無職になりました。
それはわずか数分前の出来事である。
「佐倉くん。非常に言いにくいのだが、
君、明日から来なくていいよ。」
アシタカラコナクテイイ。
ん?明日からこなくていい?
「それってクビってことですか?」
「そうなるね。
うちもここのとこ不景気だから。
あっ僕は君のこと一応かばったんだよ?
けどまぁ上のお達しだからねぇ。
仕方ないと思ってくれ。」
ぽんっと肩を叩かれそこで話はあっさりと
終わった。
カンカンカーン
と人生終了のゴングが頭に鳴り響く。
終わった。私の人生終わった
はぁ。
ため息しか出ない。
20代ならまだしも、30代にもなって
就活なんてほんとに笑えない。
しばらくは貯金があるからなんとかなるとは
思うのだが。
(明日からどうしよう。とりあえず
ハローワークかなぁ。)
なんて考え込んていたその時だった。
「よろしくお願いします!」
一枚のチラシが目の前に差し出され
ゆっくりと顔をあげると
目のクリクリとした少女と目があった。
「私たちアイドルグループやってるんです。今からそこのライブハウスで公演やるので
よろしくお願いします。」
そのキラキラとした眩しい笑顔に負け
チラシを受けとるとにっこりと笑い
軽く会釈をして彼女はまたチラシを配り始めた
(アイドルかぁ。いいなぁ若いって。)
自分も歳をとったなと思いながら
チラシをみるとそこには何組かの
アイドルグループの写真が写っていた。
(みっみんな同じ顔に見える!!!)
その中から目を凝らしよくみてみると
彼女たちのグループらしき名前があった。
あっこれかな。first step。
彼女達はラストみたいだが
時計を確認するともうすぐ一組目の
グループがパフォーマンスする時間だった。
(行ってみるか。)
きっと普段なら行かないだろうが
なにせ残念なことに
時間だけはたっぷりとあるのだ。
私はライブハウスの階段を下り
チケット代を払い
中へはいるともう何人かの人が
前列を確保し、いまかいまかとライブの
開催を待ちわびていた。
おそらく、これが噂に聞くところの
オタク?というやつなのだろう。
とりあえず邪魔にならないように
後ろの方を確保すると先程買った
カルピスを口にし息を整える。
浮くのではないかと心配したが
時間がたつにつれ意外とスーツの人や女性の人もいて少し安心した。
そうして会場が暗くなりアイドルたちが
ステージに登場し歌いだすと
会場の空気が一気に変わった。
さっきまで真面目な顔をしていたスーツの
男性が声をあらげアイドルを応援し
前線にいるオタクたちがアイドルの名前を
呼び凄まじい動きをしている。
いや、君たち同一人物なのか?と疑うほどの変わりようである。
もちろんアイドルたちもそれに
負けてはいない。
ファンの声援に答えるように
笑顔をふりまいたり手をふったり
曲が終わるまで全力でパフォーマンスをして
いた。
パチッと目が合うとふっと微笑み
自分にむけてウインクされた気がして
これは確かにハマるだろうなと感動した。
パフォーマンスが進むにつれ
周りに合わせて一緒に手を叩いたり
アイドルの名前を呼んでみたりもした
なるほど。これは楽しいぞ。
そうしてあっという間に時間が過ぎ
first stepの出番になった。
「ラストはfirst stepです!よろしくねー」
(あっきたきた。)
前のグループがバイバーイといいながら
袖にはけていくのに対し
first stepは無言のままつかつかと
ステージに入ってきた。
(このグループって結構クールなんだな。)
まぁ確かに同じようなグループじゃ
つまらないか。
「みなさん。こんにちは。
first stepです。」
「それでは聞いてください。ここから。」
「ここから歩きだそう。一緒に。」
その台詞の後に
音楽が流れると彼女たちの表情は一変した。
(えっ?)
「君は一人じゃないから。
いつもそばにいるから。」
「歌うよ。君のそばでずっと。」
「手を繋ごう。一人じゃできないことも
二人ならきっと出来るよ。」
それはあまりアイドルらしくない
優しいバラードだった。
歌声もダンスも正直さきほどのアイドルたちよりつたないものだったのだが
なぜだが彼女たちから目が離せなくなった。
「踏み出そう。ここから。
また君と。」
曲が終わると今までしたことがないくらい
大きな拍手を彼女たちにおくった。
こんなに感動したのなんて
何年ぶりだろうか。
ありふれた感想だがただただすごかった。
それしか言えなかった。
これからこの子達はきっともっと売れる
そう感じていたときだった。
「ありがとうございました。
今日は私たちから皆さんに伝えたいことがあります。」
「私たちfirst stepは解散します。」
いきなりの告白にあたりが
水をうったようにシーンと静まり返っていたが私はあまりの衝撃に
いてもたってもいられなかった。
「そっそんなのだめ!!!」
あなたたちには才能がある!
これからもっともっと売れるのに
解散なんて絶対だめ!」
そう言い終わると
しまった!と口を押さえ周りを見渡す。
やはり私に一気に視線が集まり
皆ポカンとした表情を浮かべていた。
「あの…。」
誰かなにかをいいかけたような気がするが
あまりの恥ずかしさにすみません!と
謝って急いでその場を離れた。
「何言ってるんだ私。」
あんな目立つようなこと一度もしたことが
なかったのに。
とりあえずベンチにふらふらと座ると
さきほどの光景が頭に浮かび
顔がかあっと熱くなる。
はぁ。もうほんと死にたい。
今日はいろんなことがおきすぎて
私にはキャパオーバーだ。
「やっと追い付きました。
すみません。少しよろしいですか」
頭の上から声が聞こえ顔をあげると
ふっとおじさんの顔が私の顔を覗きこんだ。
うわぁ!?と
あまりに驚きすぎて女子なしからぬ
すっとんきょうな声を
あげてしまった。
「驚かせてしまってすみませんねぇ。
私はあの子達の事務所の社長をしている
上崎と申します。」
「しゃっ社長!?さきほどはほんっとうに
すみませんでした!!」
「いえ、私はあなたに
お礼を言いにきたのですよ。」
はて?お礼?
怒られるようなことはあってもお礼を
言われるようなことはないもしていない。
まさか誰かと間違えているのでは。
「あの。私はお礼を言われることなんて。」
「私も本心はあの子達を解散させたい
わけではないのです。あなたの言う通り
あの子達には才能がある。」
「じゃあどうして解散なんて」
「実はあの子達には
問題が多すぎましてね。
仕方なくこのような決断になったんです。」
「問題ですか。じゃあそれが解決すれば
あの子達は解散しなくてすむんですね。」
「ええ。もちろん。」
「解決できないんですか?なにか方法は」
「ふむ。そうですねぇ。あなたお仕事は?」
「え?残念ながら今日でクビになりました
無職です。」
あははとやるせなく笑うと社長は
しばらく考え込んだ後にやりと笑った。
「ではあなたをfirst stepのプロデューサーとして我が事務所にスカウトします。」
「えっ。えーーーーーー?!
プロデューサー!?」
無理。無理。
第一プロデュースなんてやったこともないし
というかまずアイドルのことも全然
わからないし
…就職先が決まるのはうれしいけど。
「あなたが言ったんですよ
解決できないんですか?って
ではあなたが解決してみてください。
期待していますよ。」
そうして呆然としている私に
すっと名刺を渡すとでは仕事があるのでと
来た道を歩いていってしまった。
はっ!え?ちょっとまって?決定なの?
えっちょっ…ちょっとーー!!!!
佐倉春。30才。
今日からプロデューサーになりました。
推しごと! 石田夏目 @beerbeer
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